39 アンナSide 砂礫の██_ 後編
「お前が星乙女か」
上から声が降ってきた。立ち上がった鯨の巨体の頂点。
深緑のローブを身にまとった仮面の女が立っていた。
原作『ホリスタ』──ソーシャル乙女ゲーム『銀河聖国の星乙女─Holy Star Maiden─』に登場するヴィラン。
間違いない。
だが、なぜここに?
本来なら物語の裏で暗躍し、星乙女の活躍の報告を受けて『ぐぬぬ』しているべき存在。
まだ側近・幹部クラスは素材周回ボスとしては実装されていないはずだ──アンナの知識ではそうだった。
もっと下っ端の雑魚ヴィランから素材周回ボスとして実装されていくのだ。
(なんで? このタイミングで側近が?)
(アクセルもいないし、どうなってるの!?)
「死ね」
巨大な鯨がゆらゆらと揺れ──紫黒のオーラが爆発した。
「気をつけろ──ッ!?」
マクシミリアン機が盾で間に入ろうとする。
「きゃああ!」
衝撃波が砂を巻き上げ、壁になって押し寄せた。
誰もが間に合わない、そう思った瞬間。
黒いものが突き刺さった。
巨大な黒槍。
槍と呼ぶには細く、針と呼ぶにはあまりに大きなそれが、怪物を横から貫いた。
棘だらけの巨体が吹き飛ぶ。
轟音。
砂煙。
仮面の女は飛び上がり、一行を見下ろした。
「邪魔が入ったか」
仮面の女は空中でローブを翻すと、痕跡も残さず消えた。
アンナは顔をかばい、よろめいた。
「……今のは?」
砂の向こうに、男が立っていた。
金髪。
目元を覆う仮面。
ひと目でそれと分かる、独特の衣装。
風貌は隠している。
美形であることは、あまり隠せていない。
「あなたは!?」
アンナが声を上げた。
「どうして……あなたはここで出てくるはずでは……」
(また、先見と違うのか……?)
アルブレヒトは眉を寄せた。
コンラートも男を見ていた。
(すっごいコスプレ衣装だなぁ……)
コスプレか、はたまたフィギュアスケート選手の衣装のようだ。
さすがに口には出さなかった。
助けてもらったばかりである。
男がアンナへ顔を向けた。
「██……」
声に、ざらついた音が混じる。ノイズそのものだった。
コンラートは首を傾げた。
「……何?」
「えっ……」
アンナだけが、息を呑んでいた。
ばさり。
仮面の男が闇色のマントを翻す。空間がマントと同じ形に裂け、消えた。
「消えた……」
ルーカスが尋ねる。
「何を言っていたのか分かったのか?」
「っ……」
アンナは首を振った。
─────
「おーい! こっちこっち!」
マクシミリアンの声が響いた。
騎士機が倒れた巨体の一点を指している。
「例の紫黒の武器だ!」
アルブレヒトが機体を向けた。
砂の間に、短剣が残されていた。
黒に、紫を沈めたような刃。その意匠を見た瞬間、故郷の地下で精霊を貫いていた槍が脳裏に浮かんだ。
「ホーエンフェルスで見たものと同じ意匠、同じ色……」
「だろ?」
「ああ。そうだ、では……あの男は」
怪物を貫いた、巨大な黒い槍。
「……仲間ではないのか?」
呟いたものの、それだけで決められる話でもなかった。
少なくとも、何かは知っている。アンナへ語りかけた言葉も、ただの挨拶には見えなかった。
そしてアンナもあの男を知っている。
星々と精霊に異変を起こしている何者か。
そこへ現れ、自分たちを救った仮面の男。
アンナが探していた、いるはずの海賊はどこにもいない。
アルブレヒトは視線を移した。
アンナは仲間たちに囲まれている。何か尋ねられ、また仮面の男の消えた場所へ顔を向けた。
先ほどから、彼女は何度も言っていた。
こんなはずではない、と。
アルブレヒトは、アンナを見つめたまま黙っていた。
─────
「えっ、ホーエンフェルスに?」
アンナが顔を上げた。
「でも、次の……」
「機体の修理とメンテナンスだ。船で済ませず、あちらで整備する」
アルブレヒトは落ち着いた声で答えた。
「次も今回のように、出会い頭から騎士機戦になれば、ただでは済まない」
アンナは口を閉じた。
(えーっ! 帝都じゃないんですか!? もうすぐクリスマスイベなのに……!)
「安全のためだ」
「……はい」
少し迷ってから、アンナは頷いた。
アルブレヒトが微笑む。
「聞き分けのよい子だ」
彼女の手を取り、わずかに身をかがめた。
「何も心配しなくていい」
近くで囁かれた優しく低い声に、アンナの肩から力が抜けた。
頼もしく頷く。
アルブレヒトはアンナの手を握ったまま、コンラートへ軽く顎をしゃくった。
「慰めてやれ」
コンラートは自分を指した。
僕がですか、という顔だった。手はそちらが握っているのに。
横で、ぽろん、と弦が鳴った。
ルーカスがギターを弾き始めていた。何も言わず、穏やかな旋律を添えている。
コンラートは一度そちらを見た。助けは来なかった。
伴奏だけ来た。
しゃく。
マクシミリアンは、りんごを食べていた。
「……腹、減ったな」
それについては、誰も異論がなかった。
ロジャーら他の仲間は星間放送を見ていた。
『砂漠の底に棲んでいたとみられる大型怪獣は、星乙女と、彼女が率いる公子様ら一行によって討伐されました』
『家も店も潰されちまった! どうしたらいいんだよ!』
『土地がもらえるっていう開拓地に移住しようかしら』
途方に暮れ頭を抱える住人、移住を検討する住人。
画面では、現地報道が戦闘の跡を映していた。
─────
飛空艇が高度を上げる。
窓の向こうで、救援の天幕と崩れた街が小さくなっていった。
やがて、砂に覆われた大地も遠ざかる。
船内では、ギターが鳴っていた。
去りゆく船の背後。
砂で濁った空をまっすぐに走る鮮やかなピンク色の線は、消えなかった。
その縁で、黒いノイズがちらついていた。
Holy Star Maiden.exe
Event Trigger Error
Required Character Not Found: AXEL_WOLF
Cause: ERA
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