23 絶対これですわー!
その少し前。
領府、プレハブ執務室。
エレオノーラは、今日も忙しく書類仕事を進めていた。
少なくとも、部屋の主はそうである。
「はあ……次から次へと、どうしてこんなに書類が増えるんですの?」
署名を一つ終えたところで、また別の書類が差し出される。
人口が増えれば申請が増える。建物が増えれば許認可が増える。ようやく執政官を確保したというのに、仕事が減る気配はまるでなかった。
そんな執務室のソファでは、アクセル・ヴォルフが長い脚を投げ出し、我が物顔で寝転がっていた。
「あー、暇だな」
「暇ならお仕事なさいませ!」
「ここ、俺の職場じゃねえし」
「だったらご自分の職場へお帰りなさい!」
「姫さん、客に冷てえなあ」
「毎日いらっしゃる方を客とは呼びませんわ!」
しかも、今日はもう一人いる。
丸テーブルの前では、鮮やかな長袍をまとったルオ・シャオが、優雅に茶をしばいていた。
「ここのお茶は出がらしやけど味が深うてよろしおすなぁ」
「それ、褒めていらっしゃるの!?」
「もちろんやで」
シャオはにっこりと微笑み、空になった茶碗を差し出した。
「おかわり、いただけます?」
「出がらしのおかわりを要求しないでくださいまし!」
まったく、どうして執務室はこんなことになってしまったのか。
なお、部屋の隅ではアドリアン・ネーベルが書類の山に埋もれていた。朝から一度も顔を上げていない。
─────
エレオノーラが頭を抱えていると、セバスティアンが一枚の資料を持って近づいてきた。
「お嬢様、サウロイド種が街に現れたそうです」
「サウロイド?」
エレオノーラが書類から顔を上げる。
セバスティアンが差し出した資料には、トカゲに似た二足歩行の生物が映っていた。
「ああ! ノイマン家のご子息が揉め事を起こした島の、方々でしたわね!」
あの、勝手に島を自分のものだと言い張った男だ。
住民と揉め、翼竜の巣を荒らし、救援中に発砲までした。
思い出すだけで、追加の仕事が来そうだった。
その島に暮らしていた先住知的種族。
人類学者によって、ノイエルデ・サウロイドと名付けられたと聞いている。
「交流が進んでいるのは、よろしいことではなくて?」
「はい。ただ、彼らの生息北限を超えております。保健課で保護、また何らかの事情があるものとして、確認を進めておりますが……」
「が?」
「どうしても、お嬢様にお会いしたいとのことでございます」
「わたくしに?」
エレオノーラは資料を見直した。
「では、お会いいたしましょう」
そう言って、立ち上がったとき。
「こちらです」
職員に案内され、部屋へ入ってきた。
トカゲ型の、小さな客人。
背中には、大きな背嚢。
身体に対して、かなり大きな荷物だった。
客人はエレオノーラを見るなり、ぱっと両手を上げた。
「キャ!」
「まあ、ごきげんよう」
「だめですよ。まだ約束のお時間では……」
セバスティアンの制止は、間に合わなかった。
客人が、両膝をついた。
頭を下げる。
両手を上げる。
下げる。
上げる。
もう一度、深々と頭を下げた。
「…………」
エレオノーラは止まった。
挨拶だろうか。
文化が違えば、礼儀も違う。
こちらにとってのカーテシーに当たる作法なのかもしれない。
そう考えてみたが、目の前の動きは、あまりにも分かりやすかった。
「……礼拝ではなくて?」
職員が、困った顔で頷いた。
否定してほしかった。
「どういうことですの!?」
その瞬間。
「ぶっ……!」
ソファから奇妙な音が聞こえた。
アクセルだった。
片手で口を押さえ、必死に笑いを堪えている。
「あれから……お前、あいつらの神様で定着してんのかよ……!」
「知りませんわよ!」
「ぶはははははっ!!」
とうとう我慢できなくなったらしい。
アクセルはソファの上で身体を折り曲げ、腹を抱えて笑い始めた。
「笑ってないで助けてくださいまし!」
「無理だ! ひいっ、腹いてえ!」
まったく助ける気がない。
シャオまで感心したように頷いている。
「まあまあ、えらい人気やなぁ。神様やなんて」
「だから違いますのよ!」
「ほな、拝観料でも取らはったら?」
「取りませんわーー!!」
セバスティアンが静かに咳払いをした。
