44 邪魔だてするんですのー!? 前編
後編も続けて投稿します。
〈ヴァルテンベルク〉の船体を、大気との摩擦が生む光が包んでいた。
全長三キロの巨体に沿って、灼けるような輝きが流れていく。その内側では、人工重力で保たれていたはずの日常に、降下の加速度が容赦なく加わっていた。
「わー」
ミー・ディは、床が大きく傾いたように感じた。
踏ん張ろうとする。
背中の重みが、少し遅れてついてくる。
身体の釣り合いが取れなくなった。
「わ、わー」
ころころころころ。
鋼に輝く神の国の床を、青いサウロイドが転がっていった。
背嚢の巨大な卵も、それにつれて大きく揺れる。幸い、しっかり固定されているため、背中から外れることはなかった。
ようやく身体が止まったところで、遠くから艦内放送が聞こえてきた。
『ただいま大気圏降下中です。乗員および居住者の皆様は、安全な場所で待機してください』
ミー・ディは床へ手をついた。
もう片方の手で背嚢を確かめ、ゆっくり顔を上げる。
「……安全な、場所??」
つい先ほどまでは、ここもそうだったはずなのだが。
─────
艦橋を揺さぶっていた振動が、少しずつ弱まっていった。
肘掛けを通じて絶えず伝わっていた細かな震えが減り、身体を座席へ押しつける力も変わる。
エレオノーラは、強張っていた手をわずかに緩めた。
「最大負荷領域を通過。姿勢、安定」
シュミットが告げる。
防御シャッターは閉じたまま。正面のモニター表示には船体各部の温度、応力、姿勢制御の状態、降下速度、着陸ルートが並び、乗員たちがその変化を追っている。
「船体各部の温度、許容範囲内。姿勢制御スラスター、正常に作動中」
「各方位カメラ復帰します」
「降下速度、予定値と一致。着水予定地点への進路偏差、許容範囲内です」
報告を受け、ヴァルターが大きく息を吐いた。
「よーし……このまま行くぞ。まだ気を抜くなよ!」
魔力センサーの情報に、外部カメラの情報が加わっていく。
艦は予定の経路を進んでいた。
降りている。
順調に、降りているのだ。
(よ、よかったですわ……!)
エレオノーラは、そっと胸をなで下ろした。
もちろん、まだ海へ降りたわけではない。
それでも、先ほどまでの激しい振動の中に比べれば、呼吸がずいぶん楽になった。巨大艦を地表へ運ぶという途方もない仕事が、人々の手で、ひとつずつ進められている。
あと少し。
どうか、このまま。
「……あれ?」
センサーを見ていたオペレーターが、声を漏らした。
シュミットがそちらへ顔を向ける。
「どうしました?」
オペレーターの視線が、画面の端に止まっていた。
大きな反応がある。
位置を確かめる間にも、距離を示す数字が急速に変わっていく。
「本艦の前方側面に、未確認反応!」
艦橋の大型モニターへ、赤い警告表示が現れた。
「巨大な物体が急速接近中!」
「物体だと!? 何だ、隕石か!」
「違います! 進路を変更しています! こちらに向かってきます!」
ヴァルターの表情が変わった。
落下してくるものではない。
向きを変え、こちらへ寄せてきている。
「回避可能ですか?」
シュミットの問いに、操舵士が即座に答えた。
「降下経路から外れます! 重力下で急旋回できません!」
十億トンを超える船体は、いま、ノイエルデの大気の中を降りている。
舵を切れば避けられる、というものではなかった。無理に巨体を振れば、ようやく保っている姿勢と進路を失いかねない。
その判断をしている間にも、距離は縮まっていた。
「距離、急速に減少!」
エレオノーラは警告表示を見つめた。
速すぎる。
「ぶつかります!!」
「なんだとぉ!?」
ズンッッ!!
巨大な衝撃が、横から艦を襲った。
─────
「きゃあっ!?」
身体が横へ持っていかれた。
エレオノーラは肘掛けを握りしめ、座席で踏ん張る。天井の照明が一瞬明滅し、重なり合った警告音が艦橋を満たした。
船体が横滑りする。
床ごと動いたような感覚に、胃が浮いた。
「何が起きた!!」
「姿勢偏差拡大! 姿勢制御、補正を開始します!」
「各区画、損傷報告を!」
シュミットの指示に、応答が重なる。
「船体外周に衝撃反応! 詳細確認中!」
「船体右舷前方! 損傷軽微!」
「カメラを出せ! 何にぶつかった!?」
大型モニターの表示が切り替わった。
雲が映った。
灰色の空が流れる。
その画面を、巨大な影が横切った。
白銀だった。
長いものが、空を薙いでいく。
尾だ、とわかったときには、すでに巨大な翼が画面へ広がっていた。
その根元に、厚い装甲を重ねたような鱗が見える。
「映像、補正します!」
流れていた輪郭が、鮮明になった。
竜の頭部が、こちらを向いていた。
「生体反応を確認!」
「……おいおい、冗談だろ?」
ヴァルターが低く言った。
エレオノーラも、声が出なかった。
大きい。
画面に大きく映っているのだと、一瞬そう思おうとした。けれど、周囲を流れる雲や、こちらの船体との位置関係が、その解釈を許してくれない。
「目標全長、推定……」
表示された数値を見て、担当のオペレーターが絶句した。
唇が動く。
「す、推定二百メートル以上!!」
「竜種です!!」
「また竜ですのーーーー!?」
モニターの向こうで、白銀の竜が巨体を翻した。
─────
衝突しても、竜は離れなかった。
「撃て! 撃ち落とせー!」
ヴァルターが怒鳴る。
「騎士機、発艦準備を!」
シュミットが指示を出す。
白銀の竜は〈ヴァルテンベルク〉の周囲を飛び、降下する船体へついてくる。
翼が動くたび、巨大な身体が灰色の空の中で角度を変えた。長大な尾がそのあとを追い、白銀の鱗がカメラの前を流れていく。
近い。
映像の一面が鱗で埋まり、空さえ見えなくなるほどだった。
「艦長、目標は本艦を追尾しています」
「わかってる! このまま着水地点へ向かう!」
ヴァルターはモニターから目を離さず、指示を飛ばした。
「姿勢を保て! 進路を崩すな!」
ここで無理に避ければ、予定していた降下経路から外れる。
しかし、このままでは、また衝突されかねない。
相手は、こちらが降り終わるまで待ってくれるつもりなどないらしかった。
「護衛部隊はどうした!」
情報将校が通信へ耳を傾け、顔を上げた。
「護衛艦隊は交戦態勢に移行中! ただし、本艦が射線上に入る位置関係です!」
「くそっ! よりによって!」
エレオノーラはモニターを凝視した。
都市を載せた船を、巨大な生き物が追い回している。
そんなものを目にする日が来るとは思わなかった。
こちらには大勢の居住者がいる。
はるか下方には、エレンシュタットがある。
地上で、この艦が無事に降りてくるのを待っている人々がいるのだ。
「艦長、あの竜を何とかできませんの!?」
「やってますよ! ですが今は艦の姿勢を保つので精いっぱいだ!」
返事の間にも、姿勢制御に関する報告が入る。
ヴァルターが応じ、操舵士が修正を続けた。
エレオノーラは、肘掛けを握る手に力を込めた。
降りるだけでも、大仕事だった。
そこへ二百メートル級の竜を足さなくてもよいではないか。
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