21 お待ちしておりましたわーーー!
実家──公爵家から、追加予算を得る見通しが立った。
ありがたい。
たいへんありがたい。
これで、ようやく息がつける。
「お嬢様、移民登録の確認を」
「こちら、地区ごとの住民数に差が出ております」
「冬季備蓄の申請も届いております」
つけなかった。
エレオノーラは、机に追加された書類を見つめた。
お金は来る。
仕事も来る。
仕事をする人間だけが来ない。
ノイエルデの人口は、相変わらず増え続けていた。正式な入国手続きを経ていない住民までいるため、正確な人数を把握するだけでも大仕事だ。
家が建つ。人が住む。申請が届く。
確認している間に、隣にも家が建つ。
「皆様、もう少しゆっくり増えてくださいませんこと!?」
領主の願いが移民船へ届くことはなく、今日も面談の時間が来た。
執政官。
領地運営を任せられる、経験豊富な貴族。
今度こそ、来てほしい。
エレオノーラは背筋を伸ばし、扉を見つめた。
開く。
黄色。SR。
「き、貴族ですのーー!!」
入室した男性が、片足を止めた。
まだ名乗っていない。
セバスティアンが、さりげなくエレオノーラの前へ資料を置いた。
「ベネディクト・フォン・ヴァイス様でございます」
男性はすぐに姿勢を整え、優雅に一礼した。
「お初にお目にかかります、公女殿下」
落ち着いた、よく通る声だった。
ゆるく流した栗毛に。綺麗に整えた顎髭。
穏やかな灰色の瞳。
成熟した美貌に、余裕のある立ち居振る舞い。シャツの胸元は第二ボタンまで開いているが、本人があまりにも自然なので、そういう正装だった気さえしてくる。
エレオノーラは、顔を見た。
胸元を見た。
もう一度、顔を見た。
(ベンおじですわーー!!)
原作『ホリスタ』のSRキャラクター、ベネディクト。
SRにも出番はある。低レアリティしか使用できないイベントや、特効を持つイベントでは頼りになる。ただ、普段の編成はどうしてもSSR中心だった。
ベネディクトもSR後衛の一人だったが、話題になった理由は戦闘性能ではない。
限界突破すると、第三ボタンが開く。
能力も上がる。
胸元も開く。
なぜそこへ差分を用意したのか。
当時、偉羅も画像を凝視した。
本当にもう一個、開いていた。逞しい大胸筋と谷間がはっきり観測できた。
なぜ、世の男性は女性の胸元が好きなのか、理解できてしまった。
面白いうえにセクシーおじだった。
「我がヴァイス伯爵家は、長くヴァルテンベルク公爵家のお世話になっております」
本人は、真面目に挨拶を続けていた。
エレオノーラは慌てて意識を胸元から戻す。
ヴァイス伯爵家。
父の寄子貴族である。
ようやく来た。
待ち望んでいた、貴族の応募者だ。
「私は次男として、長年、兄の領地運営を支えてまいりました。今回はこちらで、自ら采配を振るう機会をいただければと」
ベネディクトが、経歴をまとめた資料を差し出した。
行政実務。
領内の各所との調整。
読み進めるほど、エレオノーラの姿勢が前のめりになる。
できる。
今、困っている仕事が、できる。
「妻子も伴っております。弟も同行しておりますので、いずれご挨拶を」
「お待ちしておりましたわーーー!!」
ベネディクトが、また少し止まった。
歓迎されている。
それは、よくわかった。
─────
「それで、ご希望は?」
エレオノーラは、もうペンを持っていた。
セバスティアンの視線が、ペン先へ向く。
ベネディクトは静かに頷いた。
「公女殿下のお手元で、新たな土地を育てる役目をいただきたく存じます。端的に言えば、担当地区が欲しいです」
「ふむ、問題なくってよ」
「お嬢様、早すぎませんか」
「手がつけられないほど広いから、いくらでも!」
エレオノーラは両手を広げた。
惑星一個である。
街区が増えた程度で、端から端まで目が届く広さにはならない。父だって、公爵領のすべてを一人で直接管理しているわけではなかった。
任せられる人には、任せたい。
できれば今日から。
可能なら、今この机にある書類から。
「独立した領地をいただきたいということではございません。あくまで、閣下の統治のもとで担当する地区を」
「ええ、ええ! 承知しておりますわ!」
ベネディクトは説明を終える前から、何度も頷かれていた。
セバスティアンが、静かに資料を一枚差し込む。
「担当地区、行政権限、予算や税制については、順次協議させていただきます」
「もちろんです。私も、そのつもりで参りました」
話が通じる。
条件はこれから詰める。
そのことについても、話が通じる。
エレオノーラは胸の前で手を組んだ。
(ベンおじ……! あなた、こんなに頼もしい方でしたのね……!)
