29 親睦会ですわ! 後編
長くなったので
「公女殿下!」
地元住民の代表者が、エレオノーラに深々と頭を下げた。
「このたびは、本当にありがとうございます」
「まあ、どうなさいましたの?」
「私どもが、このような場所で暮らせるようになるとは、以前は想像もできませんでした」
代表者の言葉に、周囲の住民たちも頷いた。
「以前は、冬を越すだけでも大変でしたからな」
「今では仕事も増え、商店もできました」
「家族を呼び寄せた者もおります」
「それは素晴らしいことですわ!」
エレオノーラは心から喜んだ。
人口が増えるということは、それだけ生活の基盤が整いつつあるということでもある。
もちろん、問題がなくなったわけではない。
「ですが、公女殿下。やはり冬支度については、まだ心配もございます」
「ええ。わたくしも気になっておりましたの」
エレオノーラは表情を引き締めた。
「食料や燃料の備蓄は進んでおりますか?」
「各地区で準備を進めております。ただ、移民が増えた分、必要な量も増えておりますので……」
「そうですわよね」
暖房設備の整備、食料の確保、燃料の輸送。
人が増えれば、それだけ必要な物資も増える。
今は活気に満ちた街も、冬になれば厳しい寒さにさらされるのだ。
「必要なことがございましたら、遠慮なく行政窓口へお申し出くださいまし。皆様が安心して冬を越せるよう、できる限りのことをいたしますわ」
「ありがとうございます!」
「なんとお優しい!」
「公女殿下が領主で、本当によかった!」
「お、おほほほ!」
また褒められた。
(だから、まだ冬を越しておりませんのよーー!?)
エレオノーラは笑顔を保ったまま、心の中で叫んだ。
その後も住民たちとの交流は続き、今度は地元の司祭が挨拶に訪れた。
「エレオノーラ様。このたびのご尽力、心より感謝申し上げます」
「まあ、司祭様。ご丁寧にありがとうございます」
「人々の暮らしを守り、困窮する者に手を差し伸べる。そのお姿は、まことに尊いものでございます」
「そ、そんな、大げさですわ!」
「いえいえ。これほど多くの人々を救われたのです。ぜひとも、我々としてもお力になりたいと考えております」
「まあ! それは心強いですわ!」
エレオノーラの表情が明るくなる。
司祭もにこやかに頷いた。
「つきましては、今後の信徒の増加に備え、新たな教会の建立などもご検討いただければと……」
「教会?」
「はい。もし可能でございましたら、ご寄付なども――」
「お嬢様」
すっ。
いつの間にか、セバスティアンが隣に立っていた。
「そろそろ次の方がお待ちでございます」
「あら?」
「司祭様。本日は貴重なお話をありがとうございました。ご要望につきましては、所定の手続きを通じてご提出いただければと存じます」
「は、はあ……」
「それでは、失礼いたします」
完璧な笑顔。
完璧な礼儀。
そして、完璧な撤退だった。
エレオノーラはセバスティアンに案内されながら、小声で尋ねる。
「……セバスティアン?」
「はい、お嬢様」
「今、何か危険がございました?」
「新たな支出が発生する危険がございました」
「まあ!」
「お嬢様は、お願いされるとすぐに頷いてしまわれますので」
「そ、そんなことはございませんわ!」
「左様でございますか」
セバスティアンは微笑んだ。
エレオノーラは、そっと視線を逸らした。
(……危なかったですわ)
新しい教会。
もちろん必要になる日も来るだろう。
しかし、今はまだ冬支度の真っ最中である。
(お父様のお金にも限界がありますのよ……!)
─────
会場の外は、すっかり夜の冷気に包まれていた。
建物の窓から漏れる暖かな光が、舗装された通路を照らしている。
遠くからは、人々の笑い声と音楽が聞こえてきた。
ディートリヒは騎士機のコックピットにいた。
今夜の彼は招待客ではない。
空騎士としての警備任務である。
もっとも、特に異常もなく、会場周辺は平穏そのものだった。
ディートリヒは片手に持ったサンドイッチを頬張った。
「……うま」
マリーらが配りに来た軽食である。
なかなか豪華だった。
もう一口食べようとして、モニターの先、建物の窓の向こうへ目を向ける。
エレオノーラがいた。
艷やかな金髪を縦ロールに巻き、落ち着いた色合いの生地に金糸をあしらったドレスに身を包んでいる。
頭上にはルビーを中心にダイヤをあしらったティアラ。
遠目でもわかるほどきらきらと輝いている。
招待客たちと笑顔で言葉を交わすエレオノーラの姿。
煌びやかな舞台で輝く姫君そのものだ。
その近くには、アクセルとシャオの姿もあった。
アクセルは商会会頭。
シャオはユージン王族にして街区代表。
どちらも、この開拓地で重要な立場を持つ人物である。
だから、ああして彼女のそばに立っている。
ディートリヒは、しばらくその光景を眺めていた。
普段は、エレオノーラと話す機会も多い。
護衛としてそばに控えることもあれば、秘書の見習いでもある。仕事で会話をする機会は多い。彼女は身分の違いなど気にせず、気さくに声をかけてくれる。
それでも、こういう場所に来ると、思い知らされる。
自分は平民出身の騎士。
お嬢様は帝国三大公爵家の令嬢。
住む世界が違う。
当たり前のことだった。
「……まあ、そういうもんだよな」
小さく呟いて、サンドイッチにかぶりつく。
