40 特訓追加!
夜。
ディートリヒは、礼服を前に退路を探していた。
寸法は合っている。仕立ても見事だ。これを着れば、どこへ出しても恥ずかしくない側近になるらしい。
「本日は、ダンスの練習をいたします」
セバスティアンが告げた。
「舞踏会のご予定でも?」
「近いうちに必ずございます」
なぜ断言できるのか。
この執事の予定表は、時々未来まで埋まっているようだ。
「私は護衛として出席するのでは?」
「護衛も社交も、側近の務めでございます」
「……こういう会合中は騎士機に乗っているはずでは」
「違います」
即座に撃墜された。
舞踏会には、公爵家の寄子貴族や皇族まで集まることもあるという。その場へ、エレオノーラの側近として出席するならば。
踊れなければ話にならない。
ではなぜ、得意な分野、騎士機の中で働かせてもらえないのか。
「会場の外で警戒を──」
「中で踊っていただきます」
配置転換の希望も通らなかった。
─────
セバスティアンの手本は、見事だった。
背筋が美しく伸び、足が滑るように動く。向きを変えても上体は揺れず、何気なく置かれた手の位置まで整っている。
黒い切れ長の瞳、その視線まで完璧に計算されたものだった。
ディートリヒは頷いた。
「なるほど。動きはわかりました」
「では、合わせましょう」
セバスティアンが向かいに立った。
手が差し出される。
ディートリヒは、その顔を見た。
「……練習相手は?」
「私ですが」
「女性役も?」
「はい」
万能にもほどがある。
教えられた位置へ手を添えると、ほとんど同じ高さに執事の顔があった。
表情は穏やかだ。
しかし、間違えたら絶対に見逃さない目をしている。
「始めましょう」
一歩目。
大きく踏み出す。
「歩幅」
「はい」
二歩目。
少し抑える。
「視線」
「はい」
三歩目。
相手を見て、進路を変える。
セバスティアンの身体が、こちらの動きへ滑らかについてきた。
うまくいった。
そう思ったところで、止められた。
「ディートリヒ、女性を戦場へ引きずっていくおつもりですか?」
「そんなつもりは!」
「今の踏み込みと方向転換では、私でなければ転んでおります」
「すみません!」
「では、もう一度」
もう一度。
今度は歩幅に気をつけた。
背筋を伸ばし、手の位置も守る。
その結果、向きを変える前に一瞬止まった。
「止まらない」
「はい!」
「急がない」
「はい!?」
止まらず、急がず。
足だけでなく、注文まで難しかった。
その間も、セバスティアンは優雅だった。
ディートリヒが何を間違えても、美しい姿勢で対処してくる。
むしろ相手のほうが、踊っている。
「……私が導いている感じがしません」
「まだ導かれておりませんので」
進捗は正確に報告された。
─────
「剣を振るうとき、相手の動きをご覧になるでしょう?」
「はい」
「ダンスでは、相手の動きを感じてください」
「……難しいですね」
「敵ではございませんので」
そう言われても、向かい側から絶えず弱点を指摘されている。
身体の使い方は覚えられる。足運びも、順序も、何度か繰り返せば頭に入った。
だが、相手と一緒に動くとなると、話が違った。
自分の足が進みたい場所に、相手の足がある。
避ける。
「回避行動を取らない」
取ってはいけなかった。
「マリー」
「はい」
セバスティアンに呼ばれ、メイドのマリーが近づいてきた。
「練習相手をお願いいたします」
「承知いたしました」
彼女はディートリヒの前に立った。
姿勢を整える。
鋭い眼差しがこちらを見る。
「バウアー、小手調べだ」
「何の試合なんだ」
なぜ、そんな顔で自分を迎え撃つのか。
ディートリヒは手を差し出した。
マリーがその手を取る。
足を踏まないよう、慎重に動いた。
「下を見るな」
「見ないと踏みそうなんだが」
「見ても踏みそうになってる」
厳しい。
向きを変える。
マリーが小さくよろめいた。
「ちょっと。今、行き先を変えただろ」
「すまない」
「私は君の進路を予知できない」
横でセバスティアンが頷く。
「事前にお相手へ伝わるよう、導いてください」
「口で言っても?」
「踊りながら逐一説明なさるおつもりですか?」
右へ行きます。
次は左です。
ここで回ります。
想像して、ディートリヒは黙った。
ダンスというより、未来予知だった。
「もう一度」
セバスティアンが言う。
ステップ。
止められる。
ステップ。
指摘される。
─────
休憩になった。
ディートリヒは椅子へ座り込み、茶を飲んだ。
身体は、まだ動く。
ただ、背筋と視線と手と足と相手のことを同時に考えていたので、頭のほうが休みを欲しがっていた。
セバスティアンが向かいに腰を下ろす。
「ところで、本番はどなたと踊るおつもりか、おわかりですか」
「……えっ」
ディートリヒはカップを持ったまま止まった。
執事を見る。
セバスティアンが頷いた。
「っ!?」
まだ名前は出ていない。
けれど、誰のことかはわかった。
顔が熱い。
「お、お嬢様と?」
セバスティアンは茶を飲んだ。
否定しなかった。
「いや、考えたこともありません! 身分が違いますし、私からなど……」
「お誘いすることさえ、許されないとお思いですか?」
「……私は、ただの平民騎士ですから」
「ならば、お嬢様にふさわしい振る舞いを身につけなさい」
ディートリヒは口を閉じた。
セバスティアンも、それ以上は言わなかった。
茶を飲み、カップを置く。
しばし、沈黙が流れた。
ディートリヒの脳裏に、エレオノーラの顔が浮かぶ。
彼女へ手を差し出す自分。
取ってもらえたら。
もし、一緒に踊れたら。
「再開いたしましょう」
想像の中でさえ、まだ踊り始めていなかった。
「……はい」
ディートリヒは立ち上がった。
まずは、現実のマリーを転ばせないところからだった。
─────
ダンスの練習は毎日、訓練後。
マリーが相手を務め、セバスティアンが指摘する。
ディートリヒは動きを直し、また踊る。
少しずつ、口を挟まれる回数が減っていった。
無理に引かない。
自分だけ先へ行かない。
次の動きを、腕と身体で伝える。
マリーの足が、自然についてきた。
向きを変える。
今度は逃げられなかった。
音楽に合わせて進み、回り、最後の一歩を揃える。
きれいに止まった。
一曲、踊り切った。
「……できた」
ディートリヒが息を吐く。
マリーも頷いた。
「今のは、ちゃんと踊れた」
評価が、ようやく人類の社交へ届いた。
セバスティアンも静かに頷く。
ディートリヒは肩の力を抜いた。
長かった。
しかし、これで終わりだ。
帰れる。
「では、通しで」
セバスティアンが思考を遮った。
ディートリヒは顔を上げた。
「……今のは?」
「一曲です。お誘いの礼から始めてください」
ディートリヒは時計を見た。
見間違いではなかった。
「あの、もう九時で」
「承知しております」
時刻を把握したうえでの、通しだった。
ディートリヒはマリーを見た。
マリーは、すでに開始位置へ戻っていた。若干殺気立ってみえる。彼女も帰りたいのだろう。
退路は、最初からなかった。
今日もディートリヒの睡眠時間は犠牲となった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
「皆さま、ご覧あそばせ! 画面の下にある【☆☆☆☆☆】評価と【ブックマーク】は、我が惑星を開拓するための貴重なエネルギー資源ですわ!」
「……ええ、維持費もガチャ代もシャレになりませんので、何卒ポチッとよろしくてよ!」
ご感想もお待ちしておりますわー! おーっほほほ!




