第七十一話 言えない理由
食堂を飛び出した後、サフィは庭園の片隅にあるベンチに座っていた。
その周りは背の高い樹木に囲まれており、簡単に見つかることは無いと思われた。
しかし、そんなサフィの思惑に反して、「見つけた」と後ろから声が聞こえた。
「こんな所に居たんだ?」
そう言いながら、ナッシュが近づいて来るのが足音で分かった。以前なら、気にもならなかったその音が今は無性に大きく聞こえた。返事が出来ず、サフィが黙ったままでいると、ナッシュが再び口を開く。
「すごいね、ここ。まるで隠れ家みたいだ」
「…………」
「たまにはこういう場所で休息を取るのもいいかな。……サフィもそう思わない?」
意図してそうしているのか、ナッシュの声はいつもより明るかった。それが彼なりの優しさであることはすぐに分かった。そんな彼の態度に、いつまでも黙り込んでいられず、サフィは小さく口を開いた。
「……ごめんなさい」
何に対しての謝罪なのか、サフィ自身にもよく分からなかった。
だが、ナッシュはそれで十分と言わんばかりに、「いいよ」と答えた。
「何か理由があったんだろう?」
「え?」
「君が意味もなく、あんなことをするとは思えないから」
「それは……」
「まあ無理に話さなくてもいいよ。でも、アイナには後で謝っておいた方がいい」
「ええ、そうね……」と、サフィは気のない返事をする。
正直、今は一人にしておいて欲しい。誰かと話をする気分にはとてもなれなかった。 だが、ナッシュはそんなサフィの思いなどまるで気付かずに話を続ける。
「それよりさ、ここに来るまでどうしていたの?」
「どうって?」
「いや、あれから色々あったんじゃない?」
「ええ、まあ……」
「聞かせてよ」
サフィは仕方なく、ここまでの経緯を話すことにした。
突然、隣国バダンの交易都市ラウトに飛ばされたこと。そこでステインの旧友であるレベッカに助けられたこと。ケイメール川を迂回し、やっとたどり着いた村でウズネラを横流ししていた現場に居合わせたこと。遠回りしてようやくリンドベルに戻ったら、今度は自分が指名手配されていて驚いたこと。身を隠すようにして進み、ようやくシャリアンに着いたこと。
そして、最後に言い掛けた言葉を飲み込み、「それだけ」と告げる。
「いや、それだけって、結構な大冒険じゃないか!」
「そんなこと……。あなたたちだって、怪物と戦ったりしたんでしょ?」
「ん? まあね。でも、アイナのおかげでほとんど苦労はなかったよ」
「アイナの?」
「うん……」
何故か悲しげに聞こえたその声に、サフィはずっと俯いていた顔を上げて後ろを振り向く。
「ナッシュ?」
「あ、ああ、ごめん。何でもないよ。それよりこれからどうする?」
「私は、もう少しここに居る」
「分かった」
結局、ナッシュは、何故サフィがアイナの手を振り払ったのか訊かなかった。それ自体は有難かったのだが、彼がそうした理由が分からなかった。
踵を返す音が聞こえ、「ナッシュ」とサフィが呼び止める。
「何?」
「あ、いえ……」
「どうかした?」
「えっと、ナッシュは気にならないの? 私がどうしてあんなことをしたのか?」
「うーん。まあ、気にはなるよ。でも、訊く気にはなれないかな」
「え?」
「そんな辛そうにしている君を、これ以上苦しめるようなことは出来ないよ」
「……顔も見ていない癖に、どうしてそんなことが分かるの?」
「分かるよ。だって、君、意外と分かり易いから。今だって、どうせ泣きそうな顔をしているんじゃない?」
「そんなことない」
「ふーん。じゃあ、見てみようかな」
ナッシュがこちらに近付こうと足を踏み出す。
「やめてよ、バカ!」自分でもびっくりするような大きな声が出た。
「うわっ! まさかサフィからそんなことを言われるとは思わなかった」
「私だって、悪口くらい言うわよ。それより、今日のナッシュは何だか変。優しいのか意地悪なのかよく分からないし」
サフィの言葉にナッシュが堪える様にして笑う声が聞こえた。
「そうだね。僕もどうしてこんな風にしているのか分からないや」
「変なの」
「まったくだ……」
それからサフィはナッシュの方を振り向くと、もう一度、「ごめんなさい」と言った。
「私、何も話せないの。あなたには、特に……」
知ったら、あなたはきっと私をきらいになる。
それだけは、どうしても……。
絶対に……。




