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救われなかった世界のために  作者: 無徒 静
第二章
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第七十四話 戦闘開始

 シャリアンの東口へ向かう途中、ステインは住民たちに避難を呼びかけた。


 怪物が出るぞ! 

 早く逃げろ!


 懇切丁寧に説明している時間はなく、すれ違いざまにそんな声を投げかけた。

 果たしてそれにどれだけの効果があったかは分からない。

 おそらくは大半の人間には信じてもらえなかっただろう。


 それは仕方のないことだ。

 今までもずっとそうだったのだから。

 それでも声を出すことだけは止めなかった。


『――相変わらず、無駄な努力が好きな人ね』


 この街に来て初めてセント・ローズが口を開いた。

 蔑むようなその声には、何か別の感情が混じっているような気がした。

 きっと、昔と何も変わらない愚かな宿主に苛立っているのだろう。


 久し振りに声を聞かせてくれた彼女ともう少しだけ話してみたいと思った。

 自分がそんなことを考えたことにステインは少なからず驚いた。

 修復などすで不可能なほど、彼女との溝は広がっているというのに。


 ガラにもなく、自分の昔話なんてした所為だな。

 いまになって思うと、ひどく滑稽な行為だった。

 それでも妙に気持ちは晴れやかだった。


『――やく、許してあげなさいよ』


「何か言ったか?」


『いいえ。そんなことより、集中が出来ていないようだけど? そんなことだと、この前の二の舞になるわよ?』


「分かっている。だが、お前こそ、そんな風に口を出すくらいなら、少しは力を貸してくれてもいいんじゃないか?」


『これでもかなり譲歩してあげているのよ? そもそも契約を破った時点で、私にあなたを助ける義理なんて無いのだから』


「だろうな」と、ステインは答える。


 たしかにセント・ローズに自分を助ける義理はない。

 だが、彼女の目的を達成するには、ステインの力は有用だった。


「……有用?」


『何?』


「いや、何でもない」


 何かが引っ掛かる。

 セント・ローズが仮初でもステインに力を貸し与える理由。

 王国の再建。

 そのためにステインの力が有用であることは理解できる。


 王家の生き残りであるサフィと王国正騎士の生き残りでるステイン。

 王国再建の旗頭とするにはこれ以上の駒はない。

 だが、ステインの存在は決して必須というわけでもない。


 そんなステインに、合理主義者のセント・ローズが固執する理由はどこにあるのか。

 長い時を生きて来た彼女なら、もっと使い勝手のよい宿主を探し出すことだってできるはずだ。


 不意に湧いた違和感。

 それを追及する前に、不穏な気配が漂って来るのを感じた。

 

「……これは、少し面倒だな」


 いつの間にか立ち込めた霧に、巨大な影が映し出される。

 次の瞬間には、獣を模した怪物が霧の中から飛び出して来た。


     ※


 シャリアンの北口では、既にハンザが怪物と交戦状態にあった。


「おいおい、冗談じゃねえよ。何だって、こんな化物を一人で相手しなくちゃなんねえんだ!?」


 巨大な猫を思わすその怪物は、頭部のあちこちに目が開いていた。少なくとも三等級以上の怪物であることは間違いない。ネコ科の動物特有の敏捷性に加え、鋼の様なその体皮はハンザの剣を悉く弾き返していた。


「固ってえな、おい!」


 思わずハンザが悪態を付くと、そこに怪物が爪を振り下ろす。それを辛うじて剣で受け止めると、ズシリと重みが響き、足が地面に食い込んだ。


 あれ? 思ったより強いじゃん?

 これちょっと、マズくない?

 そんなことを考えていると、ハンザの周囲に紫色の光の玉が浮かび上がった。


「まだ、いいよ。お前が出て来るような状況じゃない」ハンザがそう言うと、光の玉はまるで抗議するように明滅を繰り返した。「何だよ? 今日はやけに積極的じゃねえか? もしかして、しばらく相手をしてなかったから拗ねてんのか?」


『……愚か者。そうではない』光の球から、居丈高な女の声が響いた。『まだ気付かんか? 主よ、見られておるぞ?』


「知っているよ。この街に来てすぐに会ったしな」


『一体、何が目的じゃ? あの女狐め』


「まあ、そういうなって。あの人も心配しているんだ。いいとこあるじゃない?」


『はっ、心配? あの女がか? ありえんよ。それはありえん。主も分かっているのじゃろう? あの女は主のことを――』


「ジギタリス、しゃべり過ぎだ?」


 普段のハンザからは想像も出来ない硬質な口調。自身の契約する精霊――ジギタリス――をたった一言で黙らせた彼は、すぐにいつもの態度を取り戻す。


「……お前の言いたいことは分かってる。でも、今はそんなことより目の前の相手に集中しないと。だろ?」


『ふむ……。確かにそのとおりじゃな。あい分かった。では、さっさとこの不埒者を血祭りに上げてやろうぞ』


 精霊の応えと共にハンザの剣が鮮血の様に真っ赤に染まって行く。

 その切っ先に触れた瞬間、怪物はもがき苦しむように痙攣し、やがて塵となって消滅した。

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