41 舞踏会ですわ!!
十一月。
軍礼装に身を包んだ若い司令官が、エレオノーラの前で敬礼した。
なかなかの美形である。
「エルンスト・フォン・ローデンヴァルト。本日付で着任いたしました!」
「ようこそノイエルデへ! お待ちしておりましたわ!」
三十代で異例の抜擢を受けたという彼には、黄色い枠が見える。最近ではガチャで見かけることすら珍しいSRだが、この男を原作で見た覚えはない。三十代にすら見えないほど若々しく整った顔立ちは黙っていればSSR級であった。
(もっとも、移民の皆様も知らない方ばかりでしたし。わたくしの知らない高レアも、きっといらっしゃるんですのね)
「艦隊とともに、防衛任務に尽力いたします」
「頼もしいですわ!」
傍らではブロームが、ローデンヴァルトの補佐官と打ち合わせの予定を組み始めていた。
─────
〈ヴァルテンベルク〉貴賓区画──
星の海を渡る巨大艦の内側で、幾重もの光が揺れていた。
〈ヴァルテンベルク〉の大広間には、頭上を見上げるほど高いアーチ天井が広がっている。連なる柱と回廊を金色の灯りが照らし、吊り下げられたシャンデリアの輝きが、磨き抜かれた床へ降り注いでいた。
その床を、色とりどりのドレスが滑っていく。
礼装の貴族たちに、勲章を飾った軍人たち。ヴァルテンベルク派貴族だけでなく、中央の貴族、皇族の親戚筋まで顔を揃えている。
新任司令官の歓迎と、現地で働く者たちへの慰労を兼ねた舞踏会だったが、招待客の顔ぶれだけ見れば、辺境の開拓地にいることを忘れそうだった。
艦の外には、軽空母二隻を中心とする機動部隊が集結している。
ようやく、軌道上の守りを引き継ぐ戦力が来たのだ。
「さあ、ノーラ」
フェルディナントが娘へ手を差し出した。
「今夜の主役を、少し独り占めさせてもらおうか」
「まあ、お父様ったら」
その腕に支えられて一歩を踏み出すと、広間の灯りがゆっくりと巡る。父は娘の顔を見て、満足そうに目を細めた。
「いい顔をしている」
「お父様のおかげですわ」
「そうかい。それなら、来た甲斐があった」
機動部隊を送り、司令官を赴任させ、自らも舞踏会へやって来た公爵は、娘の笑顔を見てようやく用事が済んだような顔をした。
エレオノーラは微笑み、父の手を取った。
黄金に輝く大広間へ。
─────
舞踏会の一角では、ヴァルテンベルク派の閣僚や軍高官たちがグラスを片手に談笑していた。
「いやはや、ノイエルデの魔石鉱脈は相当なものらしいですな。質もよく、埋蔵量も桁違いだとか」
「生態系も豊富と聞いております。しかも、竜種は大型ばかりだそうで」
「ほう。大型竜の内臓、特に心臓が魔石化したものは、魔導炉にとって最高級の素材ですからな」
「なるほど。公爵閣下があれほどの機動部隊を送り込まれたのも、そういうことですか」
傍らで話を聞いていた公爵の側近は、曖昧な笑みを浮かべた。
(……いや、たぶん一人娘のエレオノーラお嬢様をお守りしたいだけだと思うんですが……)
「はじめはどうなるかと思いましたが、さすが公女殿下! あっという間に移民を集めましたな」
「百年で永久所持できる土地を配るだなんて! だが、蓋をあければ法人系を除けば三割ほどしか残らない計算だとか」
「土地を餌に労働者を釣って開拓をさせ、開拓が終わる頃には半分以上は土地が帰ってくると、上手く考えましたなぁ!」
「公女殿下の才覚が冴え渡ってますな! 今後の活躍が本当に楽しみですなぁ」
「ただ、冬が厳しいのが玉に瑕だな」
「違いない」
軍高官たちは、納得したように声を上げ笑い合う。
「人口もこれから増えるそうですし、うちからも人を出して、開拓支援を進めますかな」
「それはよい! 今のうちに協力関係を築いておくべきでしょう」
「え、ええ……」
側近は、それ以上何も言えなかった。
公爵閣下の親バカが、いつの間にか派閥全体の開拓投資計画へと発展しようとしていた。
