第三話 留守番
ナッシュが予想した通り、ラピスは採取した山菜や野兎と一緒に大量の昆虫を捕まえて来た。
両手一杯の昆虫を得意げに見せる彼女の姿は年相応の子供の様だったが、嗜虐的に光るその瞳には、可愛らしさなど微塵も感じられなかった。
「元の場所に返して来い!」
半分キレ気味でナッシュが言うと、ラピスは悲しそうな顔を浮かべて虫を近くの森の中へと返しに行った。
何だか悪いことをした気分になったが、騙されるなとナッシュは自分に言い聞かせた。
案の定、ラピスは返って来るなり、「ちぇっ、つまんないの!」と悪態を付いた。
「お兄さん。そんなに頭が固いと女の子にモテないよ?」
「大きなお世話だ! これでも、王都に居た時はそれなりにモテたんだぞ!?」
売り言葉に買い言葉。
ナッシュはそこまで言うと、無意識にサフィの方を見ていた。
だが、サフィは今の会話を聞いていなかったのか、エレノアと一緒に黙々と食事の準備を進めていた。
「あまり振り回されるなよ、少年」気の毒そうにステインが言った。
※
「……温泉!?」
食事の後、ハーネットの北端に温泉があることを思い出したステインがそれを口にするとエレノアが身を乗り出して来た。
「今も残っているとは限らんぞ?」
「残っていないとも限らないでしょう?」
「ま、まあ、そうだな」エレノアの勢いに気圧される様にステインが答える。
「それなら、私たちで確認して来ます」
「私たちって、もしかして僕とお姉さんのこと?」ラピスが自分とサフィにを交互に指差して尋ねる。
「当然でしょう」エレノアはそう答えると、ステインたちに目を向ける。「二人には留守番を任せてもいいですか?」
「どうぞ」
ナッシュが返事をすると、エレノアはラピスとサフィを連れて嬉々としながら温泉のある方へと向かって行った。
「……すごい、食い付き方だったな?」
「あいつも女ですからね。平時はいつも身綺麗にしていますし」
「そうか……。彼女たちには、無理をさせてしまっていたのかもしれないな。もう少し、気を遣ってやるべきだった」
「仕方ないですよ。人目に付かないように移動をしようと思えば、どうしたってこういう経路を辿ることになりますから。むしろ運が良かったんじゃないですか?」
「まあ、そうだな」ステインはそう言って立ち上がると、徐に剣を抜く。「どうだ? 彼女たちが戻るまで、少し、手合わせをしてみないか?」
「え? お、俺とですか?」
「ああ。……使えるんだろ?」
ステインは、ナッシュの腰に佩いた短剣に視線を向けながら顎をしゃくる。
「で、でも、俺とステインとじゃ実力が違い過ぎるし……」
「いや、そこまで卑下することはないだろう? 以前、君が剣を振っているのを見たことがあるが、筋は悪くなったぞ? 相当研鑽を積んだんじゃないか?」
「ま、まあ、出来る限りのことはして来たつもりですが……」
「だったら、いいだろう? ほんの暇つぶしだと思って」
ナッシュは少しだけ考えた後、「分かりました」と答えた。
夕陽の下、ステインとナッシュが剣を構えて向かい合う。
「いつでもいいぞ?」
「……じゃあ、行きます!」その返事と共にナッシュがステインに斬り掛かる。
鉄と鉄のぶつかり合う音が響く。
いい太刀筋だ。思っていたよりもずっと。
このまま鍛錬を怠らなければ、きっといい剣士になるだろう。
「――君は、どうして魔法使いに?」何度か剣を交えた後、ステインが言った。
「軍の命令で。お前には剣よりも魔法の素養があるからと」
「そうか。確かに、初めて君に会ったとき目にしたあの魔法は凄まじかった。……あれだけの才能があれば、軍も放ってはおかないだろう」
「いえ、あれは俺の力ってわけじゃ。ウズネラを使ったから出来たことですし」
「ああ、そういえば、そんなことを言っていたな」一度、距離を置いたナッシュを見ながら、ステインは肩を竦める。「ウズネラか……。君は今までもウズネラを使って、戦って来たのか?」
「必要な時には。……それがどうかしましたか?」
「いや……。ただ、あれはあまり使わない方が良い」
「そうですね。大き過ぎる力を使えば、その分、反動も大きいですし」
「そうじゃない」
「え?」
「どうもセント・ローズの話では、ウズネラが怪物を生み出しているそうなんだ」
それを聞いたナッシュは瞠目し、ぶらりと剣を下ろした。
「……はっ!? え? ちょ、ちょっと待って下さい。ウズネラが怪物をって……。それ、本当の話なんですか?」
「そのようだ」
「リンドベルは日常的にウズネラを消費しています。もし、今の話が本当なら、怪物が出現するのは、全部、この国の所為ってことになるんじゃ……」
「さあ、そこまでは分からん。だが、仮にそうだったとしたら、今度は大災厄が起こった理由に説明がつかん」
そもそも、どの程度、ウズネラを使えば怪物が生まれるんだ?
心の中でステインがそう問い掛けると、『知らないわ』とセント・ローズの素っ気ない返事が聞こえた。
「ん? ……あの、今、人の声が聞こえませんでしたか?」
「人の声? まさか、セント・ローズの声が聞こえたのか?」
「それって、ステインさんが契約している精霊の名前ですよね?」
「そうだ。若い女の姿をしているんだが……」
「若い女……。まあ、確かに僕が聞いたのも、若い女の声ではありましたけど……。でも、若いっていうか、もっとこう、子供の声みたいな気がしたんですけど」
セント・ローズの声を聞いて、子供みたいというのは違和感がある。
木々の揺れる音を聞き間違えでもしたのだろうか?
ステインが首を傾げていると、
『――ケテ』
どこからか、そんな声が聞こえて来た。




