エピローグ1 サフィの時計
怪物の襲撃があった後、アルフレッドの私兵が負傷したナッシュたちを発見した。
アルフレッド邸に担ぎ込まれた彼らはいずれもが重傷を負っており、アルフレッドの専属医が掛かり切りで容態を診ていた。
もし、サフィの魔法が無ければ命の危険もあったかもしれない。屋敷に担ぎ込まれた中で、サフィが一番に目を覚ました。彼女はベッドに眠るナッシュたちを見ると、自身の負傷も忘れて、必死に回復魔法を使い続けた。
そのおかげで全員が一命を取り留めた。
そして、翌日になり、ナッシュたちはアルフレッド邸の客間に集まっていた。
そこでナッシュが皆に事の顛末を話して聞かせた。
その内容に一同は困惑を隠し切れずにいた。
サフィの凶行、ハンザの裏切り、アナベラという謎の女性と攫われてしまったアイナの安否。
情報過多で誰もが黙り込み、客間の中はまるで葬式のような雰囲気になっていた。
「まず、確認をしておきたいんだが」ステインの声が客間に響いた。
その言葉に、先程からずっと部屋の隅で俯いたまま椅子に座っていたサフィに全員の視線が向けられた。
「サフィ、事情を話してくれ。何故、アイナを殺そうとした?」
そう尋ねるステインの声は低く、強い理性で怒りを抑えている様だった。そのことを誰も指摘しようとはしなかった。ただ一人、ラピスだけはサフィの様子をじっと見守っていた。
四面楚歌の状況で、「……分かりました」とサフィは口を開いた。
そこから紡がれた彼女の告解に、誰もが息を飲んだ。
「……アイナが、災厄の魔女?」
「しかも、サフィの妹だって!?」
続けざまに口を開いたステインとナッシュに、サフィが黙って頷く。
サフィの話は衝撃的で、ともすればこの国の今後を揺るがしかねないものだった。
だが、ナッシュだけは、周りとは別の動揺も抱えていた。
「ちょっと、待ってくれ。君とアイナが姉妹? ……そんなことありえない!」
「ありえないって、ナッシュ。何故、そう思うのですか?」エレノアが問う。
「だって……」ナッシュは少しだけ言い淀んでから、その理由を言った。「アイナは俺の妹なんだ!」
「アイナ様がナッシュの妹? それは、どういうことですか? たしか、あなたの妹大災厄で……、亡くなったはずでは?」
「俺も、そう思っていたんだ。でも……」
ナッシュはアイナから彼女の生まれ故郷や両親の名前を聞いた時のことを話した。それはナッシュの故郷や両親と一致してた。ただ、何故かナッシュのことは忘れていたが。
「偶然、ということは?」
「俺が……、あいつの顔を忘れるわけがないだろ!」
苛立つ声を上げたナッシュにエレノアが嘆息を吐く。
「……気になってはいたんです。あなたが、アイナ様と会った時からずっと様子がおかしかったのは、その所為だったのですね?」
「ああ……」
「そのことをアイナ様には?」
「いや」と首を振ってナッシュが答える。「辛い記憶なら、無理に思い出す必要はないと思って……」
「そうですか……」
ナッシュとエレノアの会話を聞いて、顔色を悪くしながらサフィが口を開く。
「……ねえ、ナッシュ。あなた、おじいさんかおばあさんは?」
脈絡もなくそんな質問をされ、ナッシュは少し不機嫌そうに答える。
「祖父は俺が生まれる前に亡くなったらしい。祖母も俺が小さい頃に亡くなったと聞いている……。それがどうかしたか?」
「た、多分だけど、あなたのおばあさんが私の母と知り合いだったんだと思う。母の手記に、自分がもっとも信頼できる人に娘を託したって書いてあったから」
サフィが推測を口にすると、「そういうことか」とステインが呟く。
「ナッシュの苗字は、ホーネットだったな?」
「え? ええ、そうです」
「鍛冶屋のホーネット。俺も昔、世話になったことがある」
「そうなんですか!?」
「ああ。腕の良い職人だったな。まあ、旧子爵家の四男で、勘当同然で家を出て鍛冶師になった変わり者でもあったが。彼の母親、つまり君の祖母は、サフィの母親の教育係をしていたんだ。俺も王城で何度か見掛けたことがあったから覚えている」
「なるほど。辻褄は合いますね」エレノアが腕組みをしながら言う。
「……つまり、俺とアイナに血の繋がりはなかったってことか?」
「まだ、確定したわけではない。ただ、その可能性は高いと思う」
ステインの返事に、「そう、ですか……」とナッシュが肩を落とす。
「ただ、仮にそうだったとしても、君がアイナの兄であることには変わりない。今度、あいつに会った時、きちんとそれを伝えてやればいい」
「今度?」
「ああ」ステインはそう頷くと、不思議そうな顔でナッシュを見る。「何だ? 君はもうアイナの救出を諦めたのか?」
「そんなこと!」ナッシュは反射的に立ち上がったが、すぐに視線を落とす。「でも、サフィの話が本当なら、アイナは……」
「災厄の魔女、か? 正直な所、俺にはその話を聞いてもピンと来ないんだ。本当にたった一人の魔女によって世界が滅びるなんてことがありえるのか?」
ステインの視線を受け、サフィがゆっくりと首を振る。
「分かりません。私も母の手記にそう書かれていたのを読んだだけなので」
「サフィはその話を信じたのか?」
