第二話 噂話とムードメーカー
そこは忘れられた町だった。
およそ十年、放置された家々は老朽化が激しく、町の至る所で野生の獣が往来していた。
こんな所にも大災厄の傷痕が残っていたのかとエレノアは寂寥に似た感傷を覚えた。
「悲しい場所ですね」
エレノアが誰にともなく呟いた言葉に、「そうだな」とステインが答える。
「この町もまた、エストフィアの墓標の一つだ。今はもう、誰も悼んでくれることもない……」
「でもさ? ハーネットって、王国時代は割と活気があったんじゃない? 今はこんなんだけど、立派な家もたくさんあるし。再開発とかしなかったのかな?」首を傾げながらラピスが言う。
「リソースの問題でしょうね。滅んだ町を復興するより、いま生きる人々が住んでいる町を立て直すことを優先するのは当然のことですから」
「まあ、そっか」
「とは言え、リンドベルの復興も粗方完了していますし、立地的にもハーネットはロジスティックの重要な拠点にもなる。それなのに未だに放置されているというのは……」
エレノアが腑に落ちないという顔をしていると、ラピスがポンと手を叩く。
「……ああ。もしかしてあれじゃない?」
「あれ?」
「エレノア姉さん、知らないの? ハーネットに出る幽霊の話」
「幽霊……」そう言いながら、エレノアは以前、軍で流行った噂話を思い出す。「確かにありましたね、そんな話が。ハーネットに近づくと、どこからともなく幼い女の子の泣き声が聞こえて来るとか」
「そう、それ!」
「しかし、そんなものはただの噂でしょう?」
「だと良いが……」不意に口を開いたステインは、前方にあった家に目を向ける。「あの家なら、まだ使えそうだな」
ステインが見つけたその家は、あちこちガタが来ていたが、雨風を凌ぐだけなら問題はなさそうだった。その後、エレノアとナッシュが家の中を検分し、今日はそこで一泊することになった。
「じゃあ、僕たちはちょっと今日の晩御飯の材料を調達して来るよ」ラピスは手を挙げてそう言うと、そのままサフィの手を掴む。「行こう、お姉さん」
「え? ええ」
ラピスとサフィを見送りながら、「良かったんでしょうか?」とエレノアが呟く。
「二人で行かせてしまって」
「まあ、大丈夫だろう。この辺はそれほど危険な獣も居なさそうだし。あの二人なら問題あるまい」
「そうですね……」そう答えた後、エレノアが長い溜息を吐くとステインとナッシュの両方に目を向けられた。「すみません」
「いや」と、ステインが答える。「まあ、気持ちは分らないでもない」
「息が詰まるよな、やっぱり……」肩を落としてナッシュが言う。
「そういう意味では、彼女が居てくれて良かったですよ」
「彼女って、ラピスのことか?」
「ええ。良くも悪くも彼女が私たちのムードメーカーになってくれていることは確かです。それに、彼女は自分がサフィの味方であることを明言していますから。中途半端な我々と違って……」
「あいつは子供だからそんな風に出来るんだ」ナッシュはそう言うと、すぐに首を横に振る」「……違うか。あいつはもう腹を括ってる」
「そうだな」と、ステインが頷く。「おそらく、我々の中でラピスがもっとも自分の心に素直に従っている。それを子供だからと判ずる資格は我々には無いだろう」
エレノアにせよ、ナッシュにせよ、ステインにせよ、いずれもサフィとどう向き合って良いのか分からずにいた。そんな態度が余計にサフィを孤立させていると分かっているはずなのに。もし、この場にラピスが居なければ、サフィは遠からず潰れてしまっていたに違いない。
「……もしかしたら、あの子が一番、大人なのかも?」
意見を求めるようにエレノアが目の前の二人に視線を向ける。
すると、ナッシュとステインは互いに目を見合わせてから、まったく同じ返事をした。
「「いや、それはない」」
「賭けてもいい。あいつは絶対、今度も虫を持って来る」苦虫を食い潰したようような顔でナッシュが言う。
「だろうな。元暗殺者の所為か、ラピスはとにかく人の急所になるところを見つけるのが上手い。君たちも、ラピスには極力弱みは見せない方が良い」
本当にあの子は良くも悪くもムードメーカーなのだとエレノアは思った。