第三ボタンのことしか覚えていなくて、申し訳なかった。
─────
「それから、私の弟も」
「弟?」
ベネディクトの紹介を受け、もう一人の男性が入ってきた。
「テオドール・フォン・ヴァイスと申します」
丁寧な一礼。
整った服装。
若々しい声。
肩から上は、影に沈んでいた。
「…………」
エレオノーラは瞬きをした。
窓からの明かりが、テオドールの肩へ差している。顔も明るくなるはずだった。
ならない。
影が濃い。
顔だけ、徹底的に見えない。
(顔面未実装ですわーー!!)
顔面未実装。モブなのかそれとも高レアなのかすら判別がつかない。
なお、エレオノーラはまだ知らないが、同じ影を背負った男がもう一人いる。
アクセルの弟である。
エレオノーラがそう判断している間にも、テオドールは普通に挨拶を続けていた。
「兄を補佐し、私もお役に立てればと存じます」
「弟は実務にも長けておりまして。未婚ですので、身軽に動けます」
ベネディクトが穏やかに付け加える。
セバスティアンも資料を確認し、何事もなく頷いた。
顔について言及する者はいない。
エレオノーラも、考えるのをやめた。
名前がある。
会話ができる。
仕事もできる。
(問題なし!)
「歓迎いたしますわ!」
テオドールが、改めて頭を下げた。
表情は見えない。
歓迎は伝わったようだった。
─────
ベネディクトの着任が決まった。
具体的な担当範囲や条件は、これから調整する。それでも、経験豊富な貴族と、有能な弟を確保できた意味は大きい。
面談を終えたエレオノーラは、椅子の背へ身体を預けた。
「ようやく……ようやくですわ……」
領地運営の話ができる。
行政を任せられる。
胸元は少し開いているが、そんなことは問題にならない。
そのとき、端末が鳴った。
ベネディクトからのメッセージだった。
「まあ、早速?」
エレオノーラは、期待を込めて開いた。
『エラちゃん、今日は面談アリガトウ! ベンおじさん、とっても嬉しかったヨ。これから一緒にガンバロウねッ!』
文末に、満面の笑顔。
薔薇。
投げキッス。
「…………」
エレオノーラは送信者を確認した。
ベネディクト・フォン・ヴァイス。
先ほどまで、落ち着いた声で領地運営を語っていた男性である。
続きを読む。
『お仕事イッパイで大変だネ。ちゃんとゴハン食べてるカナ? 困った時は、いつでもベンおじさんに連絡してネ。飛んでいっちゃうゾ! ナンチャッテ!』
笑顔が増えた。
薔薇も増えた。
最後には、赤いハートが並んでいた。
「……セバスティアン」
「はい」
「こちら、先ほどの方で合っておりますの?」
セバスティアンが画面を確認する。
「ベネディクト様でございますね」
返信を考えている間に、また端末が鳴った。
『アッ、資料も送るネ!』
添付された資料は、整然としていた。
確認すべき項目も、今後の協議事項も、実に読みやすくまとまっている。
エレオノーラは、しばらく資料を眺めた。
そして、恐る恐るメッセージへ戻る。
『エラちゃん、お返事は急がなくてイイからネッ! お仕事中にゴメンね!』
投げキッスが、もう一つ届いた。
「有能ですのにーーーー!!」
ベンおじはしゃべればまともです。
メッセージはおじ構文キャラです。絵文字でやりたかったんですが控えました。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
「皆さま、ご覧あそばせ! 画面の下にある【☆☆☆☆☆】評価と【ブックマーク】は、我が惑星を開拓するための貴重なエネルギー資源ですわ!」
「……ええ、維持費もガチャ代もシャレになりませんので、何卒ポチッとよろしくてよ!」
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