「皆様。まずはお客様のお話を伺いましょう」
さすがセバスティアン。
この部屋で唯一、まともな大人である。
職員が、言いにくそうに切り出した。
「それが、どうしても死ぬ前に……お嬢様に、お会いになりたいと」
「死ぬ前?」
急に、面会の重さが変わった。
申請か相談かと思って来たら、今生の別れになっている。
エレオノーラはセバスティアンを見た。
セバスティアンも、客人を見ていた。
アクセルも笑うのをやめ、ソファから上半身を起こした。
「何だ、病気なのか?」
「いえ、それも含めて確認中でして……」
生息北限を超えてまで、この小さな身体でやって来たという。
何かよほどの事情があるに違いない。
その間にも、礼拝は続いている。
「と、とにかく、お話を」
「はい。こちらをお使いいただきます」
職員が自分の首にかけていたネックレス型の魔導翻訳機を外した。
客人の首へ、そっとかける。
小さな機器に光が灯った。
次の瞬間、可愛らしい女の子の声が響いた。
『おお! 偉大なる女神様!』
「女神様!?」
『わたしはついに至りました! 神のおわす地に!』
客人は、感激していた。
翻訳された声だけ聞いていれば、可憐な少女との感動的な出会いである。
実際には、トカゲ人に拝まれている。
そして、場所は人手不足の領府プレハブだった。
「こちら、役所ですわよ?」
『わたしは巡礼者ミー・ディ』
名乗った。
役所については、聞き流された。
「巡礼……」
エレオノーラは、その言葉を繰り返した。
南の島で平伏されたときにも、何か誤解されているのではないかとは言われた。
ところが、今度は参拝に来た。
わざわざ、生息北限を超えて。
「ミー・ディさん。まず、女神という点について……」
『供物を貢ぎにきました!』
「供物?」
話を聞いてほしい。
ミー・ディは背中の大きな背嚢を下ろした。
大事そうに床へ置き、留め具を外していく。
アクセルがソファから身を乗り出した。
「供物? 食いもんか?」
「ちょっと、アクセル! 神様への貢ぎ物を食べようとしないでくださいまし!」
「お前、神様じゃねえんだろ?」
「そうですけど!」
シャオも興味深げに覗き込んでいる。
「大きな荷物やなぁ」
背嚢が開いた。
エレオノーラは、思わず口を閉じた。
卵。
確かに、卵だった。
しかし、その大きさは常識をはるかに超えていた。
「……大きくありませんこと?」
「おいおい。これを背負って歩いてきたのかよ」
「小さな身体で力持ちやなぁ」
シャオが感心している間も、後ろでネーベルは書類を処理していた。
ミー・ディは誇らしげに両手を添えている。
ついに届けた。
そんな達成感が、小さな身体いっぱいに満ちていた。
エレオノーラは卵を見た。
ミー・ディを見た。
もう一度、卵を見た。
どうみても、卵のほうが大きい。
このトカゲ人が産んだとは、到底思えない。
何の卵かと考える前に、よくこれを背負ってきたものだと思った。
そのとき、サイレンが鳴った。
部屋の全員が顔を上げる。
別の職員が、慌ただしく駆け込んできた。
「大変です! 大型竜がこちらに向かっています! 避難してください!」
「大型竜だと!?」
アクセルが立ち上がった。
「この束を処理したら、避難します」
ネーベルがやっと口を開いた。
セバスティアンは即座に端末を操作し、状況の確認を始める。
シャオも茶碗を置き、窓の外を眺めた。
「…………」
エレオノーラは、ゆっくりと卵へ目を戻した。
市街地へ来た竜。
生息範囲を離れてきた巡礼者。
くりくりした大きな瞳。可愛い。
そして、巨大な卵。
扇を握る手に、力が入った。
「絶対これですわーーーー!!!」
追加で登場人物まとめがあります。まだ四章は続きます。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
「皆さま、ご覧あそばせ! 画面の下にある【☆☆☆☆☆】評価と【ブックマーク】は、我が惑星を開拓するための貴重なエネルギー資源ですわ!」
「……ええ、維持費もガチャ代もシャレになりませんので、何卒ポチッとよろしくてよ!」
ご感想もお待ちしておりますわー! おーっほほほ!




