宗像大社、髪を結んだ少女
主人公と共に、訳がわからないままを楽しみたい人、
気楽に読みたい人は、スルーされてください。
少女たちの視点となります。
―――
あのおじさんに会った日。
神様――市杵島姫様が、本殿より後ろへ向けて腕を伸ばした。
そんな姿を見たのは初めてで驚いた。
本殿の裏?
私は頭を下げて、裏へ向かった。
―――
私は、親に褒めてもらいたかった。
親が表彰された友だちを褒めていた。
だから、たくさん勉強をした。
親が友だちを可愛いと褒めていた。
だから、見た目に気を使いだした。
だから、率先して行動するようにした
だから、悩みを言わなくなった
だから、人に優しくするようにした
だから、悲しくても涙を隠した
そして、ある時に、初めて親に褒めてもらった。
「強くて優しい子になったね、えらいよ」
嘘の私を褒めてもらっても、嬉しくは、なかった。
時間があれば、努力の約束と報告を行なっていた宗像大社の本殿。
親に褒められた頃に、市杵島姫様を感じるようになっていた。
ある日、仲のいい友達から、親に関する悩み相談を受けた。
どんな時も、ずっと一緒にいてくれた友だちだった。
その悩み相談は、どんどん回数が増えていった。
今日は、そのりっちゃんのことを救ってください、とお願いに来ていた。
―――
本殿の裏を見たけど、そこには人も何も見えなかった。
この木々を越えた先にある、第二宮、第三宮なのかもしれないと思い、急いだ。
そこへ向かう途中にも、その中も、何人か参拝者を見かけた。
そんな人の中で、道の先から、うつむいて歩いてくる人が見えた。
具合が悪いとか、そんな感じゃ無さそう。
私より先に第二宮、第三宮へ入って行き、そして入り口で立ち止まった。
何かを見つけたように背中を伸ばして、その場で頭を下げた。
市杵島姫様が教えてくれたものが、
その人…おじさんの向いている先にあるのだと思った。
おじさんを追い越すように前に出て、下げた頭の向いている方向を見た。
…私には何も見えなかった。
思わず首を傾けて、おじさんの向いている先を、もう一度確認しようと振り向いた。
もう頭を上げていたおじさんと目が合う。
目線の先は、さっき私が見ていた方向で合っていそうだった。
おじさんは、突然鳴り出したスマホを驚くように取り出して、どこかへ行ってしまった。
第一宮へ戻った私は、この日、市杵島姫様を見ることはなかった。
―――
今日も、りっちゃんと一緒に、宗像大社に来ていた。
私は助けてもらえた。
きっと、りっちゃんもいつか助けてもらえる。
本殿で隣に並んで手を合わせていると、
市杵島姫様が私の後ろを指すように腕を伸ばした。
何も見つけられなかった、あの日を思い出した。
私は偽物の自分を忘れて、すぐに後ろへ振り向いた。
何があるんですか?
何かあるんですか?
探した。
思い出した、あの日にあったこと。
その中でも一番、おかしかったこと。
でも、勝手に関係ないと思ったこと。
あの日見たおじさんを、私は見つけた。
―――
私と目のあったおじさんは、おかしな動きで高宮参道の門に向かって歩き出した。
ちょっと待って、待ってください。
りっちゃんの手を引くため振り返ると、
目に入った市杵島姫様が、おじさんと反対の入り口へと腕を伸ばした。
私はもう一度頭を下げて、りっちゃんの手を握った。
「一緒に行こう」
驚いた顔のまま頷いたりっちゃんを確認し、おじさんと反対側から本殿を出た。
手を引きながら歩く最中に「どうしたの?大丈夫?」と聞かれた。
…りっちゃんはどんな時でも私を心配してくれる。
私を助けてくれたのは、神様だけじゃない。私だって助けたい。
「うん」
今の私には、他に言葉がうかばなかった。
あの日、おじさんと会ったのは、第二宮と第三宮のある入り口だった。
あの時の市杵島姫様を思い出す…おじさんはきっと…いた!
