18 アンナSide こんなに増えました!
皇城の発着場に、鈍色の飛空艇が降りてきた。
アルブレヒト・フォン・ホーエンフェルス所有の船である。
エアハルトは、接近してくる船体を見上げながら、姿勢を正した。
星乙女アンナが帰ってくる。
旅立ちを見送って以来、直接顔を合わせるのは久しぶりだった。通信で声を聞くのと、目の前で笑顔を見るのとでは違う。
その笑顔が、今日は自分へ向けられる。
発着場の一角では、帰国を聞きつけた報道陣がカメラを構えていた。
船が停止する。
タラップが接続される。
扉が開いた。
エアハルトは、穏やかな微笑みを用意した。
最初に降りてきたのは、男だった。
アルビオン星間王国第三王子、エドワード。
くるくるの癖毛、金髪のショートヘアの美少年。
(聞いてはいたが……なぜ?)
同行することは、事前に知らされている。
知っていることと、納得していることは別だった。
しかし、相手は他国の王族である。
「ようこそ、エーデルシュテルン銀河帝国へ」
用意した微笑みを、そのまま外交用に切り替える。
エドワードはタラップを降りると、王子らしい所作で挨拶を返した。
「お目にかかれて光栄です、エアハルト殿下」
十六歳と聞いていた。
だが、向けられた笑みには、こちらの出方を待つ余裕がある。長旅の疲れも見せず、報道陣へ顔を向ける角度まで自然だった。
なかなか食えない。
カメラが光る。
二人の王子は、友好的に並んだ。
続いて、アルブレヒトが現れた。
恭しく手を取り、歩調を合わせている相手は、アンナだった。
「ただいま戻りました!」
明るい声が発着場に響く。
報道陣が一斉にシャッターを切った。
アンナは笑顔で手を振る。
アルブレヒトは、その間も彼女の手を離さない。
タラップには段差がある。
エスコートとして正しい。
正しいからこそ、エアハルトは何も言えなかった。
「お帰り、アンナ。無事で何よりだ」
「ありがとうございます、殿下!」
アンナの笑顔に、胸が温かくなる。
その隣でアルブレヒトも微笑んだ。
「殿下、お出迎えありがとうございます」
視線が合った。
赤い瞳と王青の眼差しが交差する。
エアハルトの口元も、アルブレヒトの口元も、同じくらい穏やかだった。目元だけが、少し違った。
報道陣のカメラが、さらに光る。
続いて降りてきたのは、コンラートだった。
マクシミリアン。
ルーカスまで降りたところで。
(……ここまではいい)
元学友たちだ。旅に同行していたことも知っている。
挨拶を受け、労いの言葉を返す。エアハルトは改めてアンナへ向き直ろうとした。
その後ろから、また男が降りてきた。
「こちらはキースさんです!」
アンナが嬉しそうに紹介する。
「エドワード様の家臣なんですよ」
キースは丁寧に頭を下げた。
他国の王子が来れば、家臣も来る。
それはわかる。
エアハルトが頷いたところで、小さな黒いものが目に入った。
猫。
黒猫がタラップを降り、アンナのそばへやってくる。周囲の人間を見回し、長い尾を立てた。
「ペットのホームズです!」
(……猫まで?)
