35 艦隊ガチャ……出ませんわ!
艦隊を引く。
エレオノーラは、その決意とともに久しぶりに〈ヴァルテンベルク〉大会議室の椅子へ腰を下ろした。
〈ヴァルテンベルク〉を地上へ降ろすには、軌道上の防衛を引き継ぐ戦力が必要だ。艦隊を率いる人材。実際に動かせる艦艇。それらを伴ってノイエルデへ来てくれる者を、探さなければならない。
今回は、軍人や艦隊関係者を対象にした招聘である。
いつもの面談より、狙いは絞ってある。
つまり、気分としては軍事系ピックアップガチャだった。
二段に並ぶ合計十個のモニター。
つまり、ガチャ筐体である。
「では、お呼びいたします」
「ええ。お願いいたしますわ」
セバスティアンの声に頷き、エレオノーラは背筋を伸ばす。
チャリン。
白い枠が縁取っている。
ノーマル。N。
エレオノーラは微笑んだ。
色だけで決めつけてはいけない。まずは、何ができる人物なのかを聞くのだ。
「これまでのお仕事を伺っても?」
「警察官をしておりました!」
男は、はきはきと答えた。
よい返事だった。
治安を担う人間も、ノイエルデには必要である。
「宇宙艦の運用に関わったご経験は?」
「いえ! 地上勤務です!」
返事は最後までよかった。
エレオノーラは職歴へ目を落とし、確認すべき項目を確かめていった。
面談を終え、男が退出する。
扉が閉まってから、そっと息をついた。
警察官は、ありがたい。
だが、艦隊はまだ来ていない。
「次の方を」
「承知いたしました」
皆、働く気はある。
そこは大変よろしい。
しかし、どこからも艦艇が出てこなかった。
続いてモニターに現れたのは、騎士候補生だった。
白い枠を背負い、緊張した面持ちで立っている。
「騎士を目指していらっしゃいますのね」
「はい!」
「艦隊での勤務経験はございます?」
「これから経験を積みたいと思っております!」
「……なるほど」
これから。
未来は明るい。
次。
チャリン。
白。
「軍人志望です!」
ついに職歴ではなく、希望になった。
「……軍人を、志望していらっしゃる」
「はい! よろしくお願いいたします!」
勢いよく頭を下げられる。
チャリン。チャリン、チャリン、チャリン……
無職。田舎から出てきたばかりの若者。公務員ですらない準備隊員。練習生。
エレオノーラは、机の下で扇を握り直した。
艦隊司令官を引くまでには、いくつか間に挟むものがありそうである。
─────
「白! 白! 白! また白ですのーー!?」
次の応募者を迎えるまでの短い間に、エレオノーラはとうとう扇を開いて扇ぎ出した。
まだ、五十連だった。
セバスティアンが資料を揃える横で、扇が忙しく動く。
「緑は!? 青は!? できれば黄色はどちらに!?」
白のN、緑のHN、青のR、黄色のSR。
見慣れた色のうち、今日は白だけだった。
「セバスティアン。今回は軍関係の募集でしたわよね?」
「はい。軍人、艦隊関係者、およびそれらの職を希望される方々からの応募です」
「希望」
「はい、就職希望です」
エレオノーラは応募書類を手元へ引き寄せる。
志望動機。
そこへ目を通し、次の一枚をめくった。
また、似た名前が目に入る。
もう一枚。
エレオノーラは動きを止めた。
「……ディートリヒ?」
「募集ポスターをご覧になった方々ですね」
セバスティアンが答える。
「ディートリヒの姿を見て、軍務や公務に関心を持たれたようです」
エレオノーラは書類を見た。
確かに、募集の効果は出ている。
あの顔だ。きらりと光る歯。
目を留める気持ちはよくわかる。わたくしも留めますわ、と胸を張って答えられる。
だからといって。
「ディートリヒのファンが集まっておりますわーーー!」
艦隊を募集した。
推しに憧れて就職を希望する人々が来た。
採用活動としては成功しているのかもしれない。
肝心の艦隊戦力が、まだ確保できていないだけで。
「皆様、意欲はおありです」
