第一話 溝
前を行く仲間たちから数歩遅れてサフィ・ガーランドは歩いていた。
急峻な山道に疲れていた訳ではない。
ただ、彼らの輪に再び入ることは、どうしても憚られた。
仲間と言ったが、今はその表現も適切なのか分からない。
自分は彼らを裏切った。それは揺るがない事実であり、そのことがどうしようもなくサフィの負い目になっていた。
世界を救う、母の最期の願いを聞き届ける、そんな大義名分があったとしても、果たしてあの時自分が下した判断は正しかったのか。その問いに答えを返してくれる人はきっともうどこにもいないのだから。
……私、どうしてここに居るんだろう?
アイナを助けたとしても、自分の罪が許されるわけではない。
それは今この場で彼女を見捨てたとしても同じことだろう。
……多分、私はもう引き返せない所まで来てしまった。
だったら、どうするべきなのか。
自問に答えはなく、ただ状況に流されるまま道を進んで行く。
まるで方位も分からぬまま旅をしている気分だった。
「ねえ、おじさん? 本当にこの道で合ってるの?」最年少のラピスがステインに尋ねる。
「大丈夫だ。この道をまっすぐ進めばハーネットに辿り着く」
「ハーネット? 何か聞いたことがあるような?」
「大災厄で滅んだ町の名前だ」
「ああ、そうか。道理で……」何かを納得したよう頷いたラピスは、ステインの顔色を窺うように目を向ける。「でも、いいの? おじさんはその町には行きたくないんじゃ……」
「構わん。もう昔のことだ」
「ハーネットがどうかしたのですか?」ラピスたちの会話を聞いてたエレノアが不思議そうに首を傾げる。
「いや。ただ、以前、あの場所で仲間を失ったことがあるだけだ」
「仲間を?」
「ああ」ステインはそう答えると、苦笑を浮かべる。「君たちが気にすることじゃない」
「そう、ですか……」
「それよりサフィ?」
「へ?」突然、名前を呼ばれた所為で、サフィは思わず抜けた声で返事をしてしまった。「な、何ですか?」
「時計の指し示す方向に変化はないか?」
そう問われ、サフィは懐中時計を取り出した。
大きな時計が一つと小さな時計が二つ嵌めこまれたその懐中時計は、旧王国お抱えの時計技師であり魔法使いでもあったプレデューソが、サフィの母であるフローディアに送ったものだった。
蓋には美しい意匠が施されており、それだけでも大変な価値があることがわかる。だが、その時計の本質は別の所にあった。フローディアの娘であるサフィとアイナ。その二人が生きている限り同じ時を刻み続け、魔力を通すことで彼女たちがどこに居るかを指し示してくれる。世界に二つとない逸品だった。
サフィが時計に魔力を流し込むと、小さな時計の針がぐるぐると回り始め、やがてある方向に向かって止まった。
「変わりはありません。アイナはずっと同じ場所に居るようです」
「そうか」ステインはそれだけ答えると、再び、前を歩き始める。
シャリアンを出てから、ステインとは概ね今の様な会話しかしていない。
きっと彼にも恨まれていることだろう。
まるで娘のように大切にしていた女の子を殺そうとしたのだから。
前を行くステインから視線を外すと、不意にナッシュと目が合った。
だが、ナッシュは何も言わずに目を逸らすとステインの後に続いて歩き出した。
「……そうだよね」
誰にも聞こえない小さな声でサフィは言った。




