第9話 銀白色の獅子 ⑧
母本人もそれを望み、覚悟を決めていたのだろう。
短剣に胸を突かれながらも、自分もろとも家令を斬り捨てろと、あのとき母の目は確かにそう訴えていたのだから。目の前で殺された夫の後を追いたいという願いも、あったのかもしれない。
それをわかっていて剣を捨てたのだ、俺は。
父を喪い、このうえ母までも亡くしたくはない。
俺のそんな子どもじみた身勝手な思いと意気地のなさが、母を失望させ自害などという不名誉な最期に至らせたのだ。
「あなた。リオネルは準成人にもなっていない子どもなのです。まだ十四の子に母を斬ることなど、そうそうできるものではありませんよ」
レオポルドにしたって、あの人はそれはそれはもうマリエレーヌにぞっこんでしたからね。最愛の妻を手にかけるなんてこと、あの人にできるはずありませんよ。
伯母が俺だけでなく父まで擁護してくれるも、伯母婿はそれを一笑に付す。
「子どもだから、愛した相手だからなんだ。そんなことを理由に判断を鈍らせていて、この階級でよく生き延びてこられたものだ。ああ、主ら五家の者は神の法に守られ、この千年を安穏と存続してきたのだったな。さもありなん」
ほかの上層の者たちが同じ神の法によって、互いに生命と地位を巡ってそれこそ命がけの攻防をくり返す傍らで、まったく羨ましいことだ。
明確な嘲りを含んで吐き出される伯母婿の言葉に、言い返すこともできない。
上層階級において力を持たず弱いということはそれだけで罪なのだ。たとえそれが女子どもであっても。
上層では強者は弱者を蹂躙することを許されている。神がそのように法を布いたのだから。
千年ものあいだ、そのような争いに巻き込まれることなく最上位にあり続けながら、家令ごときに乗っ取りを謀られるような醜態を晒したのだ。弁解のしようもない。
己の不甲斐なさを思い知らされ、顔も上げられない俺の肩に、そっと伯母の手が置かれる。
「あなた。今はこれくらいに。この子もまだ万全ではないのです」
そう言われてようやく気付いた。この部屋で目覚めたあとから自力で起き上がり、ふつうに話をすることができていたことに。
今も多少の気だるさはあるものの、薬漬けにされていたこの半年間はこうして体を起こしていることすら苦痛だった。
伯母を見やれば、うなずきを返される。
「そなたが眠っていたあいだに、すでに解薬の処置はすませてあります。けれど長期間の投与でしたからね、しばらくは後遺症があるかもしれません。そなたが歩けるほどに回復したら、あの下衆野郎に会わせましょう」
淑女の口からはあまり聞きたくないような単語が聞こえたような気がした。だがそれよりも。
「ディディエは、やつは生きているのですか」
邸内の惨状からして、ほかの破落戸たちとともに伯母婿に始末されてしまったものと思っていた。伯母がふたたびうなずく。
「詳しいお話を聞かせていただかなくてはいけませんでしたからね。この人に頼んで、吊るしてちょっと撫でたら、洗いざらいお話ししてくれましたよ」
伯母がうっすらと笑みを浮かべる。
撫でたなどと言っているが、拷問をしたのだろう。それも、手ぬるくはないレベルの。だが、生きているのであれば何より。父母や使用人たちの仇を、この手で討つことができるのだ。
「死なぬ程度には留めてあるが、うっかり死んでしまうとも限らん。早急の回復に努めるがいい。ところで主は、それが気に入ったのか」
それ?
伯母婿の視線を追えば、俺の腕に収まっていた少年にたどり着いた。
父親の腕に抱き上げられていた少年は、話の最中、俺のそばへと戻ってきていた。寝台に上がってきて俺の前に座った少年を、無意識に背後から抱きしめていたのだ。
まるで当たり前のように俺の腕の中でおとなしくしていたので、気に留めてもいなかった。
「いや、これは」
父親を前に子息に対して、礼を失する振る舞いだっただろうか。謝罪をするべきかとうろたえていると、伯母婿に手で制される。
「まぁよい。エリアス。おまえが拾ってきたのだ。きちんと世話をせよ」
少年がこくこくとうなずくのを見届けて、伯母婿が部屋を出ていく。
伯母婿から正式に招待を受けた覚えがあるが、確かに少年に拾われたほうが先だったか。
「リオネル。なにか不足や不便があれば遠慮なくお言いなさい。ここを我が家と思って寛いで良いのですよ」
エリアス、リオネルをよろしく頼みましたよ。
俺と少年とを交互に見たあと、部屋を出ようとした伯母は扉の前でその足を止め、こちらを振り返る。
「そうそう、エリアス。リオネルは潔癖な質ですからね、キスは」
しないように。という伯母の忠告は、少し遅かった。
首に両腕を回してすがりついてきた少年に、俺はすでに口付けをされていた。
なんでもこの少年はごく幼少期から度を越したキス魔で、伯母や伯母婿といった家族はもちろん、下階の住人も上は執事から下は小姓見習いまで、身分も老若男女の区別もなく手当たり次第にキスして回っているのだ。という伯母の説明を、俺は少年に口付けされ続けながら聞いていた。
「そなたが眠っているあいだも、顔を覗き込んではキスしていましたよ」
よほどそなたを気に入ったのでしょうね、と伯母が微笑ましそうに俺たちを見ながら言う。
寝ているあいだにそんなことをされていたから、知らずに耐性がついたのだろうか。子どもとはいえ同性にこうされて、不快どころか心地よさを感じるなどと。
もしや男性名の少女なのではと考えもしたが、確かに少年であることはすぐに判明した。なぜこの少年にだけはここまでの接触を許せるのか、自分でも解せない。