アンナはしゃがんでホームズを抱き上げた。
報道陣の何人かが、すぐさまカメラを向ける。
黒猫は、皇太子より少し先にアンナの腕へ収まった。
「可愛いでしょう?」
「……ああ」
エアハルトは猫にまで礼儀正しく頷いた。
ホームズは返事をしなかった。
さらに男が降りてくる。
「カールさんは、ホーエンフェルスの家具職人さんです!」
「お初にお目にかかります」
また一人。
「こちらはデニスさん。お料理がとっても上手なんです!」
「光栄です、殿下」
また一人。
「この方は、アルビオンの事件でお世話になった鑑定士さんで」
エアハルトは笑顔を保ったまま、飛空艇の扉を見た。
まだ開いている。
家具職人。
調理人。
鑑定士。
旅をして、事件を解決し、仲間が増えた。
それ自体は喜ばしいことなのだろう。
ただ、事前に思い描いていた帰還風景には、家具職人の挨拶を受ける自分はいなかった。
「皆さん、とても頼りになるんです!」
アンナが胸を張る。
アルブレヒトは、その隣で当然のように頷いていた。
どこまで把握している。
いや、船の持ち主なのだから、全員把握しているに決まっている。
エアハルトが言葉を返す前に、次の男が現れた。
ロジャーだった。
肩まである金髪、整った顔立ち、浅く日に焼けた肌。
タラップを降りる姿だけで、既に華やかである。
報道陣へ向けた笑顔がカメラに収まり、あちこちでシャッターが鳴った。
「ロジャーさんとは、サマーセットで知り合ったんです!」
アンナが紹介する。
串焼き屋をしていたらしい。なぜ串焼き屋がアンナの旅に参加するのか。
エアハルトは礼儀正しく迎えた。
礼儀正しく迎えながら、アンナへ視線を戻す。
楽しそうだった。
ロジャーの後ろから、クラウスが降りてきた。
落ち着いた振る舞いの、端正な男だった。先ほどのロジャーとは雰囲気が違うが、こちらも目を引く。
「クラウスさんもサマーセットで! 海洋生物の研究者でいろんなことをご存じなんですよ」
エアハルトは、もう一度頷いた。
頷く回数が多い。
知らない男の名前も多い。
出迎えに来たはずが、いつの間にか連続面談になっていた。
アンナは一人紹介するたび、相手のよいところを添える。料理が上手。知識が豊富。頼りになる。皆、その言葉を嬉しそうに受け取っている。
皇太子も、笑顔で聞くしかない。
ようやくタラップから降りてくる人影が途切れた。
エアハルトは、わずかに息を吐いた。
「充実した旅だったようだね」
「はい!」
アンナの返事に迷いはなかった。
「新しい仲間も、こんなに増えました!」
そう言って、後ろを振り返る。
男たちが並んでいた。
黒猫もいた。
アルブレヒトは、まだすぐ隣にいた。
報道陣から声が上がる。
「星乙女様! 皆様で、こちらへお願いします!」
アンナが笑顔で応じ、仲間たちを手招きする。
エアハルトも、その輪へ迎え入れられた。アンナの隣へ進もうとしたが、ちょうどホームズを抱き直した彼女が、皆にもう少し寄るよう促した。
男が寄る。
さらに寄る。
「皆さん、入りますか?」
アンナが心配そうにカメラを見る。
記者が数歩、後退した。
「もう少し広く撮ります!」
エアハルトは、完璧な微笑みを浮かべた。
星乙女の帰還写真は、横幅が大変なことになった。
─────
その頃、座標も定かではない何処かで──
亜空間に、城の断片が浮かんでいた。
尖塔。丸屋根。庭園。
互いに繋がるはずのものが離れ、暗がりの向こうを漂っている。空間の継ぎ目はところどころ裂け、その奥には星々が覗いていた。
大広間もまた、宙に浮かんでいた。
黒曜石に似た床は、鏡のように磨かれている。巨大な柱が立ち並ぶが、その上部は闇に消え、天井は見えない。
壁には、古代神殿を思わせる彫刻と幾何学紋様。
床の亀裂や柱の紋様から漏れる光、遠くを漂う紫黒の輝きだけが、広間をぼんやりと照らしていた。
そこに、複数の人型が集まっていた。
高所に座る者。
柱にもたれる者。
豪奢な長椅子に身を横たえる者。
床にうずくまる者。
