27 アンナSide 西陽に照らされて
皇城のバルコニーに、午後の光が差していた。
「それで、ホームズさんがわたしたちをエドワード王子の元に案内してくれて」
「猫が?」
「はい。とっても賢い子で」
アンナが身振りを交えて話すと、エアハルトが笑った。
金の髪に、王青の瞳。長身の皇太子が少しかがみ、彼女の言葉に耳を傾けている。
アンナも楽しそうだった。
旅先で見たもの、出会った人々。思い出すたびに、その表情が明るくなる。
ストロベリーブロンドの髪が陽光に透けている。
西日を浴びた二人は、絵画のように華やかで眩かった。
少し離れた場所で、アルブレヒトはその光景を見ていた。
アンナが笑う。
エアハルトへ向けて。
嫉妬、熱望、憎しみ。
真紅の瞳だけがひどく冷えていた。
「君もそんな顔をするんだね」
背後から声がした。
振り返ると、エドワードが立っていた。妙なものを見つけたという顔で、こちらを眺めている。その腕の中にはこちらを見つめる黒猫。
「アルビオンの王族は、覗き見がご趣味か」
「失礼だな。人間観察だよ」
「そうか。ならば別の人間を観察するといい」
アルブレヒトはマントを翻し歩き出した。
エドワードもついてきた。
「君も、みんなも。アンナ嬢のことが本気で好きなんだね」
「……私は、我が主星を救っていただいたご恩がある」
「それだけ?」
アルブレヒトは目を伏せた。
「それだけが、どれほど大きなことか。貴殿は分かっておられない」
廊下に、二人分の足音が続く。
エドワードは肩越しにバルコニーを見た。
「でも、あそこに立ちたいとは思うんだろう?」
アルブレヒトの足が止まった。
ほんの一瞬だった。
すぐに歩きだしたが、エドワードには十分だったらしい。
「君は分かりやすいね」
「何がだ」
「彼女が欲しいのか、彼女に仕えたいのか。自分でも分かっていない」
アルブレヒトが、今度ははっきりと顔をしかめた。
「随分と知ったような口を利く」
「人間観察が趣味だからね」
「悪趣味だな」
「よく言われる」
エドワードは悪びれもしない。
アルブレヒトは息を吐き、窓の外へ目を向けた。
幾つもの飛行艇が空を行き交う。
「貴殿には、ただの一つの惑星に見えるのだろう」
エドワードは口を閉じた。
「だが、あそこには私の家がある。領民がいる。墓がある。歴史がある」
雪に覆われた故郷。
暗い空。
アルブレヒトは生まれてから故郷の陽光をまともに見たことがなかった。
そして、雲間から差した光の中で振り返ったアンナ。
「それを、彼女は救った」
アルブレヒトは、窓辺から視線を戻した。
「……あれを受けた者に、忘れろという方が無理だ」
エドワードは顎を撫でた。
(なるほど。恋というより、信仰に近いね)
目の前の青年は、先ほどまでの不機嫌を抑えていた。
故郷の話なら、まっすぐに語れるらしい。
バルコニーで笑う彼女の話には、答えなかったのに。
エドワードは、ちらりと来た道を見た。
ここからはもう、二人の姿は見えなかった。
アルブレヒトもその目線を追った。
「……くだらない」
小さく言って、アルブレヒトは再び歩き出した。
あのくだらない男に。
中身はないくせに、見た目だけは全て揃えた男に。
アンナは相応しくない。
ただ、それだけだ。
─────
翌朝。皇城の一角の飛行場。
アンナ一行が、飛行艇へ乗り込んでいく。
見送るエアハルトの後ろには、侍従のオスカー。
そして、なぜかエドワードと家臣のキースと黒猫ホームズがいた。
「……君は乗らないのか」
「うん。こっちの学校に留学することにしたんだ」
散歩の行き先でも決めたような口調だった。
エアハルトが振り向く。
「留学?」
「ここなら星乙女の情報も、いち早く手に入りそうだしね」
皇太子の眉が、ぴくりと動いた。
オスカーは、その動きを見なかったことにした。
「アルビオン王家のご子息を我が国の学府で迎えられるのは、帝国としても喜ばしい」
エアハルトは、皇太子らしい笑みを整えた。
「両国の交流がより深まることを期待している」
「ありがとう。僕も楽しみだよ」
「……もっとも、我が国を星乙女の情報源として扱うのは感心しないがな」
エドワードは、にこにこしていた。
「怖いなあ。純粋な知的好奇心だよ」
「…………」
エアハルトが次の言葉を探したところで、飛行艇の駆動音が高まった。
窓の向こうからアンナが手を振っている。
エアハルトも笑顔で応じた。
隣では、エドワードが遠慮なく大きく手を振っている。
「気をつけてねー!」
エドワードの傍らから、ホームズがするりと抜け出した。
閉まりかけた扉の隙間へ、尻尾まで入り込む。
扉が閉まり、飛行艇がふわりと浮く。
見上げる間にも機体は高度を上げ、アンナの姿は窓の向こうへ小さくなっていった。
帰ってきたと思ったら、もう出発である。
また彼女は、手の届かぬところへ行ってしまった。
こちらには、情報目当ての王子が残った。
─────
その頃──
エレオノーラのプレハブ執務室。
机の向こうで、トカゲ人のミー・ディが金色の眼をぱちぱちさせていた。背嚢には巨大卵。ディートリヒが倒した竜の素材はほとんどギルドへ売却されたが、こちらは残った。
「……それで、こちらをどういたしましょう」
ネーベルが尋ねた。
『食べないのですか?』
「その話は終わりましたわ!」
ミー・ディは保健課で保護し、暖かい越冬場所を用意することになった。
『さすが神の国! 常春! 女神様のおそばで冬を越せる!』
「保護ですわ。参拝ではございませんわ」
卵は専門家へ確認する。返すか、育てるか、引き渡すかも調査待ちだった。
「姫さんが抱いて温めりゃいいんじゃねえか?」
アクセルが笑う隣で、シャオも頷く。
「うちの国やったら、竜の卵の料理もありますけどなぁ」
「わたくしを何だと思ってますの?」
食べないと断っただけなのに、保護場所、食事、卵の管理まで仕事になった。セバスティアンが淡々と書き留める間、ミー・ディだけが喜んでいた。
『女神様は、貢ぎ物ごとわたしをお迎えくださった!』
「預かっただけですわーー!!」
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