36 お父様からお電話ですわ!
一週間後。
〈ヴァルテンベルク〉大会議室。
二段五枚、合計十の大型ディスプレイが並ぶ。
すでに、三六〇連目──
何人も軍人・警察官志望者を面談してきたが、一向に出ない。
「喋り通しで顎も唇も筋肉痛ですわ」
「では次の十連を──」
その時、通信が入った。
父からだった。
エレオノーラが応じると、画面には両親が並んでいた。こちらにはセバスティアンが控え、軍事に関する話とのことで、ブロームにも同席してもらっている。
「ノーラが困っていると聞いてね」
父は、いつもの柔らかな顔で言った。
「機動部隊を送るよ」
エレオノーラは瞬きをした。
「きどうぶたいを……送る?」
「ああ。そちらの防衛に使うといい」
父の顔を見る。
ブロームを見る。
もう一度、父を見る。
どうやら、聞き間違いではなかった。
「お父様ぁー!」
目に涙が浮かんだ。
出た。
面談室からではなかったが、欲しかった艦隊が出た。
しかも、父のほうから送ってくれるという。
「よかったわねぇ」
母セリーンが、嬉しそうに目を細める。
「これで少し、楽になるかしら」
「なりますわ! ものすごくなりますわ!」
エレオノーラは何度も頷いた。
会議でブロームたちが示した懸念を、実際に埋めるための手が届いたのだ。
「新しい司令官も着任させる。そのあたりの計画も送っておいたから、確認してくれ」
「ありがとうございます、お父様!」
エレオノーラは目元を押さえ、それからセバスティアンへ顔を向けた。
「着任に合わせて、お披露目と歓迎の席を設けなくてはな」
フェルディナントが顎を撫でる、着任の歓迎の席の音頭を取らねばならない。
「晩餐会でしょうか」
セバスティアンが確認を取る。
「ああ。舞踏会も。新しく来てくださる方々をお迎えして、それに、こちらで働いている軍人や開拓関係の皆にも、慰労の機会を」
ずっと働いてもらっている。
新たな援軍を迎える喜びを、ここで踏ん張ってきた人々とも分かち合う。
素晴らしい提案だ。
「承知いたしました」
セバスティアンが礼を取る。
その横で、ブロームは届いた計画書をタブレットで確認していた。
エレオノーラは画面の父へ笑顔を向けたあと、ふと首を傾ける。
「ところで、機動部隊とはなんですの?」
ブロームが一度止まった。
それを知らずに、あれほど喜んでいたのか。
もっとも、いまの領主が欲しているのは、まず艦隊である。細かな呼び方の確認があとになったのも、無理はない。
「計画によれば、軽空母二隻を中心とした艦隊になります」
「空母が二隻!」
エレオノーラの顔が、さらに明るくなる。
ブロームは資料へ視線を戻した。
「これに防空巡洋艦、巡洋艦、駆逐艦。偵察機と、その他の支援艦艇、運用に必要な人員が──」
説明が止まった。もう一度、編成全体を眺める。
軽空母が二隻。
困っている娘のところへ、とりあえず動かせる船をいくつか回す。
その程度の話ではなかった。
七千人以上の人員配置。
もはや一惑星の防衛圏である。十万人規模のエリアに配備する数ではない。
(むしろヴァルテンベルク公爵領として防衛圏を主張するためか……だが、惑星の資源価値が……まて……親バカでこれは……やりすぎでは?)
