プロローグ1 最果ての村 Nightmare
彼女の生まれたその村は、本当に何もない所だった。
年中、雪に覆われた白い景色だけがあった。
実りの少ないその土地は、人が住むには過酷な環境だった。
それでも彼女はその村を愛していた。
村の人たちは皆、家族同然だったし、何より唯一の肉親である妹さえいれば彼女は幸せだった。
過ぎた欲は持たず、ただこの時間がずっと続いてくれさえいれば、それでよかった。
だが、彼女たちにはそんなささやかな幸福さえ、願うことは許されなかった。
それが起きたのは、珍しく日の光が差し込んだある夏の日のことだった。
原因不明の疫病が彼女の村に蔓延した。
「泣かないで、レイラ……」
仲の良かった友人を亡くし、ずっと泣き続ける妹のレイラに彼女はずっと寄り添っていた。
疫病は最初の一月で村人の三割を死に至らしめた。
「どうにかならないのか!?」
「回復魔法でも、ほとんど効果がないんだ!」
「何故だ!? 我々の回復魔法は病にだって利くはずだぞ!?」
「それが分からんから、皆、頭を抱えているんだ!」
村の集会場では、昼夜を問わず、大人たちの怒声が飛び交っていた。
集会場の近くに住んでいた彼女は、レイラにその声を聞かせたくなくて堪えず防音魔法で自宅を覆っていた。
「姉さま、だいじょうぶ?」
「何が?」
「なんか、すごくつかれているみたいだから」
不安そうに尋ねるレイラに、彼女は大袈裟に欠伸をしてみせる。
「大丈夫よ」彼女は、そう言ってレイラの頭を撫でる。「最近、トムやリックからやたらとアプローチを受けているから寝不足なの」
「ええ!? あの二人、まだお姉ちゃんのことをねらってるの? いいかげん、みゃくなしだってきづけばいいのに」
「……そうね」
彼女とレイラの幼馴染、トムとリックは先日、件の疫病によって帰らぬ人となった。
そのことを彼女はまだレイラには伝えていなかった。
仲の良かった友人を失ったばかりのレイラに、そのうえ幼馴染の二人まで死んだとは、とてもではないが言うことは出来なかった。
それからも村人たちは次々と命を落として行った。
古の魔法使いたちが集るこの村でさえ、疫病には成す術がなかった。
最早、傍観していられる状況ではなかった。
「村長、私、外の世界に行きます」
ある日、覚悟を決めてそう言った彼女に、当時の村長は首を横に振って答えた。
「ウズネラを使おうって言うんだろ? やめときな」
「でも、この状況を変えられるとしたら、あれを使うしか方法は――」
「あれは禁忌の秘薬だ。人間が触れていいものじゃない」
「だったら、このまま村が滅びてもいいって言うんですか!」
詰め寄る彼女に老婆は小さな肩を竦ませる。
「それも、運命なんだろう」
「なっ!?」
「わしら所詮、歴史から葬られた存在だ。誰に知られることもなく、消えて行くべき存在だ。……いつか、こんな日が来るんじゃないかと思っていた」
諦観した老婆の言に、彼女は目を吊り上げる。
「そんなことない! 私たちは、絶対にそんなちっぽけな存在なんかじゃない」
「お前も知っているだろう、この村の成り立ちを。……だったら、分かるはずだ」老婆はまるで駄々をこねる子供を諭す様な口調で言った。
「分からないわ。私は、私たちが置かれたこの運命を絶対に認めない。魔女の因子を受け継いでいる。たったそれだけのことで、こんな風に虐げられるだなんて間違っている!」
「わしらもずっとそう思っていた。だがね、わしらが災厄を招く存在であるというのは紛れもない事実だ。程度の違いこそあれ、わしらが外の世界に出れば必ず災いが起きる」
彼女の村は、強力な結界により外界から隔絶されていた。その結界は、かつて彼女たちの祖先が施したものと言われていた。それは自分の同族を守るためのものであったが、同時に外界へ自分たちの影響が出ないようにするためのものでもあった。
村人であれば誰もが知っている話だ。
だが、それが真実であるという根拠はどこにもなかった。
それでもその話を村人たちが金科玉条のごとく信じ続けて来たのは、きっと諦めるための理由が必要だったからだろう。
自分たちを取り巻く不遇を受け入れる為に。
そんなのは、まっぴら御免だった。
「知ったことじゃないわよ、そんなの!」
外の世界がどうなろうと、そんなことは自分には関係ない。
私は、私が本当に大切なものさえ守れたらそれでいい。
村長と決別した彼女は、その日のうちに旅立ちを決意した。
「姉さま、本当に行っちゃうの?」
一度、村を出ればもう二度と戻って来ることは許されない。
大昔から伝わる村の掟。
彼女がずっとぶっ壊したかったもの。
最後までレイラは別れを悲しんでいた。
駄々をこねる妹を宥めるのは、身が割かれるような思いだった。
それでも守りたいと思った。
私が育ったこの村を。
「――アナベラ姉さま!」
旅立つ彼女の後ろから、レイラの声がずっと聞こえ続けていた。
※
「……嫌な夢ね」
アナベラ・ブロックが目を覚ますと、愛する男の横顔が隣に会った。
その頬にそっとキスをしてベッドを出た彼女は、窓の前まで移動する。
窓の外はまだ暗く、夜明けまでにはまだ時間があった。
「ようやくここまで来たわ」そう言ったアナベラの顔が窓ガラスに映し出される。「……これで、すべてを終わらせられる」
夜の闇よりなお暗い瞳がこちらを見つめていた。
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