4 墾田永年私財法ですわ‼
「では、どうやって地上へ降りるんですの?」
エレオノーラの素朴な疑問に、セバスティアンは即答した。
「現在の入植者は、入植船団の船をそのままシャトル代わりに使用しております」
「船で直接、地上と宇宙を往復していると?」
「左様でございます」
メインモニターの一角へ、惑星周辺を航行する船舶の情報が表示された。
どれも古い。
何度も大気圏へ突入し、何度も地上から離脱してきた船ばかりである。
船体の摩耗。
老朽化。
耐熱材の交換。
燃料費。
点検。
修繕。
整備費。
運用コスト。
数字が表示されるたびに、エレオノーラの表情から公爵令嬢らしい華やかさが消えていった。
「……減価償却費……」
前世の経営学部生が顔を出した。
「お嬢様?」
「船をそんな使い方で酷使したら、資産価値がものすごい勢いで溶けていきますわ!」
「現状、それ以外に地上と軌道を往復する手段がございません」
「しかも、地上に大型艦を整備できる設備もないのでしょう?」
「ございません」
「補給港も?」
「ございません」
「まともな修理施設も?」
「ございません」
「何がありますの、この星!」
「土地ならば」
「ほぼ土地しかありませんわー!」
エレオノーラの声が、広いブリッジへ響き渡った。
土地。
空気。
海。
青灰色の雲。
以上。
開拓惑星として最低限の素材だけを置き、あとはすべて投げ出したような星である。
エレオノーラはメインモニターから視線を外すと、ブリッジ中央に立つ艦長へ振り返った。
「艦長」
「はっ」
「〈ヴァルテンベルク〉を地上へ降ろしてはなりませんわ」
艦長がわずかに目を見開いた。
「しかし、地上への物資輸送が――」
「この大きさの船を、港も整備設備もない地上へ着陸させるつもりですの?」
エレオノーラは扇の先をメインモニターへ向けた。
「一度降ろせば、船体の点検も、修理も、再離陸の準備も満足にできませんわ。最悪、この船そのものが地上で巨大な置物になります」
ただでさえ、端を見るためには別の船が必要なほど巨大なのだ。
そんなものが原野へ着陸すれば、二度と浮かび上がれなくなっても不思議ではない。
「地上の基盤が整うまで、〈ヴァルテンベルク〉は惑星軌道上へ待機。当面は母港代わりとして運用なさい」
「〈ヴァルテンベルク〉は軌道上待機。母港として運用。地上基盤の整備完了まで、着陸を禁ずる」
艦長が命令を復唱する。
「はっ。承知いたしました!」
ブリッジの船員たちが、一斉に操作を始めた。
航路が修正される。
護衛艦へ指示が飛ぶ。
地上調査と輸送計画が、軌道上待機を前提としたものへ組み直されていく。
たった一言で、大勢の人間が動いた。
エレオノーラは、改めてブリッジを見渡した。
艦長。
航法士。
通信士。
機関員。
軍人。
さらに、この船の各区画では膨大な船員が働いている。
家臣もいる。
使用人もいる。
整備士も、技術者も、料理人もいる。
誰もが、エレオノーラの追放に伴って帝都を離れた者たちだった。
自分一人を追い出すだけなら、荷物ひとつ持たせて終わりだっただろう。
だが、皇帝命令は惑星開拓である。
その結果、〈ヴァルテンベルク〉が動いた。
護衛艦が動いた。
人員も、資金も、物資も。
ヴァルテンベルク公爵家が被った負担は、いったいどれほどになるのか。
「……許しませんわ」
エレオノーラの口から、低い声がこぼれた。
アンナ・シュテルン。
そして、エアハルト。
自分がアンナへ嫌がらせをしたことは認める。
教科書を破いた。
椅子へ糊を塗った。
机へ虫を入れた。
学園祭の衣装も切った。
その責任から逃げるつもりはない。
だが、学院内の恋愛沙汰と嫌がらせの処分に、なぜこれほど大勢の人間を巻き込む必要があったのか。
公爵家の令嬢を辺境へ追放し、巨大な船を動かし、惑星ひとつを開拓させる。
それほどまでに、星乙女を守る必要があったのか。
(そもそも星乙女とは、何なのでしょうね?)
