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救われなかった世界のために  作者: 無徒 静
第二章
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第六十七話 王国の終焉

「――ロン!」


 混濁した意識の中で耳に届いたのは聞き覚えのある声だった。

 だが、懇願するようなその声は実に彼女らしくないものだった。


「アーロン、起きて! 起きなさい、アーロン!」


 ゆっくりと瞼を開けると、朝日に照らされ輝く美しい女性の姿が見えた。


「……ローズか?」


「やっと、起きた!」


「これで二度目だな。お前が俺の前に姿を現したのは」


「こんな時に何を言っているの? まだ寝ぼけているわけ!?」


「いや、大丈夫だ」ステインはそう言って立ち上がろうとしたが、すぐに膝を着いてしまった。


「ちょっと、本当に大丈夫?」


「……あ、ああ。問題ない」


 もう一度、足に力を入れて立ち上がる。たったそれだけのことが、かなりの重労働に感じた。体中から力が抜け落ちているようだった。


「アーロン。無茶なのは分かっているけど、私たちは急いで王都に向かわないといけない」


「ああ、分かっている。それより、王都の状況はどうなっている?」


「最悪よ。さっき三つの大きな気配が消えたわ」


「……そうか」


 仲間がまた三人死んだ。この時にはもう、不思議なほど感情が動かなかった。自分でも何かを予感していたのかもしれない。


「でも、まだあの子の気配は感じる」


「それならまだ希望はある」自分に言い聞かせるようにステインは呟く。


「ええ、その通りよ」セント・ローズはそう答えると、ステインを悲痛な眼差しで見つめた。「アーロン。今のあなたにはもう私を使えるだけの力は残っていない。だから、もしここから王都に戻ろうと思ったら――」


「俺の命を使う必要がある、だろ?」


「ええ」


「大丈夫だ。気にするな。この国を守るための命だ。気にせず使え」


「ありがとう。……ごめんなさい」


 その言葉を残してセント・ローズの姿が消える。同時にステインの体から急激に生気が吸い取られて行く。ひどい吐き気や眩暈が生じ、いくつもの病に同時に掛かったような感覚に陥った。それでも、いま戻らなくていつ戻るという思いがステインを奮い立たせていた。


「行くわよ?」


「頼む」


 その返事と共にステインの体を暖かい光が包み込み、彼を王都へ運んで行った。だが、そこで見たのは、ここまでで見て来たどの町よりも悲惨な光景だった。夥しい数の遺体が城下町のあちこちに転がり、もはや生存者を探すことなど不可能に思えた。


 もう手遅れだと誰に言われずとも分かった。


 こんなことがあっていいのか?


 開いた口から声は出ず、夢遊病者のような足取りで道を進む。この時の記憶はぼんやりとしか覚えていないが、足が勝手に王城へと向かっていた。王城もまた酷い有様だった。荘厳だった城壁は無残に抉られており、世界でもっとも美しいと言われていた庭園には、血と肉の花だけが咲いていた。


「……だ、誰か? 誰かいないのか?」自分でも信じられないほど情けない声が零れた。 


 だが、その声に返事はなく、ステインは死臭の漂う中、足を引き摺るようにして王城へと向かって行った。すると、城門の前にマーベリックが横たわっているのを見つけた。


「隊長!」と叫び、ステインはマーベリックの元に駆け寄る。


 マーベリックの顔には、額から右頬に掛けて大きな切り傷が出来ており、体中に酷い怪我を負っていた。生きているのが不思議なくらいな状態だったが、彼の口から微かに息が漏れていることに気付き、腰が抜けるほど安堵した。


「最後まで、ここを守っていたのでしょうね」


「ああ」ステインはそう答えると、セント・ローズに尋ねる。「ディアとローランはどこに居る?」


「分からない。どこにも気配を感じない」


 唇を噛み締め、ステインはさらに王城の中へと進んで行く。

 そして、玉座の間へと辿り着いた時、すべてが終わったことを悟った。


「……ローラン」


 そこには胸にぽっかり穴が空いたローランの姿があった。玉座の間にはそこら中に斬撃の跡があり、そこで起きた戦闘の凄まじさを物語っていた。


「ローラン。精霊も居ない状態でここまで……」


 逃げてくれたら良かったのに。

 ステインは親友の前に跪くと、その体を力一杯抱き締めた。


「……すまない。すまない、ローラン。……許してくれ」

 

 そして、エストフィア王国は三千年に及ぶ歴史に終止符を打った。

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