─────
大広間では父との一曲が終わると、次は新任司令官ローデンヴァルトとの一曲だった。
ローデンヴァルトは端正に礼をした。
「このたびの大役、身の引き締まる思いです」
「どうぞよろしくお願いいたしますわ。頼りにしております」
差し出された手を取り、エレオノーラは再び踊り出した。
今度は領主として。
エレオノーラ・フォン・ヴァルテンベルクは、公爵令嬢であり、ノイエルデの領主だった。
─────
今宵のエレオノーラは、誰もが目を奪われるほど美しかった。
深紅と漆黒を基調とした豪奢なイブニングドレスに身を包んでいた。
肩を大きく開いた胸元には、漆黒の生地に繊細な金糸の刺繍が施され、腰元には星をかたどった宝飾が輝いている。
幾重にも重なる深紅のスカートは、裾へ向かって黒へと色を変え、歩くたびに散りばめられた宝石が星屑のようにきらめいた。
艶やかな金髪は優雅に結い上げられ、頭上にはルビーをあしらった金のティアラ。首元を飾る宝石と揃いの深紅のロンググローブが、装いに華やかさを添えていた。
白い肌に、鮮やかな緑の瞳。
扇を手に微笑むその姿からは、泥まみれになって開拓地を駆け回る公女の面影など想像もつかない。
皇族に次ぐ名門、ヴァルテンベルク公爵家の令嬢がいた。
少し離れた場所で、ディートリヒはその姿を見ていた。
そこかしこにヴァルテンベルク公爵軍の将官や派閥の閣僚がいる。
公爵をはじめ、来賓客の胸には勲章がずらりと並ぶ。
将軍クラスである。当然、上位貴族である。
普段はディスプレイ越しにしか見ない顔ぶれだ。生で拝むことなど、めったに無い。
その隣で笑っているのは、公爵の側近の伯爵らしい──少し記憶に自信がない。
この数日、セバスティアンに貴族名鑑を暗記させられていた。名前と階級を頭に叩き込めとのことだった。覚えるのはヴァルテンベルク派閥だけでよいらしいが、それでも数は多い。
向こうには、皇帝の親戚だという人物までいる。
(……緊張するな)
戦闘とは別の意味で、気を抜けなかった。
広間の向こうで、エレオノーラが新司令官と笑い合う。
とても自然だった。
相手の言葉に耳を傾け、軽く首を傾げ、次の瞬間には笑みを返している。
親睦会でも思った。普段、すぐそばにいるからといって、彼女の立つ場所まで同じになるわけではない。
「お嬢様をご覧になるのに、その柱は少々邪魔では?」
隣から声がした。
ディートリヒがびくりとして振り向くと、セバスティアンが立っていた。
「隠れていたわけじゃありません」
「では、一歩前へ」
言われて、一歩出た。
確かに、よく見える。
セバスティアンは広間へ視線を向けたまま言った。
「礼は、いつもどおりで結構です。教えたことを思い出してください」
「……覚えてますよ」
「ダンスも」
「そっちも」
身体が覚えるまで練習した。
足を置く位置も、相手との距離も、手の添え方も。
セバスティアンの視線が、こちらの手元へ下がる。
「でしたら、あとは申し込むだけです」
「それが一番難しいんですが……」
「練習相手の私をお誘いになるよりは、楽しみがあるかと」
ディートリヒは、思わず笑ってしまった。
肩から、少し力が抜ける。
ちょうど、エレオノーラを囲んでいた招待客たちが、次の挨拶相手へ移っていくところだった。
扇を閉じた彼女が、小さく息をつく。
今なら、声をかけられる。
セバスティアンは何も言わなかった。
背中も押さない。
ディートリヒは、自分で足を踏み出した。
柱の陰から、眩く金色に輝く光の中へ。
舞踏会は映画とかの影響でしょうかがっつりやりたかった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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