30 中央議会、再び紛糾!
エーデルシュテルン銀河帝国、中央議会。
「それでは、次の議題に移ります。惑星ノイエルデへの追加支援金について──」
議長が告げた途端、議場のあちこちから声が上がった。
「またノイエルデか!」
「当然でしょう! 現在、帝国で最も急速に発展している開拓惑星ですぞ!」
「だからといって、際限なく予算をつけてよいわけではない!」
開始早々、議場は騒然となった。
皇帝は重々しい顔で、その様子を眺めていた。
(またノイエルデかぁ)
最近、この惑星の名前を聞かない日がない。
少し前まで、帝国の辺境にある元流刑地という認識だった。それが今では、中央議会の常連である。
(あの娘、今度は何を始めたんじゃろ)
皇帝がそんなことを考えている間にも、議場中央には最新の開拓報告が投影されていた。
かつて荒涼とした大地が広がるばかりだった惑星に、街ができつつある。
エレンシュタット(仮)。
人口は急増し、企業が進出し、商業活動が活発化。さらに元海賊のヴォルフ商会が巨大な宇宙基地を持ち込んだことで、物流環境も大きく改善されつつあった。
「だが、これから冬だろう?」
「はい。エレンシュタット近傍の冬季環境は厳しく、越冬に向けた備蓄や設備の確保が急務となっております」
皇帝は頷いた。
(冬かぁ。寒そうじゃのぉ)
(余なら行きたくないのぉ)
もちろん、顔には出さない。
皇帝なので。
─────
「しかし、驚くべき成果ですな」
報告が一段落すると、一人の議員が感心したように声を上げた。
「まさか、あのヴァルテンベルク公女が、これほどの才覚を持っていたとは」
「いやいや、公爵家の資金力によるところが大きいでしょう」
別の議員が反論する。
「三大公爵家の財力があれば、これくらいの開拓事業は──」
「では、資金さえあれば誰でも惑星を発展させられると?」
皇帝は、少しばかり姿勢を正した。
(おお、褒められておる)
エレオノーラ・フォン・ヴァルテンベルク。
かつて息子の婚約者だった少女だ。
社交界では悪役令嬢などと呼ばれ、星乙女アンナへの不敬を理由に婚約を破棄された。
そのうえ、惑星開拓を成功させるまで帝都への帰還を認められないという、なんとも妙な処罰を受けたのである。
ところが。
(……あの娘、なかなかやるではないか)
皇帝も、ここまでの成果を予想していなかった。
もちろん、まだ開拓は始まったばかりである。
財政も行政も不安定で、冬という大きな試練も待っている。それでも、何もなかった惑星にあっという間に人を集め、企業を呼び込み、街を造った。
十八歳の少女が、である。
(それに比べて、うちの息子は何をしておるんじゃろ)
皇帝は、ふと遠い目になった。
そのときだった。
「そもそも! これほどの逸材を、なぜ皇太子殿下は手放されたのですかな!」
来た。
(あっ)
議場の空気が変わった。
「公女を皇室に迎えていれば、将来の帝国に大きく貢献したのではありませんか!」
「婚約破棄の判断そのものに問題があったのでは?」
「しかも追放先で、これほどの成果を上げているのですぞ!」
次々と声が上がる。
(そうなんじゃよなぁ)
皇帝は深く頷いた。
議員たちは、陛下もこの問題を重く受け止めておられる、と解釈した。
実際、重く受け止めていた。
(せめて、あの娘を手放さなければのぉ)
息子の嫁として、なかなか悪くない相手だったのだ。
ところが、エアハルトは自分で選んだ相手と結婚したいと言い出し、あの騒動を起こした。
(まあ、気持ちはわからんでもないんじゃが)
そう思っていると、皇太子派の議員が勢いよく立ち上がった。
「皆様! 殿下のご判断を、あまりに短絡的に捉えておられませんか!」
「ほう?」
「殿下は公女の才能を、誰よりも早く見抜いておられたのです!」
議場が静まった。
皇帝も止まった。
(……ん?)