別に、警備任務が嫌なわけではない。
むしろ、自分にはこちらのほうが性に合っている。
華やかな会場で貴族や企業経営者を相手に話すより、騎士機に乗っているほうがずっと気楽だ。
そう思っていると、回線から声がした。
『おい、バウアー』
「ん?」
『なあ、お前さ』
「なんだよ」
『お嬢様のお気に入りなんだろ?』
「……まあ、よくしてもらってるけど」
『なのに招待されてねえの?』
「俺は警備担当だし」
『いや、そうじゃなくてさ』
『お前、結構仲いいだろ? 顔パスで入れるんじゃないのか?』
「立場が違うよ」
ディートリヒは苦笑した。
「俺は平民で、ただの空騎士だし。ああいう席に呼ばれるような人間じゃないって」
『…………』
同僚が黙った。
ディートリヒは残りのサンドイッチを口に運ぶ。
「……なんだよ」
『かわいそうになぁ!!』
「は?」
『飲むか!?』
『ヤケ酒か!?』
別の同僚の声が割り込む。
どうやらオープン回線だったようだ。
周囲の警備兵たちにだだ漏れである。
「おい」
『いいんだぞ! 俺たちはわかってるからな!』
「何がだよ!」
『振られた男の気持ちくらい、わかるって!』
「誰が失恋したんだよ!?」
同僚は豪快に笑った。
ディートリヒは呆れた顔をする。
「だいたい勤務中だろ。酒なんか飲めるか」
『じゃあ終わってからな!』
「だから、そういう話じゃねえって!」
『バウアーを慰める会か!?』
『あくまで名目は』
『お嬢様に振り回されておつかれさま会だろ』
『俺は結構期待してたんだけどなー』
同僚たちがどんどん会話に混ざる。
ディートリヒも、つられて少し笑った。
窓の向こうでは、エレオノーラが歓談している。
アクセルが笑い、シャオが涼しい顔で何かを言い返していた。
相変わらず、賑やかな人たちだ。
「……ま、楽しそうで何よりだよ」
ディートリヒはそう言って、サンドイッチの最後の一口を食べた。
そして、ヘルメットを被り直す。
「そろそろ戻るぞ」
『へいへい。かわいそうなディートリヒ君』
「しつこい!」
─────
「……なるほど。では、そちらの商品を当店でも取り扱えるかもしれませんな」
「ぜひ一度、詳しいお話を!」
「輸送については、こちらの商会に相談してみましょう」
「ユージン街区でも需要がありそうですな」
あちこちで、自然と商談が始まっていた。
企業オーナーが商店主と話し、街区代表が住民たちと意見を交わす。
料理を囲んで談笑していた人々が、いつの間にか新しい仕事の相談を始めている。
エレオノーラは、その様子を少し離れた場所から眺めていた。
誰かが指示したわけではない。
エレオノーラが仲介したわけでもない。
それでも、人々は自分たちで交流し、新しい関係を築き始めていた。
(……不思議ですわね)
エレオノーラは、そっと会場を見渡した。
最初にノイエルデへやって来たとき、ここには何もなかった。
厳しい自然環境と、わずかな施設。
開拓に必要なものは、ほとんど一から用意しなければならなかった。
それが今では、こんなにも多くの人が暮らしている。
企業があり、商店があり、街区がある。
住民たちは仕事を持ち、家族と暮らし、冬を迎える準備をしている。
もちろん、問題は山積みだ。
財政は厳しく、行政も人手不足。
インフラ整備も追いついていないし、冬を無事に越せるかどうかもわからない。
それでも。
「……ちゃんと、街になってきましたのね」
エレオノーラは小さく呟いた。
ただ人が集まっただけの開拓拠点ではない。
人々が暮らし、働き、互いに関わりながら生活する場所。
ノイエルデに、一つの社会が生まれつつある。
その事実が、何より嬉しかった。
「お嬢様」
セバスティアンが、静かに声をかけてきた。
「本日の親睦会は、皆様に大変ご好評をいただいております」
「そうですのね!」
「はい。すでに新たな商談もいくつか始まっているようでございます」
「まあ! 開催してよかったですわ!」
エレオノーラは満面の笑みを浮かべた。
「皆様が仲良くしてくださるのが、一番ですもの!」
「……左様でございますね」
セバスティアンも微笑んだ。
その背後では、ジュリアが追加の食器を運び、マリーが料理の残量を確認している。
少し離れた場所では、ネーベルがまだ端末を操作していた。
「……この費目、なぜ二重に計上されているんですか」
監査役の夜は長い。
アクセルとシャオは、相変わらず笑顔で何やら牽制し合っている。
そして、会場の外ではディートリヒたち、軍人が警備を続けていた。
それぞれが、それぞれの立場で、この街を支えている。
エレオノーラは、そのすべてを知っているわけではない。
今夜も、華やかな会場で楽しそうに笑っている。
「さあ、セバスティアン! 次はどなたにご挨拶いたしましょう!」
「お嬢様。そろそろお休みになられては?」
「まだまだ元気ですわ!」
「……左様でございますか」
セバスティアンは、ほんのわずかに肩を落とした。
そして、次の招待客へと歩き出す。
開拓地ノイエルデ。
かつての流刑地は、少しずつ、人々の暮らす街へと姿を変えていた。
その中心にいる新米領主は、今日も元気いっぱいである。
なお、彼女を支える者たちが全員元気かどうかは、また別の話だった。
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