7 アンナside 霧冠の幽█_ 前編
今日も、星乙女アンナとその仲間たちは、愛と平和を銀河に届けるために旅をしていた。
原作ゲーム『銀河聖国の星乙女〜Holy Star Maiden』、通称『ホリスタ』には、メインストーリーが存在する。
その幕開けとなるのが、エーデルシュテルン銀河帝国学院編。世界観や操作を学ぶ導入兼チュートリアルであり、悪役令嬢エレオノーラの断罪と追放、そして星乙女アンナたちの旅立ちが描かれる。
悪役令嬢が退場したところで、物語が終わるわけではない。むしろ、ここからが本番だった。
銀河を巡るメインストーリーに加え、季節イベントや限定イベントも随時追加される。行く先々で事件や騒動に巻き込まれながら、アンナたちは新たな仲間と出会い、旅を続けていくのだ。
もちろん、新しい物語とともに実装されるのは、ガチャと、顔のいい男たちである。
銀河の平和は守らなければならない。新しい男も迎えなければならない。プレイヤーには、なかなか忙しいゲームだった。
アルビオン・ロンディニウムを舞台とする〈霧冠〉事件も、そうしたイベントストーリーの一つ。
アンナは、その筋書きを知っていた。
─────
アルビオン星間王国。
その主都惑星、ロンディニウム。
古い石造りの街並みから高層建築が伸び、頭上を小型飛行艇が行き交っている。ガス灯に似せた魔導街灯が薄霧を照らし、魔導鉄道は、わざわざ蒸気機関車のような音を立てて走っていた。
「素敵……!」
探偵風のケープをまとったアンナが、帽子を押さえて振り返る。
隣のアルブレヒトも、霧の街によく似合う紳士姿だった。
到着と同時に配布された。
ゲームと同じく配布衣装である。
マクシミリアンも探偵服である。
ただし、肩がきつそうだ。
「これ、本当に俺の寸法か?」
ボタンが頑張っていた。
そんな一行の前を、黒猫が横切った。
「あら」
猫が止まる。
振り返る。
ついてこい、とでも言うように尻尾を振る。
アンナはしゃがんだ。
「どうしたの?」
「にゃ」
ついていった先は、川沿いの古い時計塔だった。
人だかり。立入規制。
『ホリスタ』の通りだった。
─────
流れは覚えている。
今回も迷わず進めるはずだった。
「鑑定士の証言は取れた。取引に使われる書類も、押さえられそうだよ」
現地に到着早々、金髪の少年、SSRエドワードが警察にそう話していた。
アンナは笑顔のまま固まった。
「アンナ?」
隣のアルブレヒトに声をかけられ、慌てて瞬きをする。
「ううん。なんでもない」
「にゃ。」
黒猫がエドワード少年に向かって鳴く。
「やあホームズ、来てくれたのかい」
エドワード少年が振り向くとホームズと呼ばれた猫の後ろについてきた人間たちに目をやる。
「君が呼んだ助っ人かい?」
黒猫はエドワードの足元に擦り寄った。
それから、ついてきたアンナたちを見上げる。
「あと少しなんだ。君たちも手を貸してもらえると助かる」
エドワードの言葉に頷きながら、アンナは周囲を見回した。
彼の家臣、SRキースが警察とやりとりをしている。
けれど、一人、足りない。
(ユリウスは?)
原作なら、この事件に参加しているはずだった。
ここは期間限定イベントの開催地だった。
イベント名、霧冠の幽影。
伯爵家が代々管理してきた危険なアーティファクト〈霧冠〉。それを狙うエドガー・モートンは、伯爵令息を騙し、鑑定士まで使って合法的な取引を装う。
その裏を別々に探っていたのが、ユリウスと、グレイ男爵家令息キースだった。
アルビオン王家、第三王子エドワードに仕える若手家臣のキースは、エドガー側へ接触した末に仮死状態に陥る。
そこで星乙女の出番である。
キースを救い、企みを暴き、〈霧冠〉を守る。
最後にエドガーが紫黒い血を吐いて死ぬのは、少々後味が悪かった。黒幕から力を借り、失敗して口封じされたのだろう。原作では、そんな不穏さを残して終わっていた。
ユリウスだけがいない。
その頃、当の諜報員はノイエルデで密航に失敗し、捕まっていた。
こちらの事件に参加するには、まずあちらの惑星から出る必要があった。
なお、ユリウスがいないことで──
事件はすでに解決目前であった。
─────
そして旧市街の一角。
石造りの建物の一階で、エドガー・モートンは身柄を拘束された。
事件の終わりとしては、あまりにもあっさりとした幕引きだった。
「誤解だ。私は、正式な手続きを……」
エドガーはなおも言い募っていたが、机に書類を置かれると口を閉ざした。
アンナはそっと息を吐いた。
(順番は違うけれど……結末は同じ)
その時エドガーの顔から、急に血の気が引いた。
「ぐ……ぁ……!」
身体が折れる。
アンナの肩が強張った。
(来る)
「その人から離れて!」
叫ぶのと、エドガーの口元から紫黒い液体がこぼれるのは同時だった。
床に黒ずんだ染みが広がる。
エドガーは倒れなかった。
背中が、内側から押し上げられた。
上着の縫い目が弾ける。肩が横へ広がり、拘束された腕が異様な太さに膨れ上がった。
「……え?」
骨格の軋む、乾いた音がした。
エドガーが顔を上げる。見開かれた目から紫黒い涙が流れ、開いた口から同じ色の液体が糸を引いた。
「ありえない……」
アンナは一歩退いた。
こんな場面はなかった。
倒れて、動かなくなるはずだった。
「外へ!」
アルブレヒトがアンナの腕を引いた。
通りへ出たアンナが振り返ったとき、外壁が内側から膨らみ、石壁が崩れ落ちた。
砂埃とともに庇が吹き飛び、巨大な肩が建物の一階を押し潰して現れる。
通行人の悲鳴が上がった。
巨体が動くたびに目と口の位置がずれていった。
「こんなの、知らない……!」
本日は1話の更新です。
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