宗像大社、田心姫神(後編)
みんなー。小さい頃に自己紹介を促すようなメモが回ってこなかった?
なんかクラスの女子から、書いてねって配ってたような、あれ?でもオレカイタカナ
そんなメモに、"怖いもの"って欄があったら、何を思い浮かべる?
―――
今の俺はそれどころじゃない。
人は恐怖を感じると、笑うとかなんとか。
ならば俺は今、笑っているはず。
第一宮の参列には並ばず、そして、不自然に見えないよう取り繕いながら、本殿を正面に見て右側、高宮参道の入り口へと足を進める。
踵を返して入り口方面へ戻り、トイレに逃げ込むという脳内シミュレーションを行ったが…
「目が合った直後に振り返るなんて…あなたは背後から襲われてしまいました」
ゲームオーバー。
「のどかわいたー」
あとにして!
「お茶でもしない?」
なんでそんな冷静なんだよ?
「こんな時こそ、ジャパニーズ・ロックですよセンセ!」
どの曲?
映画とかで逃げ遅れた人が転ぶシーン。
見ててイラっとするでしょ?でもね?今ならわかる。足が絡まる。
よくわからない現実と一緒に、高宮参道を逃避する。
程なく"第二宮、第三宮"と、"高宮祭場"の分かれ道。
高宮祭場に向かえば、行き止まりへの一本道。
奥で遭遇したら、ちょっともう、おしっこ漏れちゃう。
第二宮、第三宮の道へ体を向ける。
この道の先は、道路にもつながっている。
あとはただまっすぐ歩き続けるだけの簡単な作業。
このまま一旦、外に出る選択、あると思います。
緊張していた歩みを緩め、まっすぐ前を見る。明日へ繋がる道だ。
ありがとうございます!
俺の進む道の先に、立ち塞がるように近づいてくるさっきのあの目が、見えた。
えっ?そっち??
本殿を囲むようにある道があることは知っていた。
俺と反対側から出てこないと起きえない、正面衝突ルート。
偶然目が合っただけ、俺を追いかけて来た訳じゃ無い、だから偶然反対側から来た?
理屈が欲しい。そうだ。その方が辻褄合う。
でも、あの目は、俺を捉えている
正直、追われていること自体が勘違いだったと、あとで笑う未来を期待していた。
想像できる最悪の事態は、そうそう起きなかった。でもダメみたい。
暑くもないのに、気がつくと握っていた手に汗を感じる。
右手には、第二宮、第三宮への入り口。
吸い込まれるように、そちらへ流れ込んだ。
―――
俺は立ち止まっていた。
助けを求めるように、初めから第三宮へと目を向けていた俺の目に、行動を制するような仕草をした湍津姫神の姿が映っていた。
固まった俺の隣に、人影が現れる。
横目で見ると、全く見知らぬ、髪の長い子が、第二宮と第三宮の中央あたりを見て、固まった。
その子の隣には、さっきまで恐怖の対象だった子が、固まった子の手を握り、心配そうにその顔を伺っている。
後ろ髪を結んでいるんだ…と特徴を冷静に観察していた。
…そして、流れに乗れば逃げれるのではないかと、俺はそのまま第二宮へと向かい、参拝を始めた。
第二宮への参拝を終えたとき、いつも通りの感謝と報告をする冷静な自分に気付く。
第三宮へ向き直した時、先ほど固まっていた子は、同じ場所で手を合わせて礼をした状態に変わっていた。
後から来る参拝者も、中には彼女と同じように手を合わせ一礼していく。
あれ?前回の俺の行動も、実は全く問題なかった感じですか?
気にしたら負けかもしれない。
勝つとどうなりますか?
髪の長い子が向く先を、参道を横切るときの作法と同じように、軽く頭を下げて横切る。
第三宮には、制止する仕草をやめた湍津姫神のお姿があった。
湍津姫様…さっきから道が物理的に閉ざされてます…どうすればいいですか?
湍津姫神のお姿を見てから妙に落ち着いた俺だが、俺はこの先が見えない。
参拝を終えて頭を上げた時、お声も聞けないまま、湍津姫神のお姿は消えていた。
第三宮を背に歩き出す。
順番…とかいう表現は失礼に当たる気がするが、この後が第一宮なのは新鮮だ。
「順番なぞ気にはせぬ、お賽銭は多めにの!」
市杵島姫神はそんなこと言わない!おまえ隆だろ、不敬にも程がある!
