第6話 銀白色の獅子 ⑤
邸内はひどいありさまだった。
そこかしこに、無残な骸が転がっている。殺害されたなどという生易しいものではない。破壊された人体。どれも家令が従えていた破落戸たちのものだろう。
そのあまりの凄惨さと臭いに思わず目を背ければ、青年に屈むよう言った少年の手でブランケットが引き上げられ、視界を覆われる。
年端も行かないこの少年はわずかにも動じている様子を見せないというのに、情けないことこの上ない。
これらの惨状はすべて、あの黒衣の男が為したことなのか。いったい何者だったのだろう。少年は「父さま」と呼んでいた。まるで似ていないが、ふたりは親子なのか。それよりも。
自身が解放されたことに安堵して、すっかり気がゆるんでいた。この状況で、母は無事なのか。母もともに連れ出してもらわねば。
口を開こうとした、そのとき。
「拾ったのか」
よく通る、低音の美しい声が響いた。あの黒衣の男だ。すぐそばにいるらしいのに、またしても気配を感じられない。
「父さま! みつかった?」
はしゃぐような少年の声。なんだろう、彼らはなにかを探して、この屋敷に来たのだろうか。
「いいや。アリエノールから預かった見取り図をもとに隠し部屋までくまなく捜したが、どこにもおらんな。嫡男のみ別の場所に移したのやもしれん」
今なんと言った。アリエノール。母の姉、俺にとって伯母にあたる人の名だ。
「あ、あな……たは、いっ、たい……?」
問いかけると、頭を覆っていたブランケットが取り払われた。覗き込んできた男の目が、驚いたように見開かれる。
「銀の髪。リオネル・フランソワ・ド・ブランダルジャンか」
問い返され、戸惑いながらもうなずくと、男がその精悍な顔をわずかにゆがめた。
連中の性奴隷ではなかったのか。そんなことを言いながら苦笑される。
実際、そんなような扱いを受けていたのだ。むしろあの姿を見て、即座に身許を正しく言い当てられるほうが屈辱だ。
あの部屋はカーテンを閉め切って灯りを落としていたから、先ほどは髪の色に気づかなかったのだろう。
「主だけでも無事確保できたなら僥倖。前当主ご夫妻と思しきご遺体はすでに搬出してある。よろしければ当家に参られよ」
男が言い放つ。伺いを立てている体でありながら、その口調は命令することに慣れたそれだ。だがそれよりも、ご夫妻と言ったか。
「母は、すでに……?」
男がうなずく。
「ご夫妻ともに、半年ほど前には死去されたご様子だった」
目の前が暗くなる。母もすでに、亡くなっていたというのか。それも、父とほぼ同じ時期に。
いいや。本当は薄々、そんな気はしていたのだ。母の安否を訊ねるたび、無事だと言ってのけながらも、家令の目はごくわずかにだが揺らいでいた。もしやすでにと、考えなかったわけではない。
それでも『母は生きている。が、逆らえば保証はない』と言われれば、確証のないまま抵抗を試みることもできなかった。
体の中から、いろいろなものが剥がれ落ちていく気がした。
仏国王家のための五家。王家の護剣たるブランダルジャン家の後継者として、これまで俺は、誇り高く清廉に生きてきたつもりだった。
だがこの身を挺してさえ、守れたものなど何もなかった。自分自身すら、己の力で救うことができなかった。
この半年、ことある毎に母の命を盾に脅され、服従を強いられた日々はなんだったのか。
男の口が動いている。なにかを言っているのだろう。だが、なにも聞こえてはこない。もうなにも、聞きたくはない。
目を閉じれば、ただ深く暗い闇がそこにあった。




