英彦山神宮、中津宮(後編)
歳を重ね、経験を重ねた。
そして失敗を嫌い、無駄を省き、効率を求め出した。
友人との時間は、ここで削りすぎたものを拾いに戻れる余裕をもらえた。
他人にも強いかねない勝手な考え方を、壊してくれた。
人との繋がりに感謝したい。
―――
ここまでは一本道だったが、ちょうど枝分かれするように別の道が見えた。
高校生くらいの女の子が二人、そちらの道から挨拶をくれた。
挨拶に意識を持って行かれたとき、湍津姫様のお姿は見えなくなっていた。
あぁぁ、もう少しお時間をいただきたかった…
これまで交わした挨拶の中で、今みたいに立ち止まってガン見されることはなかったので面食らったが、いつものように周囲を伺い、「えっ?俺?俺の後ろのに誰かいる?」とはならなかった。
ここは誰にでも等しく挨拶をして良い、素敵な場所だ。
遠慮なく笑顔で挨拶を返した。
「おはようございます」
一方の髪を結んだ女の子が顔を逸らした。
あれ?やっぱなんか違ったのか?
ちょっと気まずくなって、道の間にある案内板を見てやり過ごすことを決めた。
“中津宮”
んっ?
“祭神は――宗方三女神である市杵島比賣命・多紀理毘賣命・多岐都比賣命を祀っています。”
えぇー…
俺の良く使う漢字や読み方ではないが、宗方三女神の市杵島姫様、田心姫様、湍津姫様で間違いない。
こんなところに?
いや、誤解の無いように言い換えれば、海のイメージなのに、こんな山中に?
さっきお姿が見えたのは、ここで祀られているからか…
ならば、ぜひ参拝させていただきたい。
顔を上げると、忘れていた女の子たちと目が合い、さらに女の人が一人増えていた。
―――
「さっき、休憩所でフードかぶってませんでした?」
「…そうだね…」
中津宮への参拝には、彼女たちの横を通るしかない。
自分でもわかる下手な作り笑いをして頭を下げながら、なるべく離れてすれ違うように通り過ぎたが、ついてくるように隣を歩いてくる。
話しかける相手を間違えていないだろうか?
思いっきり顔を確認されたから、人違いではないんだろうけど、それが余計に怖い。
俺の顔を覗き込む目、この声…
「あっ、宗像大社の……追いかけてきた子…」
思い出せて大きめな声が出たが、その後の詳細も思い出し、声が細くなった。
俺の声を聞いて、なぜか笑顔を見せた。
その隣からこちらを覗き込む髪の短い子は…
「あれ? じゃあ隣にいた子は…髪切った?」
「はい! 引越しした時に切っちゃいました」
引越しぃ…?
俺、君たちの情報は何も持ってないぃ…
とりあえず笑顔で頷いとこぅ…
「もう一人は…君のお姉さん?」
髪を切った子に雰囲気が似ている。
間違いなく初めてあった子へ視線を向けた。
「うふふふふ」
ん?声が子供っぽくない。
でも皆笑顔になったんで、これ以上は何も言わないでおこう。
あと、俺はさっきから作り笑顔のままなのか、顔が疲れてきた。
髪を結んだ子と目が合うと、また顔を背けられた。
この距離だと漏れる声や震える肩がわかる。
あぁ…これ、笑ってたのか。宗像大社でも何回か見たぞ…
彼女たちはちょうど中津宮への参拝を終えたところだった、とのことで、一人でゆっくりと参拝させていただくことにした。
開かれた山の一画。
綺麗に切り出された白い石で造られたお社。
鳥居の前で一礼してお邪魔すると、狛犬像で守られていた。
石造りの小さなお社が横に3つ並んでいる。
ここだと、姉妹がより側にいれるんですね。
先ほどお見かけしたときと同じ、中津宮のお守りと同じ青の衣姿。
心なしか、微笑みを浮かべておられるようにも見えた。
先ず、湍津姫様を前に一礼した。
お賽銭を納め、二礼、二拍手、一礼。
このような形で参拝するとは思っていませんでした。
この巡り合わせに感謝いたします。本日、この後もお見守りいただければ幸いです。
頭を上げたとき、湍津姫様のお姿はなかった。
鳥居を出て振り返り、もう一度礼を行った。
「じゃあ、一緒に登りましょう」
お姉さんの言葉で、現実に引き戻された。
―――
リュックに手袋、そして杖?
俺にみたいにペラペラではない上下を見るに、彼女たちは俺より山を知っていそうだった。
前を歩き出した二人の背中を見ながら、お姉さんに話しかけた。
「なんか…みんな、ちゃんとした装備ですね?」
「えぇ。律と詠ちゃんに”登拝する”って言われたから、実家にあったものを引っ張り出してきたの」
登拝…一般的な言葉なのね。
さっき自祓するときに初めて知ったよ…
「熊先さんは…うふふ」
「んフッ…」
簡単に名前だけの自己紹介は済んでいる。
追いかけてきた子が詠、
長かった髪を切った子が律、
お姉さんは珠紀さん。
詠さんの押さえた笑い声が続いている。
年頃の子は何にでも笑うと聞いたし、普通なのだろう…なんか距離が縮まってきたけど?
「前もって英彦山に登るって決めてて…寒くて耳を、んフッ」
最後まで言わんかい。
前もって?その話したっけ?
「おじさんは! 一人でここまで来たんですか?」
律さんが大きめの声で割り込んできた。
笑い続ける詠さんに、律さんが目配せしている。
俺のこと笑っちゃダメって伝えてくれてる?
「耳は押さえてたけど、ちゃんと聞こえてるよ? 俺は友達と来たけど、中津宮の前あたりで別れて先に行ってもらってね。なので、降りてきたその友達と合流したら、そこから一緒に帰ろうと思ってる」
「あら、ここまで来たのに?」
「えっ、じゃあ今、連絡先を教えてください」
詠さんがお姉さんの言葉に割り込んできた。
宗像大社では恐怖でしかなかったが、保護者が間に入っていると、それも和らぐ。
「未成年とはちょっと…」
「なんでですかー! ずっと言ってるのに!」
なんでですか…ずっと断ってるのに…
律さんとお姉さんが、おんなじ困り顔してる。
「…もしかしたら、おじさんに教えてもらうことがあるかもしれないんです」
なるほど…何を?
「いやー…なぜ俺なのかが謎なままなんだけど…お姉さんがいなかったら、俺は走って下山してるよ…」
「はしっ…崖とかどう、んっフッ」
笑いのツボも謎だよ。
収集つかなそうな気配を察したのか、お姉さんも割り込んできた。
「じゃあ、私なら大丈夫でしょう?」
えー…あなたも初対面なんですけど…
「…未成年じゃないですよね?」
「ンフフフフ!」
背中を何度も叩かれた。




