番外編 やれやれ、俺もヤキが回ったな
惑星ノイエルデ到着直後。
次の人事では准将。
ヴァルテンベルク空軍師団長の椅子も、手の届くところにあった。
子爵家の出とはいえ、家名だけで座れる椅子ではない。現場を渡り歩き、実績を積み、ようやくここまで来たのだ。
順当にいけば、その先も狙えた。
そこへ届いたのが、開拓団派遣の命令だった。
(やれやれ、俺もヤキが回ったなぁ)
〈ヴァルテンベルク〉艦長、ヴァルター・ブランデス大佐は、艦長席でひそかに息を吐いた。
原因は、公爵令嬢エレオノーラの追放。
男爵令嬢に婚約者である皇太子を掻っ攫われ、学院で揉め事を起こした挙げ句、婚約破棄。そのまま辺境送りになったという。
(いや、やりすぎだろ)
婚約者同士の揉め事で、どうして開拓艦隊が出る。
そもそも、皇太子にそこまで好き勝手をする権力があるのか。噂の星乙女とやらの、ご機嫌伺いか。
(そんな馬鹿な話があるかよ)
あった。
現に、自分が船を動かしている。
行き先は、政府が長年ほっぽり出していた開拓惑星。
その護送兼開拓支援を担う旗艦の艦長が、今回の役回りだった。
あのまま公爵軍本軍にいれば人脈も評価も積めた。演習に出れば上官の目にも留まった。
だというのに辺境で畑が増えたところで、軍功にはなりにくい。
准将の椅子が遠のいた。
艦は順調に前へ進んでいるというのに。
(あーあ。俺の人生、終わったな)
もっとも、そんな愚痴を部下に聞かせるつもりはない。
命令は命令だ。乗せた人間と船を、無事に目的地へ運ぶ。それが艦長の仕事だった。
─────
開拓惑星ノイエルデが、前方に姿を現した。
青灰色の雲の下に、大陸と海が見える。
遠目には、そう悪い星でもなさそうだった。
「大型宇宙港は確認できません」
「地上の整備設備も、本艦の運用には対応しておりません」
報告を聞くにつれ、その印象は薄れていった。
ヴァルターは艦長席の肘掛けに手を置いたまま、後方をちらりと窺った。
一段高い場所に設けられた上席。
公爵や元帥、艦隊司令官を迎えるためのそこに、十八歳の娘が座っている。
エレオノーラ・フォン・ヴァルテンベルク。
今回の遠征の原因であり、これからあの星を治めるという公爵令嬢だった。
(ずいぶん場違いなお嬢さんだ)
縦ロールに巻かれた金髪も白と赤を基調としたドレスも、無骨なブリッジではよく目立つ。
(まあ、本人も好きでここにいるわけじゃないだろうが)
「着陸可能な地形を選定し、ひとまず本艦を降ろして拠点とする案も──」
「〈ヴァルテンベルク〉を地上へ降ろしてはなりませんわ」
ヴァルターが口を開くより先に、後方から声が飛んだ。
振り返る。
エレオノーラは、正面の惑星を見据えていた。
報告していた士官が、言葉を止めた。
(……ほう)
ヴァルターは、上席の令嬢を見直した。
少なくとも、地面に降りれば何とかなると思っているわけではない。
この巨艦を未整備の土地へ据えれば、立派な拠点にはなるだろう。二度と動かす必要がなければ、の話だ。
「地上の基盤が整うまで、〈ヴァルテンベルク〉は惑星軌道上へ待機。当面は母港代わりとして運用なさい」
「〈ヴァルテンベルク〉は軌道上待機。母港として運用。地上基盤の整備完了まで、着陸を禁ずる」
ヴァルターは命令を復唱する。
エレオノーラが頷く。
そのまま席を立ち、窓の向こうへ目を向けた。
視線の先では、随伴艦が隊列を保っている。
しばらく、何も言わなかった。
「許しませんわ」
(……ん?)
「許しませんわ。星乙女アンナ・シュテルン、皇太子エアハルト……」
ヴァルターは正面へ向き直りかけた。
(やっぱり痴話喧嘩の続きか)
見直すのが早すぎたかもしれない。
恨み言なら、せめて私室で執事に聞かせてくれ。こちらは仕事中だ。
「わたくし一人なら、いざ知らず」
その声に、動きを止めた。
エレオノーラはブリッジを見渡していた。
各席に就く船員たちへ。それから、窓の外の随伴艦へ。
「わたくしのために、これほど大勢の人生まで巻き込んで……」
ヴァルターは、肘掛けに置いていた指を動かした。
船員も、兵士も、技師もいる。
使用人も、民間人も。それぞれに仕事があり、暮らしがあり、この命令がなければ送っていたはずの人生があった。
この娘は、それを分かっているらしい。
「必ず後悔させてやりますわ」
(復讐か)
気持ちは分かる。
だが、そのためにこの艦隊を使うと言い出すなら、話は別だった。
エレオノーラが、くるりと振り返る。
「セバスティアン! マイクを!」
「かしこまりました」
控えていた執事が、即座に動いた。
「全艦放送ですわ!」
(お?)
ヴァルターは、艦長席で背を起こした。
─────
「そしていつの日か──ヴァルテンベルクの御旗を掲げ、堂々と帝都へ凱旋いたしますわ!」
放送を締めくくった声が、ブリッジに響いた。
一瞬、静まり返る。
はじめは、まばらに拍手が起こった。
隣の席へ、さらにその隣へと広がり、歓声が起きる。
ヴァルターは艦長席で腕を組んでいた。
(政府が捨てた星を、帝国有数の土地に、ねえ)
十八歳の令嬢が言うには、ずいぶんと大きな話だった。
普通なら、若いお嬢様の夢物語だと聞き流すところだ。
(無茶を言いやがる)
隣を見ると、副艦長のシュミットが敬礼していた。
ごつい肩を張り、背筋を伸ばし、いつもの生真面目な顔で。
この女は、冗談で敬礼などしない。
ヴァルターは、マイクを返すエレオノーラへ目を戻した。
言うだけ言って不安になった様子も、拍手に驚いた様子もない。当然そうするつもりで話した、という顔だった。
(……だが)
艦を降ろさない判断は正しかった。
自分の追放に、ほかの人間まで巻き込まれたことも分かっている。
泣いて執事に縋っているだけなら、こちらも護送で仕事を終えられた。
ところが、この娘はあの星を豊かにして、巻き込んだ人間ごと帝都へ凱旋するつもりらしい。
ヴァルターは、もう一度ノイエルデを見た。
なにもない。
中央の連中が、見向きもしなかった星。
ここを帝国有数にするというなら、船も、人も、それを動かす人間も要る。
腕を組んだまま、口の端が上がった。
「……面白くなってきやがった」
准将の椅子は、相変わらず遠い。
だが、終わったと思った自分の人生にも、まだ続きがあるのかもしれなかった。
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