第九十一話 旅の終わり
不意に聞こえて来た声に、杖を構えたナッシュが声を上げた。
「誰だ!」
すると、クスクスと笑い声がして、ナッシュとサフィの間に一人の女性が姿を現した。
その女性はナッシュを一瞥すると、サフィの方に嫣然とした微笑を向けた。
「お久しぶりね、サフィさん」
「あ、あなたは、あの時の?」
それはサフィがリンドベルの首都アルタに立ち寄った際に出会った女性だった。
一度見たら忘れられない様な美貌の持ち主だったが、何故、今この場所に彼女が居るのかはまったく分からなかった。
「覚えていてくれたのね? ありがとう。改めて自己紹介をするわね。私はアナベラ・ブロック。そこの彼女の同族よ」
アナベラはそう言って、アイナの方に目を向ける。
「え? 私の同族って……、どういうこと?」
「あら、サフィさん? あなた、彼女に何も教えて上げてなかったの? 自分が何者なのかを」
「え……、え? サフィ? この人、何を言ってるの?」
「アイナ……」
「ねえ、サフィは何を知っているの? 私を殺そうとしたことと何か関係があるの?」
「それは……」
サフィが激しく狼狽えていると、「それよりも」とナッシュが声を出す。
「あんた一体、何者だ? あんたは何を知っている?」
「部外者に話すことはないわね」
「何?」
「その子を守ってくれたことには多少、感謝はしてもいいけれど、これ以上口を挟まないでもらえるかしら?」
「いきなり現れて偉そうに! 悪いが俺は今、気が立っているんだ。余計に場をかき乱そうって言うなら、容赦はしないぞ」
「そう……。なら、少しだけあなたの相手をして上げる」
アナベラがそう言った瞬間、空気が軋むほどの殺気が辺り一面に発散された。
先程、戦った零等級――オーディマ・ディグラ――よりも更に凶悪な殺気に晒され、ナッシュの隣に居たアイナが気を失った。
「アイナ!?」
「余所見をしている暇なんてあって?」
ほんの一瞬目を離した隙に、ナッシュの胸元にアナベラの掌が添えられていた。
直後、全身に突き抜けるような衝撃が走り、ナッシュはその場に崩れ去った。
それを見て、アナベラがつまらなそうに言う。
「脆いわね。まあ、現代の魔法使いなんて、こんなものかしら」
「あ、あなたは一体……」
「さっきも言ったでしょ? 私はあの子の同族。先代の災厄の魔女よ」
「先代の? それが本当だとして、あなたの目的は何なの?」
「そんなこと、決まっているでしょう? 災厄の魔女がすることなんて一つだけ」
「まさか……、また大災厄を?」
「ご明察」
「そのために、アイナを攫おうっていうの?」
「ええ。彼女は私がずっと探し求めていた正真正銘の魔女だから」
「させないわ」
今度はサフィが杖を構える。
しかし、不意に首筋に受けた衝撃に、サフィの意識が刈り取られた。
「……悪いね、サフィちゃん」
そこには、気を失ったサフィを支えるハンザの姿があった。
「ご苦労様」アナベラがハンザに向かって言う。「随分と苦戦したみたいね?」
「まさか、また零等級が現れるなんて思わないだろ?」
「あら? 私の息子なら、あの程度の怪物くらい倒してもらわないと困るわ」
「無茶言うなって。こっちはただの精霊遣いなんだ。あんたみたいな生粋の魔法使いと比べられても困るよ」
「まあ、そうね。そういうことにしておいてあげるわ。それより――」
アナベラが何かを言い掛けた時だった。
ナッシュが立ち上がった。
だが、全身から血を流し、立っているのもやっとといった有様だった。
「……お、おい、ハンザ! これは、どういうことだ!?」
血走った目でそう言ったナッシュに、ハンザはいつもと変わらぬ様子で肩を竦める。
「悪いな、相棒。俺、実は裏切り者だったんだわ」
「ふざ、けんな! 何だよ、それは!? どういうことか説明しろ!」
「説明したって分からねえよ。ただ、まあ、同じ部隊に所属していたよしみで、命だけは取らないでいてやるからよ。恨まないでくれよな」
「ハ、ンザ! てめえええ‼」
「それ以上は動くなよ。マジで死ぬぞ?」
満身創痍の体でかろうじて一歩を踏み出したナッシュの腹にハンザの拳が突き刺さる。
今度こそ、身動きの取れなくなったナッシュの視界に、アナベラとアイナを抱きかかえたハンザの姿が映った。
「じゃあな」
それだけ言い残し、ハンザたちは姿を消した。
怒りの声さえ上げることも出来ず、ナッシュはその場で力尽きた。