「ええ! それは素晴らしいことですわ!」
エレオノーラは頷いた。
「ただ、わたくし、いまは艦隊が欲しいんですの!」
育成している間にも、冬は来る。
軍人志望者を面談室へ入れたら、反対側から空母に乗って出てくる仕組みであればよかった。
残念ながら、この部屋には扉しかない。
「……次の方をお願いいたしますわ」
「かしこまりました」
来る。
白。
白。
白。
……
エレオノーラは微笑みながら、頭の中で白いカードを並べた。
白い。
非常に白い。
艦隊招聘ガチャの結果画面が、雪景色のようになっていた。
冬を越すためのガチャで、ひと足先に雪を見せられても困る。
次の応募者が入ってきたとき、エレオノーラは扇の陰で目を見開いた。
青。
輪郭を縁取る、確かな青い枠。
Rである。
ようやく色が変わった。
画面に写ったのは、年配の男だった。背筋を伸ばし、丁寧に一礼する。その落ち着いた所作に、エレオノーラの期待が高まった。
経験を積んだ人間には、経験を積んだ人間の風格がある。
ひょっとすると。
もしかすると。
「こちらは、元警察署長を務めていらした方です」
「元警察署長!?」
期待は、地上へ着地した。
立派な経歴だった。
ノイエルデの治安を考えれば、ぜひお話を聞きたい人物でもある。
しかし、エレオノーラの頭の片隅では、別の自分が両手を広げて叫んでいた。
(艦隊司令官はどこですの!?)
せっかく青が出た。
しかし、海の向こうならぬ、軌道上までは届かなかった。
「長く警察のお仕事を?」
「ええ。現場にも、署の運営にも携わってまいりました」
「まあ。それは心強いですわ」
今の言葉は、本心だった。
足りない仕事は艦隊だけではない。人口が増え続けるこの星で、そうした経験を持つ者は貴重である。
エレオノーラが資料へ視線を落とすと、セバスティアンが補足した。
「こちらはディートリヒのポスターを見て応募された方で……」
扇が止まった。
エレオノーラは、ゆっくり顔を上げた。
元警察署長のおじいさんは、晴れやかな顔をしていた。
「若い方があれほど立派に働いておられる。私も、まだお役に立てることがあるかと思いましてな」
年齢を超えて届いている。
ディートリヒの募集ポスター、たいしたものである。
エレオノーラが感心と困惑の間で頷くと、老元署長はぐっと胸を張った。
「お国のためにひと肌脱ぎます!」
─────
ヴァルテンベルク公爵領、主星。
宮殿の執務室で胸を痛める男がいた。
「ああ、ノーラ。かわいそうに」
娘の奮闘を伝える報告を前に、フェルディナント・フォン・ヴァルテンベルクは眉を下げた。
開拓地の発展そのものは喜ばしい。
人が集まり、仕事が増え、街が広がっている。
しかし、集まった人々が暮らす場所も、それを管理する人員も足りない。そこへ冬支度と防衛の問題まで重なっていた。
隣から報告を覗き込んでいたセリーンも、頬に手を添える。
「どうにかしてあげられないかしら。こんなに頑張ってるんだし」
「うーむ……とはいえ、金も人員も……」
これまでに多額の投資と軍事支援は手配していた。
だが、越冬のために方舟を地上へ降ろす。
エレオノーラの決断は尊重したい。
しかし、一度地上へ降りれば、あの重量は二度と浮かび上がれない。設計段階からわかっていた。
フェルディナントは腕を組んだ。
報告へ目を落とし、しばらく考える。
セリーンも急かさず、その横顔を見守っていた。
やがて、公爵の眉が上がった。
「いや、あったな!」
「あら」
夫の顔を見たセリーンが、微笑む。
しかし、公爵の顔が曇る。
「だが、冬の到来までに人員配置が間に合うかな?」
「可愛い娘のためだもの、そこをどうにかするのがあなたの仕事でしょう」
今、銀河規模の親バカがエレオノーラのガチャによって発動しようとしていた──
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