英彦山神宮、奉幣殿と下津宮
知っていても知らないふり。
「そうなんですか?マジかー」
知らなくても相槌。
「あーね。うん。そう、そう」
興味ないのに興味あるフリ。
「えぇー?それ凄くないですか?」
棒読みではダメだ。自らの心を操作し、演技力を駆使せよ!
これにより溜まる好感度は、次の言葉を発しても相手を不快にさせない特殊効果をもたらすぞ!
「あ、今日は遠慮しときます〜」
「お先に失礼しま〜す」
「明日休みま〜す」
休日出社した雨の夜、そんな夢を見た。
くれよ、好感度。
―――
赤い鳥居と繋がったような造りの拝殿に向かう。
見上げると、綱と鈴が下がっている。
拝殿の正面は大きく広く開かれており、迎え入れてもらえている感じがすごい。
お賽銭を納め、二礼、二拍手、一礼。
無事に到着できました、お見守りいただきありがとうございます。
良い天気にも恵まれました。帰路もお見守りいただければ幸いです。
いやー、あとは境内を囲むようにある建物をゆったり見て帰るかぁ。
周囲に参拝客はちらほらいるが、誰も登山装備をしていない。
花駅から下に繋がるスロープカーもやってなかったみたいだし、登山道は別なのだろう。
さっきお参りしたのが奉幣殿。
文化財の展示をしているという英彦山修験道館。
今でも除夜の鐘などで音を響かせているとある梵鐘。
天之水分神と説明書きのある、狛犬像に守られた奥にある龍神像。
ここでも手を清めながら、この先の展開を祈り始めた。
奏恵さんを探すと、石鳥居の前で、それを見上げていた。
俺、さっき案内板で見ちゃいけないもの見たんですよ。
さぁ奏恵さん、そっちじゃない、こっちに来るんだ…早くっ…
奏恵さんに近づくと、俺の思いとは裏腹に鳥居へ向けて手を合わせ、石段を登り始めた。
ダメだ、伝わらねぇー!
―――
俺も石鳥居の前で手を合わせ、奏恵さんを追って均一に揃えられた石段を登り出す。
境内の案内版で見た限りでは、この先には下宮があるはず。
しかし、この階段だけでもきつい。
見上げてゴールが見えない階段は怖い。
コレから好きな言葉は?って聞かれたらバリアフリーって答えるよ。
お社の直前、石段の突き当たりには下津宮の文字。
”しもつぐう”、”しもつみや”、”げぐう”…どれでもイイヨ〜!たぶん。
石段もここから残り14、5段。
先に登りきった奏恵さんは、俺にとって不安を感じさせる行動をとった。
俺から正面に見えるお社ではなく、左側に広がる広大な景色でもなく…右側、山の奥を見上げていた。
境内で見た案内板には、下宮の先に…上宮と文字だけが書かれていた。
…案内板に入りきらない位置にある、詰めたら入るとか、恐らくはそんな次元ではない位置に…
「…奏恵さん、下津宮にお参りしよう…」
さっきみたいに奏恵さんが登り出さないように、声をかけた。
あの人なら登り出しかねない。
良い景色を堪能させていただき、ありがとうございました。
帰路もお見守りいただければ幸いです。
青い垂れ幕で飾られた下津宮への参拝を終え、側にある椅子へと腰掛けた。
奏恵さん、俺の帰りたいオーラは見えてますでしょうか?
さっきは見上げた奉幣殿の屋根が、眼下にある。
背の高い木々に多少は視界を遮られるが、それでも遠くの山が綺麗に見える。
買ってあったコーヒーを思い出し、少しだけ口に含む。
探してないから気づかなかったのか、
神駅からここまで…自販機を見かけていない。
お茶にしとけば良かった…
隣に腰掛けていた奏恵さんが立ち上がる。
…俺は、とりあえず流れに身を任せることにした。
―――
数体の天狗の石像へお参りする。
石像の足元には、ずらりと小さな天狗たちが並べられていた。
ちっこいのはめっちゃ可愛いけど、なぜ天狗が?
そうか、何も調べずに来たから、案内板以上のことがわからない…
天狗のことも、奉幣殿や下津宮に祀られている神々も、道中も…知らないことだらけだ。
また、上に伸びる石段の始まりから、山の奥を向いて足を止めている奏恵さんに気づく。
俺は隣に並び、目の前に備えられたものへと目を向けた。
“自祓所”
“登拝される方は、自祓にて身体をお清めください”
“一礼の後、両手で祓串を持つ”
“祓い給え、清め給え” “唱えながら左、右、左の順で身体を祓う”
“祓串を戻し一礼する”
声に出して読みながら、一連の行程を終えた後に、これが何を意味するか理解した。
「あっ、これはやったらダメだ、これやったら登るしかなくなる」
「あっはっは。いまさら」
あぁっ、誰か彼女を止めてーっ!
―――
整った石段がなくなり、不揃いな大きさの岩が不規則に存在する。
嫌な予感しかしない。
「奏恵さん、これ進んではダメなのでは?」
「あっはっは」
彼女は”イクゾ”と言っている…
途中、そびえ立つ岩が見えた。
流石に奏恵さんもこちらを見て苦笑いしている。
なんだ行き止まりかと安心したが、岩の上から垂らされた鎖が見えた。
脳裏に浮かぶ“大島の織女神社”
この人、色々知ってた上で話題にあげたのか?
勝手に持っていた彼女への信頼に疑問をいだき、彼女の出で立ちを確認した。
底の平らな靴
トートバッグ
ロングカーディガン
今の俺より山に厳しい出立ちなのでは?
…そうだよ…この人は小細工なんかしない。
目の前で作り出した料理を「サプラーイズ」とか言って渡してきそうな人だ。
そんな彼女が苦笑いのまま言い放つ。
「行こっか」
「えっ? 行くの?」
咄嗟に言葉を返しながら思う。
立場が逆なんだよなぁ…




