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救われなかった世界のために  作者: 無徒 静
第三章
182/200

プロローグ2 報い――Criminal

 シャリアンを出立して丸三日。

 現在、ナッシュたちは旧王国時代に使われていた古びた道を歩いていた。

 その道は大災厄によって地図から消えた町村へと繋がっており、今はほとんど利用されていなかった。だが、国から追われているサフィと行動を共にしているナッシュたちにとっては、都合が良いものでもあった。


 難点を挙げるならほとんど人が通らなくなってしまったことから道が荒れてしまい、虫や獣の類が大量に発生していたことだろう。ナッシュやステインはともかく、サフィたち女性陣には辛い道程になると思われた。


 しかし、その予想はあっさりと裏切られた。


「こんなの僕が育った場所に比べれば天国みたいなものだよ」道中、そんなことを言ったラピスは、通りかかった繁みの中に乳白色の昆虫を見つけると、それをひょいと摘まみ上げ口に放り込んだ。「食べ物にも困らないしね♪」


 これには流石のナッシュも絶句した。軍である程度、鍛えられていたつもりだったが、ラピスに比べればまだまだだったらしい。


「大丈夫なのか、そんなもの食って?」


「平気だよ。毒を持ってる奴は大体、知ってるし。むしろいま食べたパーラムなんて、タンパク質が豊富で僕たちみたいな貧民にとっては貴重な栄養源だったんだ」


 そうなんですか? とナッシュがステインに目配せすると、俺に訊くなと首を振られた。


「ふむ、興味深いですね。私も試してみましょう」元々、学者肌だったエレノアは、ラピスの話を聞くと、自分も同じようにパーラムを口に含んだ。「……何と言うか、独特な風味ですね」


「お姉さんも食べる?」


「今はいいわ」ラピスに訊かれて、サフィが答える。


 そうだよな。

 やっぱり、無理だよな。

 ナッシュは内心で安堵した。


 しかし、


「パーラムはそのまま食べるより、ペーストにしてサラダと和えた方が美味しいから。昼食の時にでも頂くわ」


 ……マジかよ。


 ナッシュは助けを求める様に再びステインに目を向ける。

 だが、どうやらステインは関わりたくないらしく、ナッシュの視線に気付かない振りをしてどんどん先に行ってしまった。


 そうこうしているうちに、ラピスからお声が掛かった。


「お兄さんもどう? 美味しいよ?」


「あ、いや、俺は……」


「モノは試しですよ、ナッシュ。別に食べられないというほどの味でもありませんし」


 そういう問題じゃないんだが……。

 ナッシュがあからさまに狼狽えていると、サフィと目が合った。

 だが、サフィはすぐに気まずそうな顔を浮かべると、ナッシュから視線を逸らしてしまった。


 どうしたものかとナッシュが悩んでいると、ラピスがしょんぼりと肩を落とす。


「そっか……。やっぱり、こんなの食べたくはないよね。ごめんね、お兄さん無理に勧めて。そうだよね……。僕にとってはご馳走だけど、お兄さんからしたら、ただ気持ち悪いものでしかないだろうし」


 何だか、自分がものすごく狭量な人間に思えて来た。


「い、いや。そ、そんなことはない。ただ、ちょっと驚いただけで……」


「じゃあ、食べてくれる?」


 ラピスは元暗殺者とは言え、見た目はまだ幼い女の子だ。

 そんな子供に潤んだ瞳で訴えられたら、嫌だという訳にはいかなかった。


「あ、ああ。もちろん」引き攣った笑みを浮かべてそう答えたナッシュは、ラピスの両手の上で蠕動しているパーラムを摘まみ上げると、思い切って口の中に放り込んだ。「……に、苦っ! な、何だこれ!? 滅茶苦茶、苦いじゃねえか!」


