30話 女神ルチア
時と時の狭間にある、光以外何もない空間に浮かぶ神殿。
黄金の宝石でできた荘厳な様相で、選ばれた者だけが入れる永久不可侵な領域。
ルチアに会うため、とうとう神殿に足を踏み入れた一向だが──
「ゼティフォール〜〜!!!!」
「ひぃっ!!?」
──シュッ…………チュドォォォオオオンッ!!!!!
「ぐあぁぁぁあああああ〜〜〜!!!?」
ゼティフォールはそのタックル(?)してきた何か……もとい、ルチアとともに、彼方へと飛ばされてしまうのであった。
「ぜ、ゼティフォールさ〜〜ん!??!」
「……もう、ママったら。ふふっ」
* * * * *
時の狭間……重力もなく、右も左も上も下も存在しない、うねるエネルギーと光の粒子だけがある空間。
この空間に入ってしまったものは、死ぬこともできず出ることもできず、永久にここを彷徨い続けることになる。
……が、ルチアやその娘であるステラは大丈夫だ。背中にある黄金の翼は、光を、時を翔ける女神の翼だからだ。
もちろん、翼のないゼティフォールは動けないので、ぶっ飛ばされればその方向に無限に漂い続けることになる。
「………………」
タックルかまされてしばらく。叫び続けていたゼティフォールも、さすがに慣れてきたので黙って目の前の存在を見つめていた。
まあ、他に見るものは皆無だから仕方ない。
「久しぶりね、ゼティフォール……」
まるで時と時の狭間にいるとは思えない、穏やかな微笑みだった。
まあ、ゼティフォールの上に座って喋っている以外は、この者にとっては日常なのだから仕方ない。
「……相変わらず激しいな。今度こそ死を覚悟したぞ。
いや、覚悟どころかそなたの光を真正面から受けて半分消えかけていたからな」
ゼティフォールは仰向け(?)で飛ばされ、ルチアはそのお腹の上に当然のように座っているという状況じゃなければ、感動の再会になっていたのだろうか。
「……でも、生きているわ」
アメジストのような透き通る紫色の瞳がイタズラっぽく細まる。
ゼティフォールはこの目を覚えている。そう、この者こそ──ルチアだ。
前髪は綺麗に揃った姫カットで、横からウェーブがかった横髪が覗く。後ろは縦ロールのツインテールで、色はルビーのような赤だった。
優しくも凛とした顔立ちで、口元の左下にはホクロがある。
ステラと同じく黄金の翼だが、サイズは全然違い、広げれば体をすっぽり包み込めそうなほど大きい。
ルチアは金の刺繍が入った純白のドレスを着ているのだが、ステラが白いドレスが好きなのはママがよく着ていたからなのだった。
余談だが、ルチアは身長は低めでありながらとて、四肢が綺麗でスタイルが良い。さすが女神と言ったところか。
ただ、二の腕もふにふにで全体的に柔らかさこそあるものの、決して筋肉があるタイプじゃない。腕相撲なんてしたら、素の力では小学生にも負けそうなほどだ。つまり、このパワーはすべて、ルチアの体に内包するエネルギーによって生み出されるものである。
魔王時代のゼティフォールもぶっ飛ばされていたので、どれだけルチアの光の力が凄まじいかがよく分かる。
「……私にどうさせたいのだ。
…………覇王が来て、私は何もできなかった。
ステラが来なければ、こうして無事に逃げ出すこともできず、フレアが居なければまともな生活すらままならなかった。
星の勇者から私に使命を託した話は流石に伝わっているだろう?
では、なぜ助けに来させなかったのか教えて欲しい」
ステラの話によると未来のゼティフォールは、ステラどころか誰の助けも得られず重傷を負って寝たきりに。
長い間、世界が侵略されるのを見ているしかできなかったのだ。
「……それは、仕方ないでは済まされないけれど……貴方のせいでもあるのよ」
苦々しげにぼそっと言った。
ルチアにもどうしようもない事情があったのか。
「私のせい、とは?」
目覚めた時には力を奪われていた。そして、奪い返せるか試そうと追いかけたが、弱った状態では追いつけず、その間に悪魔の魔導士とギガースが増援で来て、魔王の力を奪った存在に逃げられてしまう。
しかも、魔導士が結界を張って逃げられないようにしてきたので、転移でも逃げられない。
あの状況でどうやれば逃げられたのか。
……いや、違う。そこじゃない。そのタイミングではなかったのだ。
「……そうか。冷静に考えれば、弱くなっているのは追跡中に分かったはずだし、その段階でなら転移できたのだ」
「そう、そしてここに転移すれば覇王の追手から完全に逃げ切ることができていたし、強くなるまで面倒を見るつもりだったわ。
星の勇者の力は妾のもの。しかも、この聖域は不可侵なので、少し考えればここが安全だと分かったはずよ」
厳しい指摘だったが、聡明なゼティフォールなら思いついてもおかしくないし、むしろ機転が効くその知能を持ちながら、敵のフィールドで戦い無謀なマネをしたのが不思議なほどだった。
ただ、ルチアのことは敵対者としての認識を持ったままだったので、無意識に選択肢から除外していた可能性はある。まあ、転移して戦線離脱しなかったのは擁護できないが。
「正論だな。私も……今思えばバカなマネをしたと思う。寝ぼけていたとしか思えん。
…………それで、助けるという話は?
確かにフレアが星の勇者の後任として助けてくれたが、星の勇者本人からは助けてもらってないぞ」
そう、星の勇者は『わたしが助けるから』と確かに言っていたはずだ。だが、目覚めて一度もその姿を見ていない。
フレアに意思を繋ぎ、そのゼティフォールを助ける役目を任せた……ということで良いのだろうか?
それなら、『わたしが』という言葉が引っかかる
「……あら、ゼティフォール……それは冗談?
それとも、本当に気が付いてないのかしら?」
煽りではなかった。
ルチアは本気で困惑し、むしろ心配するような目でゼティフォールを見た。
ルチアはゼティフォールと長らく戦っていた。
星の創造者であり、光を操って時間を思いのままに動かす女神ルチア。
実力だけならルチアが圧倒しているはずなのに、その知恵と機転で数百年も対等に戦い続けたゼティフォールを認めていた。
闇堕ち前の誇り高い精神と、多くの者を惹きつけるカリスマ性、世界中を掌握し破綻させなかった政治力と統率力を認めていた。
それなのに、こんな事にも気が付かず、いまだに答えが出ていないなんて、かつてのゼティフォールを知るルチアにとって信じ難い事なのだ。
「……すまない。
本当にわからないのだ。実は身体の能力も奪われていてな、ある程度は対応できるのだが、深く考えようとするとまるで幼児の時みたいに考えが霧散して、頭が霞みがかっているように答えが遠のいてしまう」
そう、記憶は残っているものの、ゼティフォールの脳は今や赤ちゃん同然。好きなことに集中できても、好奇心という名の悪魔がすぐに意識を外に移して考えがまとまらなくなるのだ。
「……それは、仕方ない……のかもしれないわね」
ルチアは力なく息を吐くと、ゼティフォールに真実を伝えることにした。
「……ゼティフォールは、もう星の勇者に助けて貰っているわ。
なにせ、星の勇者は18歳のステラなんだから」
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