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救われなかった世界のために  作者: 無徒 静
第三章
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第六話 本当の過ち

 ナッシュたちがアネモネを見つけ出したちょうどその頃、ハーネットの温泉ではサフィたち女性陣が旅の疲れを癒していた。


 長く使われていなかったせいで施設はかなり痛んでいたが、幸い、温泉そのものは生きていた。

 エレノアの指導の元、サフィとラピスは魔法を駆使して簡易的な浴場を拵えた。


「こういう時、本当に魔法のありがたさを実感しますね」


 エレノアの独り言には、サフィも同感だと思った。

 本来、魔法とはこういう風に使われるべきだ。

 外の世界にやって来て、怪物との戦闘を繰り返すうちに、そんな当たり前のことさえ忘れかけていた。


 準備が整うと、エレノアが早速、湯舟に浸かった。


「…………はあ。最高ですね」


 喜色満面。

 エレノアの零した腑抜けた声は、彼女の凛とした印象からは程遠く思えた。

 どうやら本当にお風呂が好きらしい。


 だが、その気持ちはよく分かる。

 お湯に浸かっていると、このところずっと憂鬱だった頭が少しだけ軽くなった気がした。

 

 ぼんやりと空を見上げると、ちらほらと星が輝き始めていた。

 そういえば、こうしてゆっくりと空を眺めるのも久しぶりな気がする。

 

 そんなことを考えていると、「もう出ちゃだめ?」とラピスが駄々を捏ねるように声を上げた。


「もう少し、我慢してください」


 そう窘めるエレノアに、「ええ~」と渋面を浮かべたラピスは、ふと何かに気付いたように立ち上がる。


「ん? あれ? 何か、変な感じがしない?」


「変なとは?」


「分かんないけど……。ねえ、リコリス? 君は何か感じる?」


『さあな? 表に出させてもらえば何か分かるかもしれないが』


「そう言って、僕の裸を覗く気でしょ? 分かってんだからね?」


 体を抱く様にして言ったラピスに、リコリスが鼻で笑いながら答える。


『はっ! 誰がお前みたいなちんちくりんの体なんて見たがるかよ。そういうのはな、あのエレノアってお姉ちゃんみたいになってから言え』


 リコリスの言葉につられてサフィとラピスがエレノアに目を向ける。

 湯舟に浮かぶ双丘と自分たちのある部分を見比べて、サフィたちは二人同時に深く溜息を吐いた。


「……何ですか、二人とも?」


 首を傾げるエレノアにラピスが、「何でもないよ」と卑屈な笑みを浮かべて答える。


「……アレと比べるのは卑怯はでしょ? ねえ、お姉さん?」


「私に訊かないで」


「まあ、そうだよね。僕はまだ可能性があるけど、お姉さんはもう……」


「ちょっと。何でそんな憐れむような目でこっちを見るわけ?」


「え? 言っちゃってもいいの?」


「……いいえ」


 押し黙るサフィにラピスが意地の悪い笑みを浮かべる。


「ごめんって。そんなに怒らないでよ」


「怒ってないわ」


「大丈夫だよ。お姉さんにだって、きっとまだ可能性が残ってるよ」


 気休めだったら止めて欲しい。

 自分だって分かっているのだ。

 この一年ほど、ほとんど体の成長がみられていないことに。


「何を根拠にそんなことを……」


「いや、だって、妹の()()()姉さんはすっごいエロい体してるんだし」


 その返事に、ほんの一瞬だけ温泉の空気が冷たくなった。


「ラピス、今、その話題は……」諫めるようにエレノアが言う。


 シャリアンを発ってから、パーティのメンバーはサフィの前でアイナの名前を出さないようにしていた。その名前を出せば、こんな空気になるのが分かっていたからだ。サフィも自分が腫物の様に扱われていることは自覚していた。エレノアがサフィを温泉に連れて来たは、もしかしたらそんなサフィに気を遣ってのことだったのかもしれない。


「……ああ、ごめん。空気読んでなかった」申し訳なさそうに謝って、ラピスが顔を半分まで湯舟に沈める。


「しかし、まあ、いい機会なのかもしれませんね」


「ばにが(何が)?」お湯に沈んだままラピスが尋ねる。


「わだかまりを解消するには、裸の付き合いは持って来いですから」そう言って、エレノアがサフィに真っすぐ目を向ける。「……サフィにずっと聞きたいと思っていたことがあるんです」


「何?」


「アイナ様を殺そうとしたこと、後悔していますか?」


 問われたくない問いだった。

 未だに自分でもその答えが出ていなかったから。


 今、自分の中に重くたまった澱のような何か。

 それが後悔だと言うのなら、確かにそうなのだろう。

 だが、その後悔は果たして何に対してのものなのか。


 アイナを殺そうとしたことか、それともアイナを殺せなかったことに対してか。


 前者であっても、後者であっても、自分が酷い人間であることに変わりはない。

 だから、その答えを出すことを保留にしておくしかなかった。


 きっと、どんな答えであったとしても、私は私を許すことは出来ないから。


 そんなサフィの懊悩にエレノアは気付いていたのかもしれない。


「答えは、イエスかノーでなくてもいいんですよ」


「え?」


「私には、あなたの行動の是非を判断することは出来ません。ただ、私は、あなた一人にこの問題を抱え込んで欲しくないと思っています」


「でも、これは私の責任で……」


「では、その責任を果たして、あなたは何を得られるのですか?」


「何をって、そんなの……。分からない、けど」


「アイナ様を殺しても、殺さなくても、あなたはきっと何も得られないでしょう。手に入るのは一生拭えない後悔だけ。そんなものの為に、あなたが責任を負う理由はありませんよ」


「それこそ無責任じゃない!」サフィは思わず声を上げていた。「この状況を放置しておけば、また大災厄が起きるかもしれないのよ!?」


「ええ。だから、この問題はあなた一人が抱えるべきではないのです。もし、あなたに責任があるのなら、それはこの問題を解決する意思のある者たちと共有することです」


「んん? もしかして、それって僕たちのこと?」


 お湯から顔を出してそう言ったラピスに、エレノアが笑顔で頷く。


「そうです。そういう意味では、あなたは既に自身の責任を果たしていると言えます。だから、あの日、あなたがした選択をいつまでも悔やみ続けるのは止めて下さい」


「でも……。そんなの、許されないわ」


「どうして?」


「だって、それは、お母さんが望んだことだから……」


「本当に、あなたのお母様はそんなことを望んでいたのですか?」


「え?」


「自分の娘を殺したいだなんて。あなたのお母様はそんなことを望まれるような人だったのですか?」


「違うわ! お母さんはそんな人じゃない。あの手記だって、涙で濡れた跡があって……」


 そこまで言って、サフィはようやく思い出す。

 母が残した手記には、一言もアイナの死を望むようなことは書かれていなかった。


「……私、間違っていたの?」


「そうかもしれません」


「私、どうしたらいいんだろう?」


「それは皆で考えればいいことです」


「……エレノア?」


「はい」


「ありがとう」


 湯舟の中でサフィとエレノアが笑みを交わす。

 そんな二人の顔を見て、ラピスが不満そうに声を上げた。


「ねえ、僕は?」 

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