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救われなかった世界のために  作者: 無徒 静
第二章
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第六十六話 失態

「間違いって!」まるで自分を傷付ける様なステインの発言に聞き捨てならず、アイナは思わずその場から立ち上がっていた。「ステインは王女様との約束を守ろうとしたんでしょ!?」

 

「ああ……」


「それが間違いだったって言うの?」


「そうだ」


 これからどうなるかなんてステインの話を聞かなくたって分かっている。大災厄によってエストフィア王国は滅亡し、新たにリンドベル共和国が樹立される。

 

きっと、国を守れなかったということが、ステインを苛み続けているのだろう。王女だったサフィの母親が生きていたということは聞いたけど、それも慰めにはならないはずだ。

 

 それでもステインは命を懸けて戦った。そのことを後悔して欲しくなかった。この話が終わったら、あなたは間違っていなかったと伝えて上げたいと思った。

 

     ※


 ディゼンブールに出現したのは、いまで言う零等級の怪物だった。

 八人の正騎士――実際には七人だったが――を殺害し、王国に破滅を(もたら)した悪夢の象徴。


 満身創痍の中、一対一(サシ)でやりあうにはあまりに分が悪い相手だった。ステインが、静かに息を吐き出し剣を構えると、セント・ローズが諦めたように言った。


「……もし、これであの子が殺されるようなことになったら、私はあなたを絶対に許さない」


「分かっている」


 それでもやらなければならない。どす黒い悪意の渦が収束し、零等級がその姿を現す。一見すると少女のような体躯だが、全身に重くのしかかるような殺意を発散している。その怪物はステインの方に顔だけを向けると不気味な笑みを浮かべた。


「おや? おやおや? もしかして、君。さっきわたしが殺した人たちの仲間かな?」


 遠く離れているというのに、鮮明に怪物の声が聞こえた。


「お前が殺した?」


「ええ、そうよ。ここに来るまでに三人。人間のくせに強くて驚いちゃった。おかげで部下をたくさん失ったのよ。まったくいい迷惑だわ」


「……おそらくモーガンたちのことね」セント・ローズが小声で言う。


「ああ」

「どうするの? こうなったらもう逃げることは出来ないわよ?」


「分かり切ったことを聞くな」ステインはそう答えると、抑え込んでいた力を解放する。地面を踏み抜き、一瞬の内に怪物に肉薄すると、苛烈な刺突を怪物に撃ち込む。だが、怪物にダメージを負った様子は見られない。


「あはっ! せっかちなお兄さんね。でも、そんなんじゃわたしは殺せないよ?」


「だろうな」


 それで構わない。この一撃の目的は怪物を町の外へと引き摺り出すこと。


「あー、なるほど。あそこじゃ、まともに戦えないってわけね」得心したように怪物が言う。「お兄さん、かなり強いでしょ? 多分、さっき殺した三人よりもずっと」


「知らん」


「ふーん。でも、そんなボロボロな体でどれだけ持つかな? 今の一撃だって本当はかなり無理してたんじゃない?」


「それがどうした?」


「いいえ、別に。ただ、簡単に終わっちゃったらつまんないなと思って」


「安心しろ。すぐにその能面を引っぺがして恐怖に変えてやる」


「へえ……」すっと怪物の目が細められた直後、怪物の姿が一瞬にして視界から消え去った。「でも、残念。これで終わりだよ?」


 背後で怪物の声が響き、ステインが振り返ると、巨大に膨れ上がった怪物の拳が振り下ろされた。まるで隕石でも堕ちて来たかのような轟音が鳴り響き、爆風が辺り一帯に広がる。抉られた大地は文字通りクレーターとなり、舞い上がった土埃が風に飛ばされると巨大な窪地が出来上がっていた。


 地形を変えるほどの一撃は、とても人が耐えられるようなものではなかった。だから、そこに平然と立っている男を見て、初めて怪物の顔に驚きが浮かんだ。


「……どうして、生きてるの?」


 怪物の拳を剣一本で受け止めたステインは、心底下らなそうに怪物を見上げる。


「こんなやつにモーガンたちはやられたのか?」


「あれだけ多くの集落を守ったのだから、彼らも限界だったはずよ。おそらくこの子と戦った時には、ほとんど力は残っていなかったのでしょうね」


 仲間たちの死に様は無残だった。そこには戦った相手への敬意など微塵も感じられなかった。まるで小さな子供が虫の羽を千切って遊ぶような無邪気な悪意があった。


 耐え難い怒りが全身から湧き出して来るのを感じた。

 こいつには相応の報いを与えてやらねばならない。

 その思いに呼応するようにステインの剣が眩い光を発し始める。


「え? ちょっと、待って!? その光は精霊の、それも第三階梯の力じゃない! どうして人間がそんな力を――」


 怪物が何かを言い終える前にステインは剣に力を込める。その刃は受け止めていた拳にじわじわと斬り込み、怪物の本体へと距離を詰めて行く。


 小指と薬指が地面に落ち、このままでは危ないと悟った怪物はステインから距離を取ろうとした。しかし、それさえも剣から発する光は許さない。怪物の体を覆うように光域を広げると、その全身を拘束する。


 そして、チーズでも切るような滑らかさで怪物の肩口に辿り着いた刃は、そのまま袈裟斬りに振り抜かれ、その体を真っ二つに両断した。


「……う、嘘でしょ!? わたしが、人間なんかに!」恐怖と驚愕を顔に刻み込み、怪物が声を上げる。「どうして! どうしてこんなことに!?」


 耳障りな絶叫が響く。

 こんな醜態、彼らだったら絶対に晒さない。

 仲間たちへの弔いにステインが止めの剣を振り上げる。


「アーロン‼」


 その声が無かったら、心臓を貫かれていたかもしれない。地面に転がっていた二本の指から鋭利な針が飛び出していた。ステインはそれを辛うじて交わしたが、左足に僅かに切り傷が残った。


「ふふ、残念。道連れにしそこなっちゃった」先程までの悲痛な表情が嘘のように怪物は笑っていた。「ねえ、最後にあなたの名前を教えてくれない?」


「アーロン・マクギリスだ」


「アーロン? そう。私はエラ・ドーラというの。覚えておいてね」


「断る」


「あら、残念」エラ・ドーラの体が少しずつ崩壊を始める。「ところでアーロン? あなた少し警戒心が足りないわよ?」


「何?」


 そう眉根を顰めた直後に視界がぐるりと回るのを感じた。上も下も分からなくなり、気が付けば地面にうつ伏せ気になっていた。


「わたしの力はあらゆるものを毒に侵すの」


「な、に?」


「あなたは危険。私じゃとても敵わない。だから小細工をさせてもらったわ。私の死を起因として発動する猛毒をね。最初にあなたと戦ったのが私で良かった。あなたみたいな人間、このままみんなが居る所に行かせる訳には行かないから」


「き……、貴様あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 ステインが呪詛のような声を上げる。

 だが、その時には既にエラ・ドーラの姿は消失していた。


(おい、ローズ! どうにかしろ!)


 辛うじて残っていた意識でセント・ローズに呼び掛ける。しかし、彼女の声は聞こえなかった。それどころか精霊と契約したことで得た全能感が今は微かにしか感じられなかった。


(……まさか、奴の毒とは精霊との契約まで影響が出るのか?)


 その後もステインは意識が途切れるまで精霊の名を呼び続けた。

 だが、彼女の声は聞こえないまま、次に彼が目を覚ました時にはすべてが手遅れになっていた。

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