「帝都に留めておくよりも、辺境惑星の開拓を任せたほうが帝国の利益になる! 殿下はそのようにお考えになったのでしょう!」
「つまり、婚約破棄も計画のうちだったと?」
「もちろんです!」
(いや、絶対そこまで考えておらんぞ)
皇帝は確信した。
なにしろ、実の息子である。
十八年間、あの性格を見てきたのだ。
(あやつ、そんな深謀遠慮ができるなら、そもそも婚約破棄なんぞしておらん)
「では、殿下ご本人は、そのように説明されていたのですかな?」
「…………」
皇太子派の議員が黙った。
「さらに伺いたい。ノイエルデの開拓において、殿下は具体的に何をなされたのです?」
「そ、それは……」
「資金を提供されたのか?」
「いや……」
「人材を派遣されたのか?」
「…………」
「では、何を?」
議場の視線が一斉に集まる。
「……機会を、お与えになったのです!」
「それは追放したという意味では?」
「違う!」
(そういう意味じゃと思うぞ)
皇帝は口を閉ざしたまま、静かに目を伏せた。
皇太子派の議員たちは、陛下が息子への不当な批判に耐えておられる、と受け取った。
実際には、笑いそうになっていた。
─────
そんな折、一人の老議員が静かに手を挙げた。
「ところで、一つ確認したいのですが」
議場が落ち着く。
「ノイエルデは、どの程度発展すれば開拓成功と認められるのでしょうかな?」
沈黙。
先ほどまで激しく言い争っていた議員たちが、そろって口を閉ざした。
「……人口では?」
「何人です?」
「産業基盤の確立でしょう」
「どの程度の?」
「財政的な自立ではありませんかな」
「では、何年継続すれば?」
「そもそも、帰還条件を定めた命令書には――」
皇帝は、ゆっくりと天井を見上げた。
(あっ)
覚えがある。
(それ、前も聞いたぞ)
以前の議会でも、まったく同じ問題が指摘されていた。
あれから街ができ、人口まで増えた。
ところが。
(まだ決まってなかったんかーーい!)
皇帝は思わず額を押さえた。
周囲の者たちは、帝国の未来を案じる君主の深い苦悩を感じ取った。
実際には、前回の議会から何も解決していないことに驚いていた。
─────
議論は再び、皇太子の資質へと飛び火した。
「やはり、殿下のご判断には問題が――」
「皇太子殿下への侮辱は許されませんぞ!」
「しかし、これほどの公女を失ったことは事実でしょう!」
皇帝は、もう何度目かわからないため息をついた。
(それはエアハルトしかおらんのじゃよなぁー)
エアハルト。
自分の息子である。
粗暴で、狭量で、感情的。
自分の思いどおりにならないことがあると、すぐに不機嫌になる。
もちろん、長所もある。
あるのだが。
(もうちょっと、こう……なんとかならんかのぉ)
皇帝には、五人の子供がいる。
性格も能力もさまざまで、統治に向いていそうな子もいる。
しかし、皇帝となるためには、ただ一つ絶対の資質が必要だった。
王青の瞳。
帝国皇室に伝わる、皇帝の資格。
それを持たぬ者は、どれほど優秀であろうと帝位には就けない。
そして、皇帝の子供たちの中で王青の瞳を持って生まれたのは、二人。
一人は、遠いリュミエールに留学中。
もう一人が、エアハルトだった。
(五人もおるのにのぉ)
皇帝は、なんとも言えない気持ちになった。
(片方は帰ってこられんし、片方はあれじゃし)
もちろん、可愛い息子ではある。
それは間違いない。
ただ、もう少し慎重さとか、思慮深さとか、他人の話を聞く姿勢とか。
そういうものを身につけてほしいのである。
(せめて、エレオノーラ嬢と仲良くやってくれればよかったんじゃが)
皇帝は、幼い頃のエアハルトを思い出した。
婚約が決まったとき、あの子はずいぶん不貞腐れていた。
どうして自分の結婚相手を自分で決められないのか、と。
(まあ、わかる。わかるぞ)
皇帝だって、若い頃は似たようなことを考えた。
皇族の婚姻が国家の都合で決められることくらい、頭では理解している。
それでも、自分の人生なのだから、好きにしたいと思う気持ちはわかる。
(じゃが、そこは我慢してのぉ)
エレオノーラ嬢と、ほどほどに仲良くしておけばよかったのだ。
何も、熱烈に愛し合えとは言わない。
互いの立場を尊重し、表向きは円満な夫婦として振る舞う。
それで十分ではないか。
(どうしても好きな相手がおるなら、妾でも囲えばよかろうに)
ところが息子は婚約を破棄し、星乙女を選んだ。
選んだのだが。
(……その星乙女とも、いまいちうまくいっておらんようじゃし)
アンナ・シュテルン。
銀河の危機に現れると伝えられる、伝説の星乙女。
その存在が重要であることは、皇帝も理解している。
しかし、息子の恋愛事情となると話は別だった。
(自分で選んだんじゃろう?)
