37 コンラートSide その頃の継嗣さま
また、美形が増えた。
コンラートは飛空艇の座席に沈み込み、新たな旅の仲間たちを眺めていた。
後衛として新たに加わったレーム。
軽やかな身のこなしで敵の注意を引きつけていたロルフ。
それに、醸造家までいる。帝都でクラフトビール店を開く予定らしい。
アンナは三人を迎え、たいそう嬉しそうだった。話しかけては微笑み、返事を聞いてはピンクオーロラの瞳を輝かせている。
コンラートも、新しい仲間ができたこと自体は喜ばしいと思う。
思うのだが。
(……あれ、僕が一番大変だったんじゃないかな)
座席の背へ頭を預ける。
─────
ファルケンラート領の田舎の惑星。
牧歌的な雰囲気ただよう農業と観光の街。
そこで麦酒祭が催されていた。
なんと平和で、楽しそうな響きだろう。
実際、最初に聞いた問題も、ビールが足りないというものだった。
祭りで飲むビールがない。麦酒祭の役員、美形のレームが困っていた。
それは困る。けれど、宇宙の危機に比べれば、ずいぶん穏やかな相談ではないか。
調べてみれば、かわいらしいヘビのマスコットのような精霊が、各所で飲み尽くして酔っ払っていた。
そこまでは、まだよかった。
お酒好きのかわいい精霊。
おいしいビール。
賑やかな祭り。
コンラートは、もう少し早い段階で疑うべきだったのかもしれない。
この一行と旅をしていて、穏やかに終わる保証などどこにもなかったのだ。
─────
精霊が突如、紫黒のオーラを纏い巨大化、暴れ出したのだ。
「コンラート、ロルフを回復しろ」
「はいはい!」
コンラートが手を向けると、回復の光がロルフを包んだ。
敵の注意を引きつけていたロルフが、再び身を翻す。
精霊の攻撃が、そのすぐ脇を通った。
前衛陣が取り囲み、攻撃を重ねていた。
マクシミリアンが盾で反撃を受け止める。その横からロジャーが踏み込み拳を叩き込む。レームは後方から魔法で攻撃を加えた。
勢いはある。
敵も負けじと反撃しているので、コンラートの仕事にもたいへん勢いがあった。
「こっちも頼む!」
ロジャーが声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って!」
ロルフへの回復を終え、今度はロジャーへ魔導ユニットを向ける。
光が届く。
傷を塞ぐ。
その間に、向こうでまた誰かが攻撃を受けた。
「コンラート様! アルブレヒト様にも回復を!」
「わかりました、今──」
「回復薄いぞ!!」
マクシミリアンの声が被さった。
「今やってますーーー!」
右へ回復。
左へ回復。
その横を、回復したばかりの前衛が駆け抜けていった。
再び攻撃。
敵が反撃。
飛び散る血。
「ひいっ! また!? さっき回復したばっかりだよね!?」
「コンラート、手を止めるな」
「止めてないよ!!」
手は二本しかない。
意識も、そんなに何人も同時に向けられない。
向こうを見ている間にこちらから呼ばれ、こちらへ向き直ったところへ、別の場所から声が飛んでくる。
コンラート。
コンラート様。
こっち。
回復。
いまや祭りの会場で、最も頻繁に呼ばれている名前が自分なのではないか。
その背後で、音楽が流れていた。
ルーカスの奏でる旋律である。
軽やかに始まった音が重なり、戦場を力強く押し上げていく。味方を支え、敵の動きを鈍らせる、頼もしい演奏だった。
コンラートにも、その助けはわかる。
わかるのだが、振り向いた先のルーカスは、実に優雅だった。
「ルーカスーー! 君は楽しそうだねーーー!!」
叫ぶと、旋律がひときわ華やかになった。
返事なのか。
返事のつもりなのか、それは。
前衛陣が勢いづく。
攻撃が激しくなる。
負傷者が、また回復を求める。
(どうして僕だけこんなに忙しいの!?)