「…………旦那様?」
ブロームが顔を上げると、フェルディナントは満足そうに頷いた。
「頑張っているノーラのために選んでおいたよ」
ブロームは計画書を見た。
ドレスを見繕うような調子で選んでいい規模ではない。
「それに、地方には出世したい若手がたくさんいるからね」
フェルディナントは続けた。
「ノイエルデはちょうどいいんだ。これだけ急速に発展している土地なら、任せる仕事にも、実績を積む機会にも事欠かない」
ブロームの表情が引き締まった。
新たな赴任先で責任を負い、成果を挙げる。
開拓地の発展に合わせて軍の役割も広がるのだから、若手士官にとっては、確かに得がたい機会だった。
送り出す側にも、受け入れる側にも意味がある。
そのうえで、娘が大変喜ぶ。一石二鳥である。
「承知しました」
ブロームは頷いた。
「それにしても……」
フェルディナントは、感慨深げに娘を見つめた。
「七歳で婚約が決まってからは、淑女教育や皇太子妃教育ばかりだったのに」
エレオノーラは父へ目を戻した。
「宮廷での振る舞いだの、妃としての心得だの。ずっと、嫁ぐ先のための勉強をしてきただろう」
「ええ……まあ」
エレオノーラは曖昧に答えた。勉強してきた──叩き込まれたと言ったほうが正しい。
公爵にとっては淑女として育ててきた娘がいま、領主として腕をふるい、自分の領地を守る艦隊を欲しがっている。
そして、それを送ると言われて泣いて喜んでいるのだ。
「こんなに喜んでくれるなんて」
父は嬉しそうだった。
「よかったわねぇ」
母も嬉しそうだった。
エレオノーラも嬉しかった。
ブロームだけが、まだ編成表を眺めていた。
「お嬢様。今回の軽空母は〈ヴァルテンベルク〉より、かなり小さな艦です」
「そうですの?」
「はい。巨大な移動都市ではなく、通常の艦隊運用を目的とした空母とお考えください」
「なるほど。では、これが二隻来るわけではありませんのね」
「さようです」
〈ヴァルテンベルク〉級の大きさが二隻。大公爵家でもあんなのをぽんぽん建造できてたまるか。
ブロームがそう思ったところで、父が穏やかに口を挟んだ。
「来年一月の誕生日には、正規空母をプレゼントしようか」
「まぁ」
母が声を弾ませた。
ブロームは維持費が頭をよぎって青ざめた。
エレオノーラの顔に、笑みが浮かんだ。
そして、再び目を潤ませた。
「お父様ぁぁぁ!」
「よかったわねぇ、エラちゃん。何色にする?」
色。
母は、色を聞いた。
正規空母がなんであるかについては、特に確認しなかった。
ブロームは、そっと額へ手を当てた。
貴族令嬢への誕生日の贈り物といえば、宝石やドレスといったものが慣例だが。
この家では、その候補に空母が出る。
しかも次に検討するのは色だった。
ドレスの色選びと同じ調子で語るものではない。
機動部隊の計画書だけでも十分にそう思っていた。
親ばかの規模が宇宙軍規模になりつつある。
(維持費をどうするのかと聞くのは……無粋でしょうね)
ブロームは額に手を当てたまま、ひとまず口を閉じた。
「ノーラは、本当によくやっている」
フェルディナントが言った。
その声が少し柔らかくなり、エレオノーラも居住まいを正す。
「ぐれたり、折れたりもせずに。立派にやっているよ」
「……お父様」
大勢の前で婚約を破棄され、中央から追いやられた。
それでも、領主として仕事をしている。
父が見ていたのは、開拓の成果だけではなかった。
エレオノーラは、目元へ添えていた手をゆっくり下ろす。
「まだ、足りないことばかりですけれど」
「だから、助けるんだろう」
あっさりと言われた。
エレオノーラは、すぐには返事ができなかった。
自分だけでは足りないものが、あまりに多い。
その多さに困り果てていたところへ、父は艦隊を送ると言ってくれたのだ。
「……ありがとうございます」
エレオノーラの感謝の言葉に父は満足そうに頷き、それから、ふうと息をついた。
「それに比べて、コンラートときたら……」
「コンくんがどうしましたの?」
不意に出た義弟の名に、エレオノーラは首を傾けた。
艦隊から誕生日へ、誕生日から子供の近況へ。
通信は、いつの間にかすっかり家族の会話になっていた。
「宇宙を救うって、ずっと休学していてね。困ったもんだ」
「休学……」
「まだ旅を続けているんだよ」
エレオノーラは瞬きをした。
母は、その横で鷹揚に笑っている。
「半年や一学年くらいいいじゃない。世界を旅するなんて、なかなかできないわよ。若いんだし経験も大事よ」
「それはそうだが、いつまで続けるつもりなのか……」
「帰ってきたら、いろいろお話を聞きましょうよ」
父母の会話を聞きながら、エレオノーラは義弟の顔を思い浮かべた。
宇宙を救う旅。
休学して、まだ続けている。
ということは。
(あの子、アンナにまだひっついてますのー!?)
最後まで読んでくださりありがとうございます。
「皆さま、ご覧あそばせ! 画面の下にある【☆☆☆☆☆】評価と【ブックマーク】は、我が惑星を開拓するための貴重なエネルギー資源ですわ!」
「……ええ、維持費もガチャ代もシャレになりませんので、何卒ポチッとよろしくてよ!」
ご感想もお待ちしておりますわー! おーっほほほ!




