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救われなかった世界のために  作者: 無徒 静
第二章
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第七十三話 戦いに備えて

 今はまだ、皆と顔を合わせるのが気まずいとサフィが言うと、ナッシュは一緒に屋敷の庭で時間をつぶしてくれた。ほとんど会話はなかったが、それがサフィにとっては有難かった。今、口を開けば、余計なことまで言ってしまいそうだったから。


 懐中時計を取り出し魔力を込めると、動き出した時計の針が、すぐにアイナの居るアルフレッド邸を指し示した。昨夜から何度繰り返しても結果は同じだった。


 どれくらい時間が経っただろう。懐中時計を握り締めたまま、ずっと俯いていたサフィの耳にラピスの声が聞こえて来た。


「あー! 二人とも、こんな所に居た!」


「ラピス? どうしたの?」今にも飛びつきそうな勢いで駆け寄って来たラピスにサフィが尋ねる。「……もしかして私を探しに?」


「ああ、うん、まあそうなんだけど……」


「ごめんなさい。もう少ししたら戻るから。皆にもそう伝えて――」


「いや、そんなこと言っている場合じゃないんだって!」


「どういうことだ?」サフィの隣に座っていたナッシュが口を開く。


「怪物が出るんだって。さっき、あのアイナって人が言ってた」


「何だって!?」ナッシュは急に立ち上がると、ラピスの肩を掴む。「それは本当か?」


「う、うん」


「大変だ! すぐに戻らないと!」


 そう言って走り出そうとしたナッシュを、サフィは慌てて引き留めた。


「ちょっと待って、ナッシュ。何だか今の話だと、まるでアイナが怪物の現れることを予見しているみたいに聞こえるんだけど?」


 そんなことあるはずがないと思いながらサフィが問い掛けると、ナッシュは少しだけ考え込むようにしてから口を開いた。

 

「……その通りだよ。アイナは怪物の出現を予見出来るんだ。彼女のおかげで俺たちも旅の途中で随分と助けられた」


 それが本当ならやっぱりアイナは……。

 望んでもいないのに、アイナが災厄の魔女であることを肯定するような材料ばかりが揃って行く。

 母の手記によれば、災厄の魔女がいる限り、怪物は際限なく生み出されるらしい。

 もしアイナがそんな存在であるならば、怪物の出現を予見出来てもおかしくない気がする。

 飛躍した考えなのかもしれないが、否定することも出来なかった。


 でも、まだそうと決まったわけじゃない。

 ここで判断するのは早計だ。

 結論を先延ばしにするようにサフィが思考を巡らしているとラピスに呼び掛けられた。


「どうしたの、お姉さん?」


「あ、ああ……。いえ、何でもないわ」


「驚くのも無理はないよ。俺も初めてアイナの話を聞いた時は、すぐに信じられなかったし」


「ええ、そうね……」


 まだどこか上の空といった様子のサフィに、ナッシュとラピスが顔を見合わせる。


「ところで、アイナは怪物がどこに現れるか言っていなかったか?」


 ナッシュがそう尋ねると、ラピスが中断していた報告を続ける。


「西に弱いのがたくさん、あと北と東に強いのが現れるって言ってたよ。あと、エレノアって人が、お兄さんは西の入口に向かうようにってさ」


「分かった、すぐに向かうよ」


「待って。それなら私も一緒に行くわ」


 そう言ったサフィにナッシュは首を振って答える。


「いや、その申し出はありがたいけど、そもそも君は軍人じゃないんだ。態々、危険な戦場に出る必要なんてどこにもない。大人しく街の人たちと一緒に避難してくれ」


「でも……」


 ナッシュはなおも言い募ろうとするサフィから視線を外すとラピスの方を見る。


「アイナの予見では、西口に現れる怪物は弱い奴ばかりなんだろ?」


「うん、そう言ってた」


「それなら問題ない。むしろ俺の得意分野だ。自慢じゃないが、五等級以下の怪物ならたとえ百体を超えても殲滅出来る自信がある」


「えっ! すごい!」ラピスが無垢な子供の様な仕草で言う。「そっかあ。お兄さんって、弱い者いじめが得意なんだね! 何だか僕と気が合いそう!」


「いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……」ナッシュがどこか複雑そうな表情で答える。「まあ、いいや。とにかく、そういうことだから、サフィはラピスと一緒に先に戻ってくれ」


「だそうだよ、お姉さん?」


「……分かったわ。でも、本当に気を付けてね、ナッシュ」


「ああ」


 その後、サフィはラピスと一緒にその場を後にした。

 

「……貸し一つだよ? お兄さん」前を行く、ラピスが何か独り言を呟く。


「何か言った、ラピス?」


「ううん、何でもない」そう答えたラピスの声は、わざとらしいくらいに明るかった。


     ※


 事態は一刻を争う。

 平時なら屋敷の廊下を走ることなど決してしないエレノアも、この時ばかりはそんなことを言ってはいられなかった。

 ステインたちを見送った後、エレノアは叔父であるアルフレッドの執務室までやって来ていた。


「叔父様!」


 ノックもせずに扉を開けたエレノアにアルフレッドが眉を顰める。


「何事だ? 騒々しい。エレノア、お前も淑女ならもう少し慎みを――」


「今はそんなことを言っている場合ではありません!」アルフレッドの言葉を遮り、エレノアが鬼気迫る顔で言う。「緊急事態です。至急、街の住民たちに避難をさせて下さい」


「……どういうことだ? 分かるように説明してみなさい」


「今から一時間以内に、この街に怪物が現れます」


 そう答えたエレノアの目を、アルフレッドは訝しげに見つめ続けた。


「……冗談、を言っている顔ではないな」


「もちろんです。すでに同僚のハンザとステイン殿には、怪物の出現が予想される街の東口と北口に向かってもらっています」


「アーロンが!? では、彼もその話を信じたということか?」


「ええ」


 エレノアの返事に、アルフレッドの視線が俄かに厳しくなる。


「……お前は、その情報をどこから得た?」


「申し訳ありませんが、お伝えすることは出来ません」


「ふむ……」考え込むようにアルフレッドが目を瞑る。


 ステインが持ち場に向かう際、アルフレッドの説得に自分の名前を使っても構わないと言われていたが、思いのほか効果覿面(こうかてきめん)だったようだ。


「……ちなみに、お前の話が本当だったとして、どの程度の被害が想定される?」


「正確なところは分かりません。ただ、叔父様の私兵だけでは、おそらくこの街を守り切ることは出来ないでしょう」


「そこまでか……。まあ、アーロンが動いたということは、そういうことなのだろう」アルフレッドはそう言うと、腹を括ったように息を吐く。「分かった。お前の言う通りにしよう」


「叔父様! ありがとうございます!」


 ほっとエレノアが胸を撫で下ろす。

 これで一つ仕事が片付いた。

 次は、急いでハンザの元に向かわなければ。


「――無理はしないで下さいよ、ハンザ」

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