回復魔法を放つ。
また放つ。
せめて、もっとこう、身を守るとか。マクシミリアンの後ろに入るとか。
いや、できればマクシミリアンにも怪我をしないでほしい。
願いを込めて見つめた先で、ロジャーが果敢に踏み込んだ。
コンラートは無言で、その背中へ魔導ユニットを握る手を向けた。
こうして、凶暴化した精霊は退治された。
よかった。
本当によかった。
─────
「コンラート、そこの端末を取ってくれ」
飛空艇内へ、アルブレヒトの声が戻ってきた。
回想の中でも名前を呼ばれ、現実へ戻っても名前を呼ばれている。
コンラートは座席に沈んだまま、声の主を見上げた。
「……」
「それと、あとで今回の件の報告書も確認しておいてくれ」
「……ねえ、アルブレヒト」
「なんだ?」
「僕、君の部下じゃないんだけど」
「知っているが」
即答だった。
知っている。
知っていて、今の頼み方である。
「知ってるなら、もう少しこう……」
「端末は?」
「……はい」
コンラートは横へ手を伸ばし、タブレット端末を取って渡した。
渡してから、なぜ渡したのだろうと考えた。
反射だった。
呼ばれて、手を伸ばして、渡す。
戦闘中に、回復を頼まれたときと同じ速度で身体が動いてしまった。
(まずい。僕の身体が、この人の声に慣れてきている……)
こちらも公爵家の継嗣である。
いずれ家を継ぐ立場同士なのだから、対等なはずだった。年齢だって一歳しか違わない。
それなのにアルブレヒトは、いつも、そこにいるなら当然手を貸すだろう、という調子で使ってくる。
(どうしてこんなに態度が大きいんだ、この人……!)
睨んでみた。
アルブレヒトは受け取った資料を読んでいた。
届いていない。
視線による抗議は、まったく届いていなかった。
─────
アンナは、新しく加わった仲間たちと話していた。
レームへ何かを尋ね、ロルフの返事に笑う。醸造家の話にも興味深そうに耳を傾けている。
楽しそうだった。
ルーカスの演奏も聞こえる。
事件が終わっても、優雅な音楽は続くらしい。
ロジャーはといえば、飛空艇内のジムへ行ってしまった。身体づくりとスパーリングに励んでいる。
さっきまで戦っていたのに。信じられない。
コンラートは、自分の膝へ目を落とした。
こちらは、立ち上がるのも少々億劫である。
魔力切れというものを、どうか一度、全員に体験していただきたかった。
ふと、黒猫ホームズと目が合った。
ソファのどまんなかで、堂々とくつろいでいた。
こちらの疲労など意に介さず、そこが自分のために用意された場所だと疑っていない顔をしている。
「……君まで僕を見下してない?」
「にゃあ」
猫語はわからなかった。
コンラートは、しばらく猫を見つめた。
この飛空艇で、いちばん態度がでかいのは、この猫かもしれない。
そのとき、温かな食べ物の匂いが漂ってきた。
顔を向けると、マクシミリアンが食べ物を持ってきた。
皿にはソーセージやブルストが並び、バターを添えたふかし芋まである。傍らにはビール。
麦酒祭の続きを、そのまま持ち込んだような光景だった。
コンラートの腹が、急に自分の存在を主張した。
「……僕にも分けて」
「くうか?」
マクシミリアンが皿を寄せた。
コンラートは身体を起こした。
「コンラート様!」
そこへアンナがやって来た。
コンラートは顔を上げる。
「あ、アンナ。どうしたの?」
自分のところに来てくれた。
少しだけ、気持ちが明るくなる。
あの戦闘では、ずいぶん働いた。
もしかしたら、ようやく。
「回復魔法をお願いしてもいいですか?」
「…………」
コンラートの時が止まった。
目の前には、ふかし芋。
隣には、アンナの笑顔。
事件は終わった。
惑星も出た。
新しい仲間も増えた。
それでも、回復担当は自分である。
いや、回復魔法が得意なのは間違いない、しその役目も理解している。
(僕、もしかしてただの回復装置……?)
気づきたくなかった。
だが、最近は名前より先に「回復」と呼ばれている気がする。
コンラート・フォン・ヴァルテンベルク。
仲間から、回復以上の価値を見出されていないのではないか。
─────
宇宙船内──
やがてアンナが、星図を指さした。
「次は、この星へ向かいたいです!」
指が示した先に、ひとつの惑星が浮かぶ。
黄色く霞んだ、砂漠の星だった。
アルブレヒトが資料から顔を上げ、ルーカスも演奏の手を止めて星図を覗き込む。新たな仲間たちも、次の目的地へ視線を集めた。
コンラートは、座席からその星を眺めた。
少なくとも、ビールを飲み尽くす精霊はいなさそうに思える。
(……次こそ、もう少しのんびりできるといいな)
ただ、それだけを願った。
何もしない一日とまでは言わない。
アルブレヒトが星図を確認し、頷く。
それから、こちらを見た。
「コンラート、補給品の確認を頼む」
コンラートは、ゆっくり顔を上げた。
「だから僕は君の部下じゃないってばーーー!!」
船は、次なる砂漠の惑星へ向かっていた。
NEW!
【SSR レームが加入しました】
【SSR ロルフが加入しました】
NEW!
【酒造が開放されました】
【レシピ帳にメニューが追加されました】
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