第七十九話 心配して損した
アルフレッドの説得を終えたエレノアは、馬を駆りシャリアンの北口へと向かった。
そこではハンザが一人で怪物と戦っているはずだった。
あの男の実力は自分が誰よりもよく知っている。
だから簡単に負けるようなことはないと思うのだが、それでも不安がないわけではなかった。
いつもは軽薄なのに、ここぞという時には自分を顧みずに無理をする。
あれはそういう男だ。
やがて、エレノアが街の北口に到着すると、こちらに気付いたハンザが手を振って来た。
「よう、思ったよりも早かったな?」
「いえ、遅くなりました。それよりあなた一人ですか? 怪物は?」
「倒したよ」あっさりとした口調でハンザが言う。
「そう、ですか。アイナ様の予見ではかなり手ごわい相手だと聞いていたので心配していたのですが……。その様子では杞憂だったようですね?」
ハンザの体には傷一つ見られず、完勝だったことが見受けられる。
「そんなことねえって。力を使い過ぎてもうヘトヘトよ? まあ、誰かが膝枕でもして癒してくれたらすぐに回復すると思うけど?」
「減らず口が叩けているうちはまだ平気ですね。軍人たるもの血反吐を吐いて、動けなくなってからが本番ですから」
「え、何それ、ブラック過ぎるんだが!? ああ、マジでこの職場辞めたくなってきた……」
「くだらないことを言っていないで、すぐに他の援護に向かいますよ」
エレノアがそう言うと、急にハンザの顔つきが変わる。
「それなんだけどな、エレノア。お前は先にステインの旦那を連れて来てくれねえか?」
「どういうことですか?」
「零等級が出たんだ」
「……は?」ハンザの言葉に、エレノアの思考がほんの一瞬だけ停止する。「な、何を言っているんですか!? そんなことがあるはず……。つい先日、プロントに出現したばかりでしょう!」
「まあ、そうなんだけどな。出ちまったものはしょうがない。しかも、そいつはどうやらナッシュが居る街の西に出現したみたいだ」
「何ですって!? では、今ナッシュは一人で零等級と対峙しているというのですか!?」
「ああ、だからすぐに助に行かないと。そういう訳だから、お前はすぐにステインの旦那を――」そう言い掛けて、不意にハンザが空を見上げる。「どうやら、その必要はなさそうだな」
「え?」ハンザの視線の先に目を向けると、一筋の光が街の東から西へ向かって飛んで行くのが見えた。「あれは?」
「多分、ステインの旦那だ。旦那も零等級の気配に気付いたらしいな。流石だ」
「では私たちもすぐに後を追いましょう!」そう言って、エレノアが再び馬に乗ると、ハンザも後に続いた。「ちっ、ちょっとあなた! どこを触ってるんですか!?」
「不可抗力だって!」
絶対にわざとだ。
こんな時まで平常運転な同僚に心底呆れながら、エレノアはステインが飛び去った方角へと馬を走らせた。