(なんで、そっちまでうまくいかんのじゃ?)
(……どうしたいんじゃ、あやつは)
皇帝は、深く息を吐いた。
(こまったのぉー)
そのとき。
「いっそ、ヴァルテンベルク公女を皇太子妃候補に戻すという選択肢は──」
「今さらですか!?」
「そもそも婚約破棄を取り消せるのか!」
「公女本人の意思はどうなる!」
「星乙女への説明は!」
議場が再び騒然となった。
皇帝は静かに目を閉じた。
(いや、今さら戻ってきてくれるかのぉ)
開拓地の報告を見る限り、あの娘はずいぶん楽しそうである。いまは次々と新しいことを始めている。
追放された公爵令嬢というより、開拓事業に夢中な若い領主といった様子だった。
(帰ってこいと言っても、嫌がりそうじゃなぁ)
皇帝は、ふと考えた。
もしエレオノーラが帝都へ戻ってきたら、息子はどうするのだろう。
素直に謝罪するのか。
それとも、また意地を張るのか。
(……後者じゃろうなぁ)
─────
「静粛に! 静粛に願います!」
議長の声が議場に響いた。
「ノイエルデへの追加支援金につきましては、引き続き関係部門で審議を行います!」
ようやく、ひとまずの区切りがついた。
皇帝は、胸の内でそっと息をつく。
(終わったか)
皇帝は達観した。
少なくとも、今日これ以上息子の悪口を聞かなくて済むなら、それでよい。
「それでは、次の議題に移ります」
(おお、次じゃ次)
皇帝は姿勢を正した。
今度こそ、もう少し穏やかな話題であってほしい。
「帝国天文観測局より、銀河規模で観測されている宇宙冷却現象について、最新の報告がございます」
(……ん?)
議場中央の映像が切り替わった。
そこに現れたのは、帝国内の複数の恒星系を示す立体星図だった。
「近年、複数の恒星及び惑星において、中心核のエネルギー活動が低下する現象が確認されております」
先ほどまで騒がしかった議場が、静まり返る。
「個々の天体に限定された現象ではなく、広域にわたる変化である可能性が指摘されております」
星図に、次々と観測地点が表示されていく。
恒星。
惑星。
そして、さらに外国、遠方の星系。
皇帝は、その光景を眺めた。
(……宇宙の冷却?)
報告は続く。
「現時点では原因を特定できておりません。しかし、今後のエネルギー供給、惑星環境、さらには帝国全体の社会基盤に影響を及ぼす可能性が……」
(なんか、こっちも大変そうじゃなぁ)
先ほどまで、一つの惑星を心配していた。
今度は、宇宙そのものが寒くなっているらしい。
(……余の心配事、ちょっと規模が大きくなりすぎではないか?)
(こまったのぉー……)
エーデルシュテルン銀河帝国。
その最高権力者の苦悩は、今日も尽きないのであった。
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