25 ブーストモードで倒そう!
24話とタイトルを入れ替えました。
『よし! こちらを見た!』
「そのまま郊外へ! 街側へ回さないでください!」
僚機の射撃が、竜の前方を走った。
巨大な頭が振れる。
ディートリヒも、人型形態の騎士機から射撃を続けた。
撃って、下がる。
向き直れば、別の機体が注意を引く。
竜の進路を少しずつ変え、市街地から離していく。
だが、相手の歩幅が大きすぎた。
こちらが必死に距離を取っても、向こうは数歩で詰めてくる。翼を広げられるたび、左右へ展開した機体が押し出されそうになった。
「もう少し……!」
建物から距離が開く。
まだ足りない。
あの巨体が倒れても、街に届かないところまで。
ディートリヒは盾を前へ出し、竜の視界を横切った。
牙が閉じる。
機体のすぐ後ろで、空気が鳴った。
『おい、無理ならかわってやろうか?』
別の機体が、横から割り込んできた。
ギルド所属戦闘用ゴーレムだった。
頼もしい申し出ではある。
ただ、今は返事をしている間にも、竜がこっちを噛もうとしている。
「まず右側へ! 市街地へ戻さないようにお願いします!」
『おう。で、倒せんのか?』
「それを今──」
『さぁ! やるんじゃあ! わしの成果を見せつけちゃれい!』
さらに通信が割り込んだ。
オットーだ。
竜の咆哮に負けない声量だった。
『ブーストモード! 帝国デビューじゃああああ!!』
「ああ、もう! わかりましたよ! 耳元で怒鳴らないでください!」
ディートリヒは、コンソール脇を見た。
赤いボタン。 正直、忌々しい。
竜は、市街地から離れた。
ここで止める。
「前方、空けてください!」
『バウアー?』
「突っ込みます!」
機体が盾を構える。
騎士剣を握り直す。
ディートリヒは、赤いボタンを押した。
「ブーストモード、オン!」
青い表示が、赤へ変わった。
魔導炉の出力が跳ね上がる。
機体各部のスラスターが唸り、青白かったエーテル光が、一斉に真紅へ染まった。
─────
プレハブの屋上で、エレオノーラが跳ねた。
「赤! 赤ですわーー!」
遠方を飛ぶ騎士機が、鮮やかな真紅の尾を引いている。
あれがブーストモード。
訓練を重ねた推しの、新しい戦い方だった。
「まああ! 速い! ご覧になって! あんなに!」
「見てる見てる! なんだよあれ!?」
アクセルは笑いながらも、赤い光を目で追っていた。
シャオも、リヒトシュタープを振る手を少し緩める。
「……へえ。あないに変わるんか」
「ですから、応援ですわ!」
エレオノーラが両腕を振り上げた。
「ディートリヒーー! いけますわーー!」
ジュリアも隣で光を振った。
マリーは、相変わらず死んだ目でうちわを振っている。
「お嬢様、せめて屋上の端からは離れて……!」
風に髪を揺らしながら、エレオノーラは全力で応援していた。
─────
一方、そのディートリヒは、操縦席で歯を食いしばっていた。
盾の角度を合わせ、ブレードを構える。加速に合わせて魔力を通し、竜の動きから目を離さない。
僚機はどこか。
突進先に、誰もいないか。
押し負けたとき、街側へ抜かれないか。
まさかプレハブの屋上で、主君が光る棒を振っているとは知らない。
「ここで……止める!」
ディートリヒは盾を前へ押し出した。
赤い光が、空を引き裂いた。
盾を前面へ。
ブレードを、その脇へ。
竜の胸元へ、正面から飛び込む。
激突した。
「っ!」
衝撃が、腕から肩へ突き抜けた。
機体が軋む。
全天モニターが震える。
盾の向こうを、鱗が埋め尽くした。
押せる。
そう思った直後、竜が踏ん張った。
巨大な首が下がり、全身の重みがこちらへかかる。
「うわっ……!」
押し返された。
赤い噴射光が長く伸びる。
推力を上げても、前へ進まない。
あの大きさだ。
ブーストを使えば、何でも簡単に吹き飛ぶわけではなかった。
警告音が鳴った。
赤い画面に、赤い警告が増える。
『いけぇぇぇぇ!』
「見ればわかるでしょう、今いってるんですよ!」
歯を食いしばったまま叫ぶ。
竜の爪が動く。
盾へ、さらに圧力がかかった。
姿勢がずれれば、押し潰される。
ここで退けば、また街へ向かうかもしれない。
ディートリヒは、操縦桿を握り直した。
機体へ伸ばした感覚を、さらに深く通す。
盾。
腕。
騎士剣のブレード部分。
その先へ。
「魔力解放!」
ディートリヒの身体から、魔力が立ちのぼった。
握った操縦桿を介し、機体へ一気に流れ込む。
灰青の瞳に、オパールのような輝きが宿った。
モニターを、白い筋が走る。
ブレードの光が、変わった。
赤から、白へ。
竜の身体が、わずかに押し戻された。
「おおおおっ!」
ディートリヒは、盾を押し込んだ。
空いたところへ、ブレードを進める。
止まらない。
先ほどまで押し返してきた巨体へ、光の刃が入っていく。
鱗が焼け、刃の通る場所から白い光が噴き出した。
押しているだけではなかった。
凄まじいエネルギーが、竜の身体を焼き切っていた。
ディートリヒは、機体ごと踏み込んだ。
「いけえっ!」
ズバァァァン!!