「はい」
「何故?」
「確信があったわけじゃありません。ただ、母の手記を読んだ時、生前の母の様子を思い出したんです。偶にすごく悲しそうな顔で村の外を見つめている姿を。あれはきっとアイナのことを考えていたんだと思います。
サフィの話にステインが、「そうか」と嘆息を吐く。
「俺は一度、生まれたばかりの君を見に行ったことがある。その時、ディアは相当に精神を病んでいた。もし、君の話が事実ならディアがあんな風になっていたことにも納得が行く。……あの時、ディアかローランにもっと詳しく事情を訊いておくべきだった」
「きっと、母は聞かれても何も話さなかったと思います。そういう人ですから」
「そうだな。ローランも当然、アイナのことは知っていたんだろうが、きっと俺が何を言っても話してはくれなかっただろうな……」
ステインが口を閉ざし、再び客間に沈黙が広がりかけた時、ラピスがすっと手を挙げた。
「ねえ、一ついい?」
「何だ?」ラピスの隣に居たステインが答える。
「結局のところ、皆はお姉さんのことをどうするつもりなの?」
それは皆が無意識に避けていた質問だった。
サフィがアイナを殺そうとした理由については理解が出来た。
だが、それを受け入れられるか、受け入れて良いものか、全員が葛藤していた。
とくにサフィを憎からず思っていたナッシュにとって、これは頭の痛くなる問題だった。
許したいけど、許せない。
それがナッシュの本音だった。
「一応、僕の立ち位置を話しとくね」そう言って、ラピスは周りを威圧するようにリコリスの力を発現させる。「もし皆がお姉さんを許さないって言うなら、僕はこの場の全員の敵になるよ?」
「ラピス!?」サフィが目を見開き声を上げる。
「正直、僕にとってはこんな世界、無くなっちゃえばいいとさえ思うけど。そんな世界を守るためにお姉さんは一人で戦っていたんでしょ? だったら、一人くらい味方が居てもいいんじゃない?」
「どうしてそんな……、あなたが?」
「初めてだったんだよ。誰かと一緒に居て楽しいって思ったのは……」ラピスは珍しく屈託のない笑顔でそう答えると、すぐに真顔で周りに目を向ける。「で、皆はどうなの?」
「……私には、まだ判断がつきません」エレノアが言った。「サフィの話の真偽も、その行動の是非についても」
「おじさんは?」
「俺もエレノアと同じだ。アイナを殺そうとしたことは確かに許せない。だが、ディアの遺志を継いだサフィを否定することも出来ない」
「お兄さんは?」
「俺は……」ナッシュは一度、サフィの方を見ると悲しそうに目を伏せた。「ごめん。俺は、サフィを許せる自信がない」
ごめんと、もう一度言ったナッシュに、「謝らないで」とサフィが答える。
「私も、もう自分の判断が正しかったのか分からなくなってしまったから……」
大テーブルを挟み、互いに目を逸らす二人の関係は、文字通り手の届かない距離にまで開いていた。
そのことをナッシュもサフィも理解していた。
「サフィの件については、一先ず、保留にしませんか?」息苦しい雰囲気を嫌う様にエレノアが言った。「それよりも先に、我々には解決しなければならない問題があるはずです」
「アイナの救出、そして大災厄の阻止だな?」エレノアに視線だけを向けてステインが尋ねる。
「はい。サフィの話が真実であるという前提ですが。もし、本当にアイナ様が災厄の魔女という存在であるのなら、我々も今後の方針を決めておかなければなりません」
その言葉にナッシュが怒気を放ち、部屋の空気が張り詰める。
「それはアイナを殺すということか?」
未だ感情の制御が出来ずにいたナッシュに対し、「違います」とエレノアは冷静に返事をした。
「もし、アイナ様が災厄の魔女だというのなら、我々はどうやって彼女を救うのかを考えなければなりません」
「救うって……。そんなことが出来るの!?」がたっと椅子から立ち上がりサフィが言う。
「分かりません。ですが、何の方法も無いと決まったわけでもありません」
「へえ。エレノア姉さんって、頭堅そうに見えるけど、意外と話が分かるじゃん」
「一言余計ですよ、ラピス」エレノアが苦笑混じりに答える。「そもそも我々はまだ何もしていない。何かを諦めるには早過ぎます」
「確かにその通りだと俺も思う。……でも、アイナの居場所が分からないんじゃ、手の打ちようがない」
ナッシュがそう言うと、ステインが自分の隣に目を向ける。
「ラピス、リコリスの遠見でサフィの居場所を探れないか?」
「ああ、うん。それはもうやったんだけどね。何かリコリスの奴、この前、僕が珍しく頑張ったのが気に食わないみたいであまり力を貸してくれないんだ」
「契約違反か?」
「いや、そこまでのものじゃないみたい。単にへそを曲げてるだけだよ」
「そうか……」
目的は決まっているのに、それを達成する為の手段が見当たらない。
せめて、何か手掛かりだけでもあればよいのだが。
そんな時、サフィが机の上にゴトッと何かを置いた。
「……あの、アイナの居場所なら分かりますけど?」
しばしの沈黙。
机の上に置かれた懐中時計を見て、全員が、「あっ!」と声を上げた。