集まり方も座り方も、まるで揃っていない。
露出した手足は、乾いた流木に似た色をしていた。あるいは、青みや紫みを帯びた白色。
肉体を覆う外皮には、マネキンを思わせる硬質な質感がある。人間に近い形をしていながら、血の通った肉の柔らかさが乏しい。
ホリスタのヴィランたちである。
いずれも髪や顔は影に沈み、容貌を判別できなかった。
なお、この段階ではプレイヤーに顔は公開されていない。
広間の奥には、玉座があった。
深くフードを被った女の人型が、そこに腰を下ろしている。顔は暗い布の奥に隠れている。
「また星乙女か?」
ハスキーな声が、広大な空間へ反響した。
少し離れた場所に立つ、仮面の女が答える。顔全体を覆うマスクには、表情を読み取る隙がない。
「星乙女は、各地の伝承に残る存在です」
幾重もの薄いヴェールが、微かに揺れた。
背の高いヴェールの女、マーツァリヤが言葉を継ぐ。
「数千年……あるいは数万年に一度」
マーツァリヤの顔はヴェールの奥の闇に沈んでいた。
「銀河が危機に瀕した時に現れる」
細い指先が、垂れた布の端へ触れる。
「異郷より来たる、巫女……」
「星乙女って言っても、ただの人間だろ」
広間の端から、声がした。
崩れかけた柱に背中を預けた男だ。
この男も顔は見えない。
ソファに横たわる割れた仮面をした女が口をひらく。
「何が顕れようと、どうせ、全部終わる」
玉座のフードの人物が、跪く仮面へ顔を向ける。
「それが、我々の障害になると?」
「その可能性が」
短い沈黙が落ちた。
ガリ。
静かな広間に、硬い音が響く。
ガリ、ガリ。
フードの人物が視線を横へ向けた。
床にうずくまった男が、床石に齧りついていた。
顔面は、光を吸い込むような完全な黒。
その中に、赤い眼が二つ浮かんでいる。
黒曜石に似た床へ歯を立て、欠けた部分を口へ収める。
ガリ。
よく磨かれた床が、少しずつ減っていた。
誰も止めなかった。
「成長すれば、いずれ我々の妨げに成りかねません」
仮面の女が告げる。
玉座に座す主君のフードの奥から、感情は読み取れなかった。
「ならば、ローバ」
「はっ」
「星乙女の件、お前に任せる」
仮面の女、ローバが頭を伏せた。
その間にも、床を齧る音は続いている。
玉座の前に、星図が浮かび上がった。
無数の小惑星が密集する宙域。細かな光点が、帯のように連なっていた。
「マーツァリヤ」
「はっ」
女の声が応じる。
「〈ヴェスペル小惑星帯〉を、クシュダーに食わせろ」
名を呼ばれ床を齧っていたクシュダーが、顔を上げた。
赤い眼が、マーツァリヤへ向く。
マーツァリヤは恭しく頭を垂れた。
「おおせのままに」
フードの人物は、ほかの者たちにも視線を巡らせた。
「お前たちも、力を集め、蓄えよ」
他の人型たちも頭を下げる。
柱にもたれていた男も、ようやく身体を起こした。
やがて、一つ、また一つと、姿が闇へ溶けていく。
柱のそばから影が消え、長椅子が空になる。
残ったクシュダーは、両手を床についた。
起き上がった姿は、少年ほどの大きさだった。真っ黒な身体を低く構え、猿のような動きでマーツァリヤへ近づいていく。
彼女が歩き出すより先に、その左足へしがみついた。
「こら! ここで甘えるな!」
マーツァリヤが足元を見下ろす。
クシュダーは腕を緩めなかった。
「かあちゃん、つかれたー」
『銀河聖国の星乙女 ―Holy Star Maiden―』
ヴィラン紹介
ローバ 仮面の女幹部。能力:力を奪う。報告担当。青緑がかった銀髪。
マーツァリヤ ヴェールの女幹部。能力:?クシュダーを拾っただけである。長い翠の髪。
クシュダー ??? 能力:? マーツァリヤを母親と認識している真っ黒い生き物。
……And more!
(そろそろ本気で作者が管理できなくなってきた)
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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