第八十八話 決断
ナッシュたちと別れた後、アイナはサフィと一緒にシャリアンの西にある林へと向かっていた。
そこはサフィたちがシャリアンで最初に訪れた場所であり、身を隠すにはうってつけの場所だったが、アイナには腑に落ちない気がしていた。
「……とりあえず、ここまで来れば大丈夫でしょう」
箒からアイナを下ろしたサフィが、周りに誰も居ないことを確認して言った。
空に分厚い雲が広がっているせいで、林の中はかなり暗くなっていた。
その所為か、正面に立つサフィの表情さえよく見えなかった。
「ねえ、サフィ? どうしてこんな所に来たの? 逃げるならアルフレッドさんのお屋敷に向かった方が良かったんじゃ……」
「いえ。高台にあるとはいえ、アルフレッドさんの屋敷はこの街の中央区画に位置している。そんな場所にあなたを連れて行くことは出来ないわ」
「……それは、私があの怪物に狙われているから?」
「それもあるわ」
「それも?」
訝しげにそう言ったアイナに、サフィがひどく冷たい目を向ける。
「アイナ、あなたに訊きたいことがあるの」
「な、何?」
「あの怪物が言っていた。あなたをずっと待っていたって。あれはどういう意味?」
「分からない。私もそれを聞きたかったけど、結局、こうして逃げて来ちゃったから」
「まあ、そうよね」
相槌を打ったサフィは、どこか安堵した様子だった。
サフィの意図が分からず、アイナはしばらくの間、口を噤んでいたが、ふとあることを思い出す。
「そういえば……」
「何?」
「ああ、うん……。これは私の気のせいかもしれないんだけど。あの怪物に会った時、私、何故か自分は危害を加えられないって。そんな風に思ったの」
自身の中にある不可思議な確信。
その奇妙な感覚を共有したくて言った言葉だった。
それがサフィを豹変させた。
「……やっぱり、そうなのね」
震えるような声でそう言ったサフィの唇から血が流れていた。
※
間違いだったらと、どれだけ願ったことだろう。
だが、最早疑いようがないだけの材料が揃ってしまった。
母の手記、怪物の言葉、アイナの証言。
そして、懐中時計が示す先。
すべてが一つの答えに帰結していた。
アイナが災厄の魔女なのだ。
自分が殺さなくてはならない存在であり、そしてこの世に残された唯一の肉親。
ここに来るまでに覚悟は決めていた。
だからこそ、サフィはアイナを正面から見つめた。
自分の覚悟が鈍ってしまわないように。
だが、幸か不幸か、分厚い雲が空に蓋をしてアイナの表情を隠していた。
不意に、先程までサフィたちがいた街の西口の方でナッシュの魔力が膨大に膨れ上がるのを感じた。
途方もない力だ。
あれなら零等級だって倒せるかもしれない。
……だとしたら、もうあまり猶予はない。
決断しなくては。
アイナが生きていれば、この先も同じようなことが繰り返される。
「サフィ、大丈夫? 唇から血が出てるよ?」
「ええ、平気よ」自分でも驚くほど平坦な声が出た。
……大丈夫。
あと少しだけ、心を殺しておけばそれで……。
懐に仕舞ってあった懐中時計にそっと触れたサフィは、腰に佩いていた護身用のナイフを引き抜くと、何も言わずにアイナに近付き、
そして――