白い斬撃が、巨体を走り抜けた。
竜が大きく仰け反る。
その向こうへ抜けたディートリヒ機が、赤い噴射光を引いて反転した。
巨大な身体が傾く。
地面が揺れた。
巻き上がった土煙の向こうで、翼が落ちる。
ディートリヒは盾を構えたまま、動きを見ていた。
一秒。
二秒。
竜は、起き上がらなかった。
─────
「……対象、沈黙」
ディートリヒは息を吐いた。
指が、操縦桿を握った形のまま固まりかけている。
ゆっくり力を抜き、機体の状態を確認した。
警告は今も出ている。
だが、立っている。 少なくとも爆発はしない、はずだ。
『おいおい、マジかよ……』
ギルド機の操縦者が、呆然と呟いた。
『なんだよ、エーテル光が赤って……』
その驚きは、よく分かる。
ディートリヒ自身、初めて見たときは同じように驚いた。
その後、毎日乗せられたので、見慣れたが。 操作性には慣れたとは言い難い。
『見たかあああ!』
オットーの声が響いた。
たいへん元気だった。
こちらの呼吸が整うより先に、次の言葉が来た。
『皆もブースト改造したいもんはおらんか!?』
「もう少しわきまえてください!」
倒したばかりである。
竜も、まだ温かそうである。
現場で営業を始めないでほしかった。
ところが、通信に別の声が入った。
『……俺もやってもらおうかな』
僚機からだった。
ディートリヒは顔を上げた。
「ちょっ」
『俺も』
もう一人。
「待ってください。今の見てました?」
『見てたよ! すげぇー!』
速かった。
凄まじい出力だった。
そして、あの巨体を斬り倒した。
希望する理由は、十分だったらしい。
乗っている間の警告音まで、外には聞こえていない。
『おい、その技術、民間には!?』
ギルド機まで食いついた。
『ほっほっほ! 興味があるかの!』
「オットーさん!」
『これがシュタインしゅペシャルじゃあ!』
ちょっと噛んだ。
ブーストモード、帝国デビュー。
どうやら、成功したらしい。
ディートリヒは、操縦席で額を押さえた。
明日の訓練がさらに過酷になるのが、今から想像がついた。
─────
一方、領府では。
エレオノーラが、巨大な卵を見つめていた。
巡礼者ミー・ディは、その横に膝をついている。
まず、どこから持ってきたのか。
どうして持ってきたのか。
途中で、親らしきものに追いかけられなかったのか。
そして何より。
「どうして、わたくしへ?」
ミー・ディが顔を上げた。
首の翻訳機から、あの可愛らしい声が響く。
『ミー、凍え死ぬ前に、女神様にわたしと竜の卵を食べてください!』
「遠慮いたしますわ!」
即答した。
ミー・ディの口が、開いた。
ぽかん、と。
「ぶっ」
アクセルが吹いた。もはや何でも面白い年頃かもしれない。
「熱心な信者さんやなぁ」
シャオは感心しきりだ。
エレオノーラも、しばらく相手を見つめた。
聞き間違いかと思ったが、今のは、はっきりしていた。
卵だけではない。
わたしと、竜の卵。
巡礼者ご本人も、含まれていた。
「なぜ、ご自身まで召し上がらせようとなさいますの!?」
可愛らしい声で頼まれても、内容が可愛らしくない。
女神と呼ばれるだけでも困るのに、供物の受け取りまで求められていた。
「食べませんわよ!?」
念のため、もう一度伝えた。
ミー・ディは、まだ口を開けていた。
やがて、ゆっくりと卵へ顔を向ける。
その表面へ手を置き、もう一度、エレオノーラを見上げた。
期待は、消えていないようだった。
エレオノーラは、首を横に振った。
「お断りいたしますわ」
ミー・ディが静止した。
職員も、セバスティアンも、その様子を見守っていた。
サイレンの音が、遠くに聞こえる。
長い巡礼の末に、ようやく辿り着いた女神の前で。
ミー・ディは、ぽつりと言った。
『死ぬしかない』
「ああーー!! 誰か!!」
エレオノーラが振り返った。
「誰か、説明を! 食べられなくてもよろしいと、説明してくださいまし!」
職員が慌てて膝をつく。
アクセルはもう立っていられなかった。床で笑い転げている。
「はぁ、姫さんとこいると毎日飽きひんわぁ」
ミー・ディは、すっかり項垂れていた。
こちらを訪ねてきたときには、あんなにも嬉しそうだったのに。
食べないと言ったら、絶望された。
エレオノーラは扇を握りしめた。
卵をどうするか。
そのうえ、目の前の巡礼者を、どう励ますか。
領主の仕事は、今日も増えていた。
「わたくしに食べられないことを、そんなに悲しまないでくださいましーーーー!!」
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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