第八話 因縁の地
もう二度と、戻って来ることはないと思っていた。
首都アルタの北西にあるナダル樹海を抜けたステインの目に飛び込んで来たのは、未だに大災厄の爪痕を残しているエストフィア城の姿だった。
かつては誰もが目を奪われるほど荘厳だったあの城が、今はまるで見る影がない。城の東西にあった尖塔は途中からぽっきりと折れており、まるで見せしめのようだとステインは思った。
民を謀った王家の恨みがそうさせているのか。
いずれにしても、長く見ていたい景色ではなかった。
足を止め、後ろを振り返ると、ナッシュたちがこちらを見ていた。
「……ようやくここまで来ましたね」
「そうだな」と、ステインが頷く。「だが、想定よりはるかに順調な行程だった」
「それは、サフィとラピスのおかげですね」
エレノアの言う通り、ハーネットを出てからここに来るまでの間、サフィとラピスは交代で認識阻害の魔法を使ってくれていた。
「二人とも、無理はしていないか?」
「私は平気です」
「僕も、と言いたいところだけど、少し疲れたかな。……お兄さんが同じ魔法を使えれば、もう少し楽が出来たかもしれないけど」
「悪かったな。どうせ俺は補助系の魔法は苦手だよ」
「でも、その分、戦闘では活躍していたじゃないですか? 獣や怪物に襲われた時も、ほとんどナッシュが処理しくれていましたし」
エレノアが助け舟を出すと、「まあ、確かにね」と、ラピスが頷く。
「アネモネとの相性もばっちりみたいだったし?」
ナダル樹海は昔から野生の獣が大量に生息しており、ひとたび人間がそこに足を踏み入れようものなら、あっという間に餌食にされてしまう。また、近年では怪物の目撃情報も上がっており、人が寄り付くことはほとんどなくなっていた。
実際、ステインたちもナダル樹海を抜けるまでの間に、何度も戦闘になった。そのほとんどが獣によるものだったが、怪物との戦闘も四回ほど発生した。だが、いずれもナッシュの魔法によって一網打尽にされていた。
「……私にはどんな感覚なのかは分かりませんが、精霊と契約をすると、そんなに違いが出るものなのでしょうか?」エレノアが、三人の契約者たちを見て尋ねる。
「そうだな。まず、精霊と契約した者は、少なからず身体能力の向上が見られる。特に上位の精霊と契約した場合には、その傾向は顕著だ。常人とは比較にならない能力を発揮することが出来るようになる」
ナダル樹海での戦闘中、ナッシュに見られた変化がそれだった。これまでなら考えられないような速力で動き回りながら魔法を繰り出すナッシュに、敵は終始、翻弄されっぱなしだった。
その姿はまるで動く砲台とでも言うべきか。もし、あんな人間が戦場に放り込まれたら、敵軍にとっては堪ったものではないだろう。大災厄を生き延びたステインでさえ、今のナッシュとは戦いたくないと思えた。
「それに、不思議な力も使えるようになるし」ステインの話を聞いて、付け足す様にラピスが言う。
「不思議な力?」
「うん。僕の場合は、樹海の中で使った索敵魔法なんかがそれだね」
「魔法? 精霊の恩恵がですか?」
「みたいだね。リコリスが言うには、人間が使う魔法と精霊の恩恵は、本質的には同じものらしいから」
「初耳です」
「だろうね。僕も初めて聞いた時は、少しだけ驚いたから」
「少し、なんですね?」
「うん。別に役に立つなら、何でもいいし」
道具主義的とでもいうべきか。ラピスにとっては、精霊や魔法も腰にぶら下げているナイフと大差ないらしい。そういう割り切った考え方は嫌いではなかったが、相変わらず危うい子供だと思えた。
この旅が終わったら、あの娘のこともきちんと考えてやらなくては……。
(……あなたらしくない発想ね?)
(五月蠅い)
(何? あの娘に情でも湧いちゃった?)
(これだけ一緒に旅をしていれば、多少はそういう気持ちも湧く)
(あら? 意外に素直ね?)
頭の中で、セント・ローズと会話をしていると、隣でナッシュが口を開く。
「いや、人間の魔法と精霊の力はやっぱり別物だよ」
「え? どゆこと? 一体、何が違うの?」
「人間の魔法は暗くて冷たいけど、精霊の恩恵は暖かいだろ?」
「は? ……いや、全然分からないし。何、その感覚派な発言?」呆れたようにラピスが言う。
「ナッシュって、そういう所がありますよね?」
「そんなことないだろ? ……ステインはどう思います?」
「俺か? ……そうだな。魔法についてはよく分からんが、精霊の恩恵が暖かいというのは、何となく分かる気がするな」
「うわ、ここにも同類が居たよ」
「ステインさんは、正騎士時代、王国の剣とまで言われた人ですからね。魔法の天才であるナッシュとは通ずるところがあるのかもしれません」
「はあ、やだね。これだから才能に恵まれた人っていうのは!」
ラピスが皮肉を口にすると、エレノアが首を傾げる。
「あなただって、似たようなものでは?」
「僕が? いやいや、それはないよ。大体、僕にどんな才能があるって言うのさ?」
「生きる才能」
「え?」
「聞くに、あなたは今よりもっと小さな頃から、過酷な環境を生き抜いて来た。最近では零等級と戦って生き延びている。これは私の様な軍人にとっては、大変、貴重な才能ですよ」
「ただ、運が良かっただけじゃない?」
「それも才能の内ですよ」
「ふーん。よく分かんないや」
その後、樹海の出口付近でステインたちは夜を明かすことにした。
因縁の地を前にしても、心が乱れている感じはしない。
それが少しだけ複雑に思えた。




