英彦山神宮
先入観や思い込みで何度か失敗してきた。
まー、思い出したくないし、恥ずかしい。
それでも辻褄を合わせようとして、うっすら見えていた失敗に、最後は”やっぱそうだよね”って辿り着く。
なので俺は、自分を納得させる言い訳を探す。
―――
最近は超絶に忙しい。心を亡くしちゃう…
以前はサボり気味だった上司が覚醒し、身の丈に合わぬ仕事を持ってきだした。
その結果、上司の頑張りでは補えない管理作業までが、俺たちに降りかかってきた。
…何してんだよ。
一緒に残業している上司が側に来る。
なんでちょっと楽しそうに話しかけてくんだよ…まぁ…いいかぁ…
せっかく頑張り出した上司を悪く言える者は少なく、
行き場のない負の感情も、今は増えた仕事で蓋をされていた。
…いかん、何年も前、良くない時代に味わったヤツだコレ。
発散せねば、病んじゃう。
完全に仕事から離れる時間を設けるべき。俺は思った。
ならば…どっか静かなトコ行って癒されよう。
今、決めねばズルズルと色々落ちていく。
場所はちょっと離れた場所にある神社!
いつもか。
今回はここだぁー
友人達にも教えていないSNSの旅アカウントへ書き込む。
「仕事に疲れました。晴れた週末、英彦山神宮に行く」
ちらしの裏に書いておけと言われそうな内容を、誰も見ていないアカウントに書き込む。
でも俺が俺を見ている。行かなきゃいけない言い訳を作った。
そしてこの週末、見事に大雨となる。
何か悪いことしましたでしょうか…今週は明日も出勤いたしますぅ…そんな報告と、それでも順調である感謝を伝えるように手を合わせた。
晴れたら英彦山神宮に行く予定だったんですよ…その時はご一緒ください。
湍津姫様にお伝えしたとき、いつもより長くお付き合いいただけた気がした。
気を遣ってくださったのかな?
―――
まぁー頑張ったよ。今週も。
自宅の玄関に入って、とりあえず膝から前に倒れ込んだ。
やべぇ、惣菜は無事か?
疲れたから、面倒だから、家にいる。
以前、俺はコレで失敗した。
こんな時だから、明日こそは外に行くのだ。パウァーを貰いに。
倒れた時に胸ポケットからこぼれ落ちたスマホに手を伸ばす。
週末は晴れる、その情報だけはスマホの天気予報で知っていた。
…今週はアプリ開いた記憶がないな。
〈英彦山行くのは今週末?一緒に行こー〉
《あいあい》
…開いてるし、返信もしてたわ…えー…
何日前の俺か知らんが、安易に返事してんなよ馬鹿野郎…
―――
人間、食いたいもん食って、風呂浸かって寝たら、少しは浄化されるよね。
翌日の午前6時。
最近は日中暑いくらいある。なので春用のパーカーと肩掛けカバン。
カバンには中津宮のお守りが括られている。
本日もよろしくお願いいたします。
現在地から英彦山神宮までは、高速に乗っても乗らなくても二時間くらいの距離。
メッセージの相手である奏恵さんを拾って、下道で向かうことにした。
今回は、左右の言葉にジェスチャーを交えたことで、道を間違うことはなかった…が、山道で後続車を確認するたびに避けて、何台も見送った。
なんなの?大体の山道は40kmって書いてあったじゃん?
俺の車、速度メーター壊れてんの?
そういえば、英彦山神宮も壱岐神社も、奏恵さんに聞いて興味持ったんだっけ。
さっきコンビニで買った缶コーヒーを飲みながら、ふと気づく。
あれ?俺は奏恵さんに英彦山神宮行くって教えたっけ?
「なんで?」
「何が?」
スマホで地図を見ていた奏恵さんが、当然のように問い返してくる。
ごめんね、まだ俺、疲れてるっぽい。
「俺、英彦山神宮に行くって、言いましたっけ?」
「ん? SNSにあげてたじゃん」
「…俺、アカウント教えてましたっけ?」
「えぇぇ、旅行のやり取りしてると大体そこの写真上げてるし、この車もよく映り込んでるじゃん…」
写してますわ。
「あそこ、太宰府。私の目の前で飛梅もあげてたし」
あげましたわ。
「イイねすぐ付いたでしょ?」
「あなたでしたか」
そんな会話をしていると、道中で不安な看板が目に付き出した。
“英彦山登山グッズ販売中”とかそんなやつ。
…ついさっき、奏恵さんが大島で織女神社に参った話を聞いていた。
俺が大島行った時、お社まで続く嘘みたいな急斜面と垂れ下がる鎖を見て、そんなバカな、と笑って見なかったことにしたお社。
そこと何故か繋がった。
いやいや…
しかし、そんな不安を中和しそうな看板も目についた。
“英彦山スロープカー”
運転中で細かくは読めてないけど、登山区間はスロープカーでも行ける。
俺はそう結びつけた。
足腰弱い俺に優しい世界。
嫌だな奏恵さん、都合よく不安にさせる話するんだから。
「あえて口にするのもアレなんだけど、スロープカー乗り場に向かって良き?」
「良き。…秋野くんも最近、そんな話し方するんだよね…」
なぜでしょね?
右手に駐車場が見えた。
そこに停められた車から降りる、一目で登山装備と分かる家族が目に映った。
だめだ、絶対ここじゃない、右を向いてはならぬ、ここに停めてはならぬ。
真っ直ぐ行けばスロープカー乗り場がある的な看板を見たので、よく理解しないまま、この場を通り過ぎた。
しばらく走ると、突然気配が異なる区画へと入り込んだ。
以前、壱岐神社へ向かう途中に通った、生の松原で感じたものと似ていた。
何故か少し不安になる、でも神々しい、そんな感じ。
こちら、通させていただきます、お邪魔いたします。
「あっ、鹿! 鹿がいた!」
運転中に突然大きな声聞くとめっちゃ心臓に悪い。
今の俺には特に効くからやめて…
鹿も見たいけど、よそ見する余裕がない。
そんな区間を抜け、スロープカー乗り場に到着した。
―――
“英彦山スロープカー 花駅”
そう書かれた建物の側に車を停めて降りた。
…建物からは、下へ伸びるレールと、上に伸びるレールが見える。
さっき見かけた駐車場からスロープカーに乗れたのでは?
奏恵さんは気にするそぶりも見せず、ズンズンと建物へ入って行った。
入ってすぐ目に入る券売機で、神駅行きの往復券を購入。
…片道券の需要はどれほどあるのか。
目の前には、光沢のある赤が綺麗な二両編成のスロープカーが待っていた。
なんか下に伸びるレールのスロープカーは動いてないっぽい。
8時40分、スロープカーが動き出す。
俺も奏恵さんも神駅までの約7分間、大きい窓から見える景色を無言で堪能した。
―――
神駅へ到着後、俺たちは参道の石段へと続く道を歩いた。
見上げれば、すぐそこに日の光と石段の終わりが見えた。
安心する。
後ろを振り返り、参道を見下ろすと…木々に囲まれているのもあるが、終わりが見えなかった。
ぞっとする。
ちょっと、ここは登って来れなかった。
石段を登り出した奏恵さんを追うように、境内へお邪魔する。
…ちょっと待ってほしい。
参道を見下ろした限りでは、綺麗な石段が続いていた。
登山装備で石段を登るのか?
手水舎で手と口を清めながら、奥に見える鳥居に不安を感じた。




