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救われなかった世界のために  作者: 無徒 静
第二章
172/200

第八十六話 油断

 腹を串刺しにされたナッシュが高々と掲げられていた。

 それはまるで仕留めた獲物を見せびらかしている様だった。

 愉悦に満ちた笑みを浮かべながらディグラがステインに言った。


『残念だったね。()()が君たちの切り札だったんでしょ?』


 ディグラが無造作にナッシュを放り投げ、鮮血が弧を描いて鮮血が地面に降りぐ。それがステインとディグラを結ぶ糸のように一本の線を作り出した。


「ナッシュ! おい、ナッシュ!」


 足元に転がって来たナッシュにステインは何度も声を掛け続けた。だが、ナッシュが返事をすることはなかった。ステインはそっとナッシュの首筋に手を当てる。


「……くそっ!」


 拳を地面に叩き付け、がっくりと肩を落としたステインに、『万策尽きたかな?』とディグラが言った。


『それじゃあ、そろそろ終いにしようか? 僕はこれからまだ用事があるんでね?』


 人を小馬鹿にするようなディグラの口調。

 その声を聞いても、ステインが反応を見せることはなかった。

 

 流石に戦意を喪失したか?

 項垂れるステインを見て、ディグラは思った。

 しかし、それが誤りであったと彼はすぐに知ることとなる。


 不意に空気が凍り付く様な気配を感じたディグラは、自分の意思とは無関係に防御態勢に入ろうとした。生物としての生存本能がそうさせたのか。だが、気付いた時にすでに手遅れになっていた。


 今、まさにディグラを滅ぼそうとしている力の前では、あらゆる抵抗は無意味でしかなかった。


 全身がまるで鋳型(いがた)嵌め()られたように動かない。声を上げようとしても、唇はおろか舌も微動だにしなかった。


 それなのに、感覚だけは妙に研ぎ澄まされている。


(……何が、どうなっている? 僕が完全に封じられているだなんて。そんな真似、第三階梯の力でもなければ出来ないはずだ!)


 生まれて初めて感じる焦燥。その肌が泡立つ様な感覚が恐怖であることにディグラが気付いた直後、尋常ではない痛みが彼を襲った。


(……あ? あれ? あ、ああ……。ギィイイイイイイイイイイイイヤァアアアアアアアアアアアアアア!!!)


 声にならない絶叫が頭の中に鳴り響く。

 あまりの激痛にのた打ち回りたくなるような衝動に駆られたが、ディグラを拘束する不可思議な力がそれを許さなかった。

 

 そして、気の遠くなるような時間をディグラが耐え続けていると、唐突に下半身を襲っていた痛みが無くなった。未だ上半身には耐え難い痛みが残っているが、それでも苦痛が半分になったことには違いない。どうにかそんなことを考える余裕が生まれ、ふと下半身に意識を向けた瞬間、痛みはおろか感覚そのものが無くなっていることにようやく気付いた。


(……僕の足が、無くなってる?)


 ディグラの動揺が更に大きくなる。

 そこに予想外の人物の声が聞こえた。


「……ざまあ、みろ」


 ディグラの視線の先には、先程、殺したはずのナッシュが立っていた。更にその腕には、腹から血を流してるラピスが抱えられていた。認めがたい状況にディグラは自分が声を出せるようになっていることにも気付かず叫んでいた。


『どうして、君が生きている!?』


「ラピスのおかげだ」


『何!?』


「この子が、俺を助けてくれた」


 自分の代わりに重傷を負ったラピスを痛ましそうな目で見つめながらナッシュは言った。

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