「パーラムは独特な苦みがあることで有名ですからね」当たり前のようにエレノアが言う。


「お、お前、知ってたのか?」


「はい」


「お前、それを先に言えよ!」


 ナッシュが涙目になりながらエレノアを睨み付けていると、「ブフゥ!」とラピスが噴出した。


「うわぁ、お兄さん、ほんとに食べたよ! 別に無理しなくても良かったのに♪」


「は? はあ!? いや、だってお前が!?」


「まあ、そうなんだけど。でも、まさか本当に食べるとは思わなかったからさ」そう答えたラピスは心底楽しそうだった。


「こ、こいつ……」


「まあ、いいじゃないですか、ナッシュ。貴重な経験が出来たと思えば」


 エレノアの言葉に、俺はそこまでポジティブにはなれないとナッシュは思った。

 そんなこともあり、道中の雰囲気はそれほど悪くなることはなかった。


 その日の晩、ナッシュが火の番をしていると、そこにステインがやって来た。


 焚火を挟み、ナッシュの向かい側に腰を下ろしたステインは唐突に、「すまないな」と言った。


「それって、昼間のことですか?」


「違う。……いや、まあ、それもあるんだが、どちらかと言うと負担を掛けてしまっていると思ってな」


「負担?」


「ああ。シャリアンを出てからというもの、君にばかり見張りを任せてしまっているからな」


「構いませんよ。俺が好きでやっていることですから」


「だが、みんなで食事をしている時だって、君だけ周囲の警戒に出ているだろう?」


 何となく、ステインが何を言いたいのか分かった気がした。

 それに気づかない振りをして、焚火に小枝を放り込んだナッシュは、「ええ、まあ……」と曖昧な相槌を打つ。


「でも、気にしないで下さい。軍の仕事でこういうのは慣れてますから」

 

 パチパチと音を鳴らす焚火を見つめながら、「そうか」と答えたステインは小さく息を吐き出す。


「やはり、気まずいか?」


「え?」


「サフィと一緒に旅をするのは……」


「……やっぱり、分かりますか?」


「まあな。多分、みんな気付いている」


「ですよね……」


 シャリアンが怪物に襲われた際、その混乱に乗じてサフィはアイナを殺そうとした。それは未遂に終わったが、以来、ナッシュはサフィを受け入れることが出来なくなっていた。


「無理はない」と、ステインが呟く。「あんなことがあったんだ。簡単に彼女を許すことなど出来ないだろう。たとえ、どんな理由があったとしても……」


「ええ……」


 サフィがアイナを殺そうとしたのは、アイナが大災厄を惹き起こす災厄の魔女であるからだった。だが、その真相を知ってなお、ナッシュはサフィを認めることは出来なかった。


「それでいいと思う。俺自身、まだすべてを割り切れている訳じゃないしな」


「あなたもですか?」


「ああ。アイナは、俺にとっても家族の様なものだからな。だから、君の気持もよく分かる」


「ステインさんは――」


「ステインでいい。敬称を付けられるのはどうにも肌に合わん」


「そうですか? じゃ、じゃあ、ステインはこれまでアイナとどんなふうに生活をして来たんですか?」


 ナッシュがそう尋ねると、ステインは失念していたとばかりに額を抑えた。


「ああ……。そういえば、まだほとんど何も話していなかったな。君はアイナの兄だというのに。申し訳ない」


「いえ、構いません。それより、教えて下さい。これまでアイナがどんな風に生きて来たのか」


 ステインは、アイナと出会ってからプロントに定住するまでのことを一つずつ話してくれた。

 その旅は畢竟、アイナを守るためのものだった。


「怪物の出現を予見出来るアイナの力は俺にとって都合の良いものだったから、最初はあいつを守ってやろうだとか、そんなことは一切考えてはいなかった。だが、共に旅をするうちに、いつしか俺の方があいつに救われていることに気付いた。王国が滅亡し、何もかも投げ出した俺にとって、自分の境遇から逃げずに立ち向かうあいつの姿は、とても眩しいものに思えた。……だから、絶対に守らなくてはならないと思った」


「そう、でしたか……」


 アイナとの旅を語るステインは、自分よりもずっと本当の家族らしかった。

 もし、大災厄が無かったら今頃俺も……。

 そんなことを考えてしまう程に。


「ありがとうございます。話してくれて……」


 ナッシュが礼を言うと、焚火の向こうでステインが微かに笑顔を浮かべた。


「しかし、だからこそ思うよ」


「何を?」


「アイナに刃を振り下ろそうとした時、サフィは一体、どんな思いだったのかって」


 あの時、確かにサフィは涙を流していた。

 絶望に打ちひしがれたような顔だった。

 世界と妹を天秤に掛け、その挙句に絞り出したのがあんな顔では報われないと思った。


「……俺は、どうすればいいんでしょう?」


 その問いに、答えが返って来ることはなかった。

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