8 アンナside 霧冠の幽█_ 後編
ノイエルデの執務室で、エレオノーラは書類から顔を上げた。
「そういえば、アンナたちは、いまどこにいますの?」
セバスティアンがタブレット端末を操作し、帝国側で確認できる最新の渡航記録を開く。
「最新の入管記録によれば、アルビオン星間王国の惑星サマーセットを経由し、主星ロンディニウムに滞在中とのことでございます」
「季節イベント、限定イベント、そのあとは帝国で本編ですわね。わかりましたわ」
即答だった。
セバスティアンは端末と主人の顔を見比べた。伝えたのは現在地だけである。現地で何をしているかまでは、まだ報告していない。
「これだけで、星乙女の動きを把握できるのでございますか?」
「まだ序盤ということだけなら」
エレオノーラはあっさり頷き、書類へ視線を戻した。
セバスティアンは一拍置いてから、端末を閉じた。
─────
通りは混乱していた。悲鳴が上がり、人々が逃げ惑っていた。
「伏せろ!」
ロジャーが前へ出た。
巨体が持ち上がったことで、垂れた肉の奥に一瞬だけ隙間ができていた。その中心へ、石畳を蹴って踏み込む。
腰をひねり、拳を叩き込んだ。
重い衝撃が通りを震わせる。肉の表面が深く陥没し、その奥まで波打った。
エドガーだったものが傾く。
「騎士機の投入は!」
マクシミリアンが声を張った拍子に、ボタンが一つ弾け飛ぶ。アンナは思わず目で追った。ボタンの限界だったようだ。
「住宅街では無理だ! 被害が増す!」
アルブレヒトが叫び返す。
まだ殴り続けるロジャーがアルブレヒトの視界に入る。
「そこを離れろ、ロジャー!」
アルブレヒトの蛇腹剣が伸びた。
魔力を通した刃が弧を描き、ロジャーの崩した箇所へ走る。
刃が中心部を穿つ。
巨体が大きく裂け、紫黒い液体が溢れ出した。
頭だった部分が地面に落ちる。
頭を失っても、巨体は止まらなかった。
こんな敵は知らない。
弱点も、攻略手順もない。何度攻撃すれば倒せるのかも、次に何が起きるのかもわからなかった。
背後から、警備兵の声がした。
「負傷者が通る! 道を空けてくれ!」
「軍は何をしてるんだ!」
「助けて!」
まだ、逃げている人がいる。
(私がやらなきゃ。)
アンナは足を止めた。
「……ここで、止まって!」
杖に似た魔導ユニットに光が集まる。
周囲を舞う砂埃が白く輝き、迫る巨体の影を押し返した。
狙う場所は見えていた。
ロジャーが崩し、アルブレヒトが穿った傷口。
そこへ、光を放った。
白い奔流が怪物の内側へ突き刺さる。
巨体が跳ねた。
裂け目から光が漏れ、紫黒い液体が蒸発するように消えていく。折り重なった肉の奥まで白く透けた。
アンナは息を詰めたまま、光を注ぎ続けた。
やがて巨体が力を失った。
重い音とともに崩れ落ち、今度こそ動かなくなる。
通りに残ったのは、崩れた壁から小石が転がる音だけだった。
アンナは怪物の残骸を見つめていた。
魔導ユニットを握った指が、まだ震えている。
(こんなの、ゲームになかった。何が起こってるの?)
「アンナ」
アルブレヒトが隣に立った。
「怪我は?」
「……大丈夫」
─────
ところが事件が片づくと、話は妙なところで原作へ戻った。
エドワードからは改めて協力への礼を告げられ、今後も力を貸すと約束された。
キースも、アンナたちに同行することになった。
事件に関わった鑑定士まで仲間に加わる。
そして、黒猫ホームズ。
こちらは加入の挨拶もなく、当然のようにアンナの肩へ乗った。
「……あなたも来るの?」
ホームズはあくびをした。
返事はなかったが、降りる気もなさそうだった。
アンナの視界に、見覚えのある表示が浮かぶ。
NEW!
【ペット機能が解放されました】
(……あれ?)
(途中が少し変わっただけ?)
アンナはホームズの背をもう一度撫でた。
ホームズが喉を鳴らした。
─────
船内に賑やかな音が響き始めた頃、アルブレヒトは届いた報告書を開いていた。
サマーセットで倒したイソギンチャクの魔物と、今回のエドガー。
両者に共通するものが見つかったという。
あれほどの巨体になりながら、エドガーの総魔力量は、人間として異常な値ではなかった。
一方、体内組織、とりわけ血液から、紫黒色の未知物質が検出されていた。配下が分析を進めているが、正体はまだわからない。
アルブレヒトは画面を送った。
星乙女は、確実に事件を嗅ぎつけている。
アンナが進む先には、必ず異常がある。
だが、彼女の語る「先見」は、現実とずれ始めていた。
あの驚愕は演技ではない。
アンナも、エドガーの変貌を知らなかったのだ。
報告書の末尾には、その背後にいた存在について記されていた。
配下が撮影した画像。建物から見下ろす紫黒の影。人型だが、それ以上は、はっきりしない。
アルブレヒトは目を細めた。
誰かがエドガーに力を与えた。それがあの異常な肉体を生んだのか。
考え込んだところへ、軽快な笛の音が飛び込んできた。
─────
ラウンジエリアでキースが笛を吹いていた。
エドワードのヴァイオリンが、跳ねるような旋律を追いかける。
さらにアコーディオンが重なった。
ルーカスだった。なぜ弾ける。
ルーカスなら弾けるのだろう、という顔で皆受け入れていた。
いつの間にか、船内は民族音楽の合奏会になっていた。
アンナは笑顔で手拍子を打っている。
隣のコンラートも、ひとまず手を叩いていた。楽器はできないが、参加する意欲は十分らしい。
「いいぞ! もう一曲!」
ロジャーが酒の入った杯を掲げる。
「まだ今の曲が終わってないだろう」
そう言うクラウスも、杯を持つ手で拍子を取っていた。
マクシミリアンは骨付き肉を食べている。
アンナが楽しそうに笑い声を上げた。
アルブレヒトは、その横顔をしばらく見ていた。
笛と弦の音が賑やかに重なる中、アルブレヒトは口を開いた。
「一度、帝都に戻る」
Holy Star Maiden.exe
Event Synchronization Error
Scenario Sequence Mismatch Detected
Cause: ERA
最後まで読んでくださりありがとうございます。
面白い、続きが気になると思われた方は、ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】評価&ブックマークで応援をしていただけると嬉しいです。
感想もお待ちしております!