道の反対からこちらへ歩いてくるおじさんを見つけた。
おじさんは私と目が合うと、くるっと真横を向き、第二宮、第三宮の中へ入った。
…さっきも思ったけど、やっぱり少し変な人だと思った。
―――
私たちが第二宮、第三宮の中に入った時、またおじさんが固まっていた。
あの日と違うのは、第三宮を見つめていたこと。
そして、りっちゃんは、第二宮と第三宮の間を見つめていた。
「…りっちゃん?」
心配になって話しかけると、ゆっくりと私に握られていた手を優しく解き、向いていた方向へ手を合わせて頭を下げた。
「うん」
短い返事が聞こえた。
おじさんを探すと、第二宮のお参りが終わった感じだった。
おじさんがりっちゃんを見た気がして、私も振り向いた。
そこで、りっちゃんと同じように、入り口で頭を下げる人たちを見かけた。
別におじさんやりっちゃんの行動はおかしくなかったんだと思った。
…いや、おじさんは、そんなんじゃない。
第三宮のお参りが終わって、入り口へおじさんが歩きはじめた。
不自然に私たちの奥を見ている。きっと、このままだと通り過ぎてしまう。
話しかけないと…考えてみたら、知り合いでもないのに、何を話せばいいのかわからない。
さっきから、偽物の自分を忘れていた。
咄嗟にはどうすればいいのかわからず、またあの頃を思い出して泣きそうになった時、優しい感触が、私の手に戻ってきた。
「じゃあ…カフェでも、行きませんか?」
りっちゃんがおじさんに声をかけた。
―――
りっちゃんに手を握られた時、あの頃をもう少し深く思い出した。
いつも、ありがとう。
今にも逃げ出しそうなおじさんを、りっちゃんと挟むようにして歩いた。
手に残る感触を思い出しながら、きっとりっちゃんの件が解決してしまうような、そんな未来を想像していた。
宗像大社の参拝者休憩所、カフェについた。
りっちゃんと私は、ここに来て頼むものが決まっている。
私に目配せしたりっちゃんにうなずくと、カウンターへ注文しに行ってくれた。
入り口に置かれたメニューを見ているおじさんに、
「テラス席に行きましょ?」
と伝えて、返事をもらえるまで待った。
「…はい…」
なんか、可哀想な気がしてきた。
おじさんが注文したあと、りっちゃんのスマホが鳴った。
先にテラス席に行ってて、と小声で伝えて、
りっちゃんに番号の書かれたレシートをもらった。
手を振ってテラス席に行ったりっちゃんは、そのうちスマホで話し出したようだった。
おじさんは…カウンター正面に陳列された商品を、楽しそうに眺めていた。
注文した商品は、ほぼ同じタイミングで受け取れた。
私は後ろか蓋をするようにして、おじさんと一緒にテラス席へと歩いた。
りっちゃんは少し離れた場所で通話中だった。
おじさんは、買ったお餅を一つ口に入れた後、美味しそうに味わい出した。
私もこのお餅が好きだから、少し嬉しくなる。
ここまで大変だったけど、今からスタートなんだと思い、深呼吸した。
市杵島姫様がおじさんを選んだとしても、その意味がわからない。
今は、りっちゃんの電話が終わるまで、なにか知っていることを教えて欲しい。
きっと後からも色々と聞くことがあるかもしれない…とりあえず。
「インスタ繋ぎませんか?」
…なかなか返事が来ない。
もう大丈夫です、私はおじさんを怖いとか思ってません。
「スマホ持ってなくて…」
あー、このおじさんなら言いそうな気がしてた。
「…この前、持ってませんでした?」
思い出そうとしているのか、何もない場所を見つめている。
「あー…」
安心したような顔をしてる。多分、これは私のほしい言葉はもらえない気がする。
「この前も、第二宮と第三宮の間に、頭を下げてて…そのあとスマホもって出て行きました。」
しばらく固まったあと、突然、表情が変わる。
「っあー…」
ふふっ…ダメだ、笑いそうになった。
いきなり「駄目だー」って感じの顔になった。
「あー…」
少しして、目と口が半分開いた無表情を見せられた。
我慢できなくなった私は、後ろを向いて、吹き出した顔を隠した。
それはどんな気持ちなの?さっきから「あー」しか言ってないし、なんなの?
ちょうど、りっちゃんと目が合った。
私の顔を見て、驚いたような、嬉しそうな顔をしていた。
私は椅子から立ち、りっちゃんへと駆け寄った。
「お母さんと一緒に、おばあちゃんの家に行けるかもしれない。」
話し出したりっちゃんの表情からは、それが良い結果なのだろうと思った。
りっちゃんに「ありがとう」と言われて、少し泣いた。
両手を握り合って、パタパタしていたら、おじさんはもういなかった。
―――
色々と思うことはあったけど、確認し合えるようなことじゃないと思った。
おじさんにも、りっちゃんにも。
なんとなく、ご加護があったのだと、勝手にまとめた。
ただ、まだもしかしたら、と不安も少し残っている。
りっちゃんと、いつものようにお餅を分け合って、トレイを返した。
…りっちゃんに、おじさんを追いかけていた理由を聞かれたら、なんて答えようと悩んだけど、りっちゃんはその事を何も聞かなかった。
そもそも、おじさんが無関係だったら、とか、全部が勘違いだったとか、恥ずかしくなってきて、考えるのをやめた。
カフェを出て、ぼーっと考えながら歩いていたら、
「みーつけた」
と、りっちゃんから聞こえた。
私も、少し先の車の中で、コーヒーを飲むおじさんを見つけた。
ただ、もう本当に可哀想な顔をしていて、ごめんなさい、また笑いが…
追いかけ回した理由も言えてないし、少しおでも詫びをと、助手席側から窓をノックする。
そばでまた、コロコロ変わる表情を見たら、耐えられない。
けど、おじさんは窓を開けてくれず、運転席から降りてきた。
なんで?
いちいち面白い。
今はおじさんが何かする想像だけで笑いそうになる。
スマホ越しにだったら、文章だったらお詫びも、もしかしたらお礼も伝えられる。
「インスタ、繋ぎましょ?」
笑えずに言えた。上手く言えたはず。
おじさんから笑顔が見えた気がした。
「イヤデス」
即答だった。
もうダメだった。あの表情から否定とかあるの?
笑う顔を誤魔化すために、私は怒ったふりをした。
本作はフィクションです。
作中に描かれる神や出来事は、信仰や感じ方の一つの形を表現した創作です。
実在の宗教・信仰・人物とは関係なく、それらを否定・評価する意図はありません。




