第七十話 サフィの異変
翌朝、いつも通りに目を覚ましたステインが着替えを済ませていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「ステイン様、朝食の用意が出来ておりますので食堂で起こし下さい」
「分かりました。すぐに向かいます」
女中の声に返事をした後、ステインが食堂に向かうと、その途中にあった部屋から眠そうな顔をしたラピスが出て来た。
「……あっ!」
「おはよう」
「あ、え、えっと。うん。おはよう、おじさん」
「どうした? 朝から挙動不審だな? まだ、疲れが残っているのか?」
「う、ううん。別にそういうわけじゃないんだけど……」
歯切れの悪い返事をするラピスに、ステインは彼女が昨日、気を失ったことを思い出す。
サフィが指名手配を受けていることを知ってから、ラピスはずっと索敵魔法を行使していた。元暗殺者であるラピスのことをステインは旅の当初から警戒していたが、あの時、彼女が見せた献身が偽りであるとは思えなかった。セント・ローズも取り立ててラピスを警戒するようなことは言わなかった。
いい加減、仲間として受け入れても良いのかもしれない。
「あまり無理をするな」
「うん……。……ん? えっ!? おじさん、今何て?」
「体調が悪いなら、まだ寝ていても構わない。食事なら後でお前の部屋に持って来てもらうように伝えておくが?」
「だ、大丈夫、大丈夫だよ! それより、おじさん今日はやけに優しくない?」
「少し考えを改めてだけだ」
「え? どういうこと?」
そう言ってラピスが首を傾げた時、後ろから声が聞こえた。
「あ、ステイン! それにラピスちゃんも。二人ともおはよう」
声の主はアイナだった。彼女は二人の元の駆け寄ると、もう一度、「おはよう」と言った。
「ああ、おはよう」
「……お、おはよう、ございます」
ラピスは余所余所しく返事をすると、「先に行くね」と言って食堂へと駆け出す。
その様子を見て、アイナが残念そうに肩を竦める。
「まだ、仲良くなるのは難しいかあ……」
「珍しいな。お前がそこまで他人に構おうとするのは」
「だって、あの子、可愛いじゃない?」
「そうか?」
「そうだよ」楽しそうに頷き、アイナが前を歩き出す。
その後に続いて、ステインも食堂へと向かった。
※
食堂に着くと、すでに全員が揃っていた。
「おはようございます。ステインさん」最初にそう言ったのは、エレノアだった。
それから各々、朝の挨拶を交わしていると、テーブルに食事が運ばれて来た。
「叔父様は?」当主であるアルフレッドの不在をエレノアが女中に尋ねる。
「ご当主様は執務があるとのことで。皆さまだけで朝食を楽しんで欲しいと仰せつかっております」
「そう。相変わらず忙しい方ですね」苦笑したエレノアに女中も笑顔を返す。「まあ、そういうことなら仕方ないですね。私たちだけで頂きましょう」
エレノアの言葉を皮切りに、各々、食事を始めた。ハンザは食事中も冗談を言って皆を笑わせていた。
そんな中、一人だけずっと黙り込んでいる人物がいた。
「……どうした、サフィ? あまり食事が進んでいないようだが?」
ステインが話し掛けると、サフィがはっと顔を上げた。
「あ、いえ。ちょっと考え事をしていて……」
「そうか? 顔色が悪いように見えるが?」
「いえ、大丈夫です」
サフィはそう答えると、どこか慌てた様子でフォークに手を伸ばした。すると、彼女の手からフォークが滑り床に落ちてしまった。
「ご、ごめんなさい」
気まずそうにそう言ったサフィの元にアイナが席を離れて歩み寄る。
「サフィ、本当に大丈夫? 調子が悪いなら無理することないよ?」そう言って、アイナがサフィに向かって手を伸ばす。
すると、
「あっ……」思わずといった様子でサフィがアイナの手を振り払っていた。「あ、ち、違うの。今のは……」
サフィは何かに怯えるような顔でアイナを見つめた。そしてアイナもまた、サフィに手を振り払われたことに言葉を失っていた。
いつも仲良くしていた印象しかなかった二人の間に得体の知れない壁のようなものが感じられた。それは他の仲間たちも同じだったのだろう。皆が食事の手を止め、二人の様子を窺っていた。自分に集まる視線を受け、サフィの顔色が更に悪くなって行く。
「……サフィ?」
そう呼びかけたアイナを見て、後退ったサフィは逃げるように食堂から出て行ってしまった。
サフィは一体どうしたのか?
昨日から少し様子がおかしかったが……。
状況はまったく理解出来ないが、放っておくわけにもいかないだろう。
ステインが椅子を引き立ち上がろうとする。
だが、それより先にサフィを追い掛ける者が居た。
「様子を見て来ます」
それだけ言い残し、ナッシュが食堂を出て行った。