「割れ窓理論」
あの子の後に参拝客が続いちゃうって意味で?
ネガいイメージだけど、ってうるさいわ。
「のどかわいたー」
うん…同意しよう。
「お茶でもしない?」
…おまえら二人は録音なの?
「じゃあ…カフェでも、行きませんか?」
そっ…
第二宮、第三宮の出入り口。
俺の現実逃避は終わった。
―――
後で来よう、と確かに思っていた。
だが、こんな形は望んではなかった。
俺は今、テラス席で見知らぬ二人の子供達とお茶している。
安心して欲しい。各自で支払い済みだ。よくわからない。
途中で走って逃げることをシミュレーションしたが、
ほぼ全てのパターンで正義感あふれる参拝客に捕まる姿しか浮かばなかった。
無実です。
髪を結んだ子が飲み物を置いて、何か言いたそうだ。
表情は全く違うが、石化しそうな視線を送ってきたあの子だ。
一緒にいる髪の長い子は、商品を注文したあたりから、電話の対応に時間を取られていた。
ここに誘われて以降、「テラス席に行きましょ?」としか声を聞いていない。
購入した5個セットのお餅が減っていく。
みたらし団子を更に餅で包んだような、俺の中では全く新しい食べ物。美味しい。
私のライフはあと3個よー?
自分を誤魔化しながら、理解できるわけない現実から目を背ける。
このまま食い終わって手を合わせ、外に出よう。問題ない。
そう考えた矢先に、髪を結んだ子が、意を結したような表情になり、声を出した。
「インスタ繋ぎませんか?」
なんで?
「スマホ持ってなくて…」
冷静に嘘をつく。きっと最善の手だ。
「…この前、持ってませんでした?」
この前?いつかね?
…アレか、人違いのパターンか?
一気に霧が晴れた気がした。
買ったゲームに残ってた、他人のセーブデータを再開してた感じか。
なるほど、わからん。
ただ、「それ俺じゃないですよ」「なぁんだそうですか」で、解放される未来が見える。
「あー…」
俺の声が漏れてる。安心して垂れ流してる。仕方ないね。
なんだよ、めちゃめちゃホッとした。
「この前も、第二宮と第三宮の間に、頭を下げてて…そのあとスマホもって出て行きました」
「っあー…」
だめだ、俺だ。その自分をさっきも思い出してた。見えた未来は霧散した。
あの時…あの時。
部屋で昔の観光ガイドを見つけたときのように、記憶を繋ぐ。
湍津姫神へ向けて礼をした時に、目のあった参拝者。
「あー…」
俺の心があっちこっち忙しかったとき、電話中の髪の長い子の強張った肩がゆっくりおりた。
俺からは表情は見えない。
髪を結んだ少女の顔も、髪の長い少女へと向いていた。
ちょうど通話を終えたのか、髪の長い少女が振り返る。表情は明るい。
―――
本当によくわからない。
なんか喜び合ってる二人を尻目に、俺のライフが0個になる。
ごちそうさまでした。
残りのコーヒーは、車でゆっくり飲もう。
気配を消した俺は、カウンターで店員さんに笑顔を見せ、トレイを無言で返却した。
あっ、神職さんと巫女さんが車のお祓いしてるっ!
危ない、間違えて停めていたままだったら、どうなっていたんだろうか…胃がキューっと。
「あーーー…」
俺の愛車に乗り込み、コーヒーを置き…深呼吸した。
これ飲み終わったら、ゆっくりと感謝と報告をしよう。
コーヒーを飲むため顎を上げると、
視線の先にいるあの子たちと目が合った。
もう許して欲しい。
髪を結んだ少女が、俺の乗る車の助手席側から、窓をノックする。
距離を測ってくれたのか、距離を取られたのか。
しかし、彼女たちは知らないのだろう。
この車の窓は手動であり、俺の方から開けるのは簡単ではない。
車から降りた俺を「何故?」みたいな顔で見たのだ。間違いない。
明らかに、さっきまでよりは明るい表情でスマホを掲げた。
「インスタ、繋ぎましょ?」
…まだホラーは続いていた。
「イヤデス」
俺は怒られた