原作ゲームでも、その正体については大量の伏線が張られていた。
意味深な台詞。
古代の伝承。
謎の光。
謎の美形。
そして、いつまで経っても明かされない正体。
風呂敷だけ広げ、回収は次回以降へ先送り。
ソーシャルゲームではよくあることである。
(正体を明かす前にサービス終了しないでしょうね、と心配しておりましたわ)
まさか自分が、その投げっぱなしの伏線によって辺境へ投げ飛ばされるとは思わなかった。
皇帝の印についてもそうだ。
本物なのか。
本当に皇帝自身が内容を確認したのか。
何か別の政治的意図があるのか。
疑い始めれば、きりがない。
今のところ、偽物だと断定できる証拠もない。
ならば確認は後だ。
今は目の前にある惑星と、膨大な請求書の心配をするべきである。
それに、問題はエアハルトだけではない。
アンナは皇太子と親密になっただけではなかった。
ルーカスとコンラートを除けば、彼女の周囲に集まった男性たちには婚約者がいるか、過去に婚約していた者が多い。
アンナ一人だけを責めれば済む話でもない。
「もちろん、ついていった殿方も同罪ですわ!」
魅了されたのか、星乙女の力なのか、ただ鼻の下を伸ばしただけなのか。
理由が何であれ、自分の足でアンナの隣へ立ったのだ。
ならば自分の選択には、自分で責任を持ってもらう。
「必ず、必ず後悔させて差し上げますわ……」
エレオノーラは扇を強く握った。
だが、ただ復讐するだけでは足りない。
こんな辺境から帝都へ向かって呪詛を吐いたところで、一クレジットにもならない。
費やされた費用も戻らない。
船員たちの人生も豊かにならない。
なにより、それでは悪役令嬢として華がない。
エレオノーラは顔を上げた。
ブリッジにいる者たちを、一人ずつゆっくりと見渡す。
「セバスティアン!」
「はっ」
「マイクを!」
セバスティアンは一切問い返さなかった。
即座に通信担当へ視線を向ける。
「全艦放送、準備!」
「全艦放送、準備完了!」
ブリッジ正面の表示が切り替わった。
〈ヴァルテンベルク〉の全区画。
随伴する護衛艦。
地上へ降下する準備を進めていた家臣や使用人たち。
すべての通信回線が接続される。
セバスティアンが差し出したマイクを、エレオノーラは受け取った。
一度、息を吸う。
それから、公爵令嬢らしく優雅に微笑んだ。
「ごきげんよう、皆さま。エレオノーラ・フォン・ヴァルテンベルクですわ」
艦内各所で、船員たちが顔を上げた。
「わたくしは婚約を破棄され、帝都を追放され、旧流刑惑星の開拓領主となりました」
言葉にすると、改めてひどい。
「皆さまの中には、運が悪かったと思っている方もいらっしゃるでしょう。よりにもよって、追放される公爵令嬢についてきてしまった、と」
艦内に沈黙が広がる。
「ですが、それは大きな間違いですわ」
エレオノーラは扇を開いた。
「皆さまは、大変運がよろしいですわ!」
船員たちが首を傾げた。
ブリッジでも、何人かが操作の手を止めかけた。
「なぜなら今日、皆さまは、この星が始まる瞬間へ立ち会ったのですから!」
エレオノーラの声が、〈ヴァルテンベルク〉の隅々へ響き渡る。
「わたくしは、この星を豊かにいたします」
メインモニターには、まだ何もない惑星が映っている。
「街を造りますわ」
青灰色の雲。
「港を造りますわ」
緑と褐色の大陸。
「商いを興しますわ」
広い海。
「農場を開き、人を集め、船を呼び込み、誰もが来たいと願う土地へ変えてみせます!」
何もない。
ならば、何でも造れる。
「今日、わたくしについてきたことを、いつか必ず誇りに思わせて差し上げますわ!」
ブリッジの空気が変わった。
戸惑っていた船員たちが、少しずつエレオノーラへ顔を向ける。
「皆さま、ご照覧あれ!」
エレオノーラは扇の先を、メインモニターの惑星へ突きつけた。
「この星を帝国で最も豊かな土地へ育て、ヴァルテンベルクの御旗を掲げ、帝都へ凱旋いたしますわ!」
一瞬の静寂。
やがて、ブリッジのどこかから小さな拍手が起こった。
それが二つ、三つと増え、歓声となって艦内へ広がっていく。
エレオノーラは満足そうに頷くと、全艦放送を終えた。
マイクをセバスティアンへ返す。
「ところで、セバスティアン」
「はい」
「この星、皇家から正式にわたくしの領地となりましたのよね?」
「はい。正式に」
「では」
エレオノーラは、ぱちりと扇を開いた。
「移民が来たくて来たくてたまらない星にして、皆さまで持ってきていただきましょう」
「……は?」
万能執事セバスティアンから、珍しく間の抜けた声が出た。
「宇宙港も、工場も、商店も、農場も。必要なものを、欲しがっている者に造らせればよろしいのですわ」
「お嬢様。そんなことは──」
エレオノーラは扇を大きく振り上げた。
「簡単ですわー!」
そして、何もない惑星を指し示し、高らかに宣言した。
「墾田永年私財法ですわ‼」
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