第五話 消えない想い
それは予期せぬ再会だった。
いや、もしかしたら、その可能性もあるとどこかで思っていたのかもしれない。
ラピスがハーネットの噂話をした時から。
「三人とも、顔見知りだったんですね?」
まだ状況をすべて理解出来ていないナッシュは訝しげにステインと二人の精霊を見つめていた。
アネモネを見つけてくれたこの少年には、話しておくべきだろう。
そう思い、ステインは同意を求める様に、セント・ローズとアネモネに目を向けた。
その視線に、セント・ローズは、隣で背を向けたままのローズを一瞥してから黙って首肯を返した。
「……この町が大災厄で怪物たちに滅ぼされたということは道中で話したな?」
「え? ええ」
「その時、この町で怪物たちと戦ったのがアネモネの契約者である正騎士のカーライルだったんだ」
「正騎士ってことは、ステインの同僚ってことですよね?」ナッシュはそう言って眉を顰める。「……でも、さっきの皆の話を聞く限りだと、その人はもう?」
「ああ。カーライルはその戦闘で命を落とした」
「そうですか……」
「彼と共に戦ったもう一人の仲間から、立派な最期だったと聞いている」
それはアネモネに向けて言った言葉だった。
十年間、戻らぬ主を待ち続けていた哀しい精霊の慰めに少しでもなればと思った。
あの時、この地を離れたことを後悔はしていない。
それでも当時を思い出すように小さく背中を丸めたアネモネを見ていると、やるせない思いで一杯になった。
……俺にもっと力があれば。
そんな毒にも薬にもならない言葉を口にしそうになった時だった。
「……すごいね、君のパートナーは」アネモネの後ろに歩み寄りナッシュが言った。「そんな勇敢な人、俺は一人しか知らない」
『……………、でも、ライルは』
「うん?」
『……でも、ライルは死んじゃった。……私の所為で』
「君の所為?」
『うん……』
「どうして?」
『だって、私がもっと、強かったら、ライルは死ななかったはずだから。私がダメな精霊だから。一緒に強くなろうって、初めて言ってくれた人だったのに……』
訥々と紡がれたアネモネの言葉は、慙愧の念に満ちていた。
自身の無力を呪うその気持ちをステインは痛いほどに理解出来た。
だからこそ、アネモネをこのままにしておいてはいけないと思った。
このまま後悔を引き摺って生きるのは、あまりに辛過ぎる。
人より遥かに長い寿命を持つ精霊なら尚のことだ。
だが、掛ける言葉が見つからない。
彼女の気持ちが分かるからこそ、その思いを上っ面だけの言葉で否定することに躊躇いを覚えてしまった。
それが過ちだと、すぐに気付いた。
『いっそ……』
『ダメよ!』不意に、セント・ローズが声を上げた。
『いっそ、あのまま消えてしまえば良かった……』
その直後だった。
アネモネの体が足元から光の粒となって崩れ始めた。
消えてしまえば良かった。
それは決して言わせてはいけない言葉だった。
自己の消滅を望んだ瞬間、精霊はその存在を保つことが出来なくなる。
精霊の自殺と呼ばれる現象だった。
この現象を食い止めるのは簡単だ。
精霊がこの世に留まりたいと願うだけ。
だが、それが一番難しかった。
元々、精霊は偏屈で、自分の考えを覆すことは滅多にない。
消えたいなどと、欠片でも思わせてはいけなかった。
儚く消えて行く精霊にステインは何もすることが出来なかった。
また、俺は失敗した。
友を失い、その相棒まで見す見す死なせてしまうことになるなんて。
カーライルに何と謝れば良いのだろう。
そんな中、まるで状況が分かっていないような調子でナッシュが口を開いた。
「どんな人だったの?」
『え?』
「そのカーライルって人」
『……ライルは、子供の頃からずっと剣の修業を続けてた。剣の才能なんて全然ないのに、それでも自分はいつか正騎士になるんだって言って……。誰よりも純粋でひた向きで。だから、何があっても私があの子を守るって誓ったの』
アネモネの体は、すでに胸のあたりまで消えていた。
だが、崩壊する速度が少しだけ緩やかになっている気がした。
――カーライルさんとはいつ出会ったの?
――ライルが四歳の時。あの子の家に使われなくなった花壇があって。
――彼が正騎士になったのはいつ頃?
――あなたよりずっと大人になってからよ。あの子、本当に頑張ったんだから!
――初めて子供が出来た時は嬉しそうだったなあ。涙なんかボロボロ流して……。
――騎士団の中では、いつも仲間に頼られていてね。そんなあの子を見ると私も嬉しくなってね。
――あの子は、ずっと変わらなかった。
アネモネはカーライルとの思い出を懐かしそうに話し続けた。
気が付けば、彼女の崩壊は止まっていた。
それでも体の大半は消失していた。
「好きだったんだね、彼のこと」
『うん。……好きだった』そう言って、アネモネがナッシュの方を振り返る。『誰よりも、世界で一番好きだったの』
「そっか」
『うん』
「……でも、君が消えてしまったら、その思い出も消えてしまう」
『…………』
「ダメだよ。君は消えちゃいけない」
『……私も、消えたくない。あの子のこと忘れたくない』
「じゃあ、戻って来なよ」
『うん……』
その返事と共に、消失していたアネモネの体が復元される。
目の前の光景をステインは眩しそうに見つめていた。




