5 公爵令嬢のやりたいこと
夜。
エレオノーラの寝室。
天蓋を見つめる。
美しい花畑や乙女の刺繍がしてある。
「そういえば……化粧品」
エレオノーラは、ベッドから起き上がった。
女領主。転生者。領地経営。
ここまで揃えば、商品開発である。
「これですわ!」
寝台から立ち上がり、化粧台へ向かう。
導入液。
化粧水。
乳液。
クリーム。
アイクリーム。
美白美容液。
アンチエイジング美容液。
毛穴用美容液。
まつ毛美容液。
日焼け止め。
下地。
ファンデーション。
まだある。
「…………」
エレオノーラは、左右に並んだ瓶を見た。
「エレオノーラブランドの入る隙がございませんわー」
思いついてから、敗北までが早かった。
いや、待て。まだ成分という切り口がある。瓶を一つ取り、裏返す。
「水。BG。ヒアルロン酸。ペンチレングリコール……」
眉が寄った。続きが読めない。
しかも、まだ十数行ある。
「水とグリセリンとワセリンと香料で成功だなんて……」
瓶を戻した。
考えてみれば、宇宙船が飛び、魔導機器が働く文明である。
化粧水だけ発展を待ってくれている道理もない。
手作り化粧水。
手作り石鹸。
売ろうにも、まず衛生基準を満たせない。
「知識チートの前に、販売を止められますわね」
座った。
そして、もう一度瓶を見た。
この化粧品は、どこから来たのか。
遠い公爵領のどこかの工場。船便。星間航路。保険。
瓶がここへ届くまでに、いったいいくら乗っているのだろう。
「……ならば!」
「化粧品会社を、工場ごと誘致すればよろしくってよ!」
作れる人を呼べばいい。
机へ向かい、紙を引き寄せる。
化粧品工場誘致。
ふと、正気に戻る。
「……市場が少なすぎますわ」
今いる住民全員に美容液を三本ずつ買わせるわけにもいかない。
工場だけ来ても、売れなければ困る。
「いえ……確か……」
こめかみを押さえる。
前世知識を引っ張り出す。
あった。
医薬品会社が化粧品を開発していた。
「それですわ!」
紙へ戻る。
医薬品と化粧品、両方を扱う企業。
軍、警察、医療、民間。
薬なら、今も必要だ。
住民が増えれば、さらに必要になる。
納入先と見込みをまとめて、工場を呼ぶ。
「ついでに化粧品も作っていただいて……」
現地生産なら、少なくとも完成品を遠くから運ぶ分は減らせる。
もちろん原料は要る。
容器も要る。
「では、容器の会社も」
「印刷。包装。香料。原料。物流……」
書く。
欄が足りなくなった。
裏返す。
誘致だけでなく起業も推進しよう。
会社が出来れば、仕事ができる。
働く人が来れば、住む人が増える。
住む人が増えれば、買う人も増える。
「わたくし、賢すぎますわ!」
さっきまで読めない成分表に負けていた女が、椅子の上で胸を張った。
「おーっほほほほ!」
寝室に高笑いが響く。
化粧水を作ろうとして、工場と関連企業を呼ぶ話になった。
紙の上部へ、改めて書き込む。
医薬品・化粧品会社誘致案。
満足げにペンを置きかけて、ふと手が止まった。
視線の先にはディートリヒのポスター。
先日の巨大なワイバーン。
その巨体へ向かっていった、ディートリヒの騎士機。
空を駆ける機体を見上げながら、自分は何をしていたか。
応援していた。
閉じた扇を、ぶんぶん振って。
「……そうですわ!」
エレオノーラは顔を上げた。
「ありましたわ!」
新しい紙を引き寄せる。
「わたくしの、本当にやりたいこと!」
─────
翌朝。
「赤……」
ヴァルテンベルク公爵家の色なら、赤。
だが、ディートリヒを応援するなら、彼を思わせる瞳の灰青も捨てがたい。
エレオノーラは考えた。
赤。灰青。
どちらにするか。
「…………いえ」
そこで、気づいた。
「色を変えられればよろしいのでは?」
一色に決める必要などない。
複数色を切り替えられるようにする。
応援する相手によって色を変える。
ヴァルテンベルク公爵家を応援するなら赤。帝国なら王青色、ファルケンラートの深緑など。
騎士ごとに色を決めてもいい。
名前を入れてもいい。
「うちわも欲しいですわね」
「何をなさっているのでございますか?」
背後から声がした。
振り返ると、セバスティアンが立っていた。
「商品企画ですわ!」
「いつからそのようなことに」
「たった今ですわ!」
胸を張る。
セバスティアンは机の上を見た。
そこにはすでに、エレオノーラが端末へ書き散らした案が並んでいる。
光る棒状の応援器具。
色の切り替え。
名前。
紋章。
うちわ。
セバスティアンは黙ってそれを眺めた。
「こちらは?」
「ペンライトですわ!」
「ペン……ライト」
「ンンッ。〈リヒトシュタープ〉……発光棒ですわ。」
慌てて帝国語に言い直す。
「光らせて、振りますの」
「何のために?」
「応援ですわ!」
「…………」
「ディートリヒが戦っている時、これを振りますの!」
「なるほど」
セバスティアンは理解したような、していないような顔をした。
エレオノーラは端末へ向き直った。
「問題は、どう作るかですわね」
前世の日本と、今の世界は違う。
こちらのほうが遥かに進んでいる分野も多い。
ならば、前世の記憶をそのまま再現する必要はない。
使える技術はこちらから学べばいい。
光源。電源。魔力。発光素材。制御方式。
「悪くありませんわ」
色を切り替える程度なら、もっと簡単な仕組みに落とせるかもしれない。
だが。
「…………」
エレオノーラの手が止まった。
「お嬢様?」
「製造業」
「はい」
「まだ、ほとんどありませんわね」
「ございませんね」
「工場」
「ございません」
「領内の流通網」
「整備途上でございます」
「…………ありませんわ」
「はい」
何もなかった。
商品を思いついたところで、大量に作る場所がない。
売る場所もない。
運ぶ仕組みも、まだ弱い。
「領地経営、難易度が高すぎませんこと?」
「開拓地でございますので」
「何をするにも、まずそこからですのね……」
エレオノーラは机へ突っ伏しかけた。
だが、すぐに顔を上げる。
「では、〈ヴァルテンベルク〉の中なら?」
「と申しますと」
「艦内には工房がありますでしょう。少量だけ作って、売店で試験販売するのですわ」
まずは少数。
売れるかどうかを見る。
売れなければやめる。
売れたなら、その時に量産方法を考える。
「色は切り替え式。公爵家の赤は当然として……青、緑、紫、ピンク、灰青、金……虹も欲しいですわね」
「虹」
「豪華ですもの!」
端末へ次々と書き込んでいく。
「名前入りも作れますわね。ディートリヒ仕様、セバスティアン仕様……」
「私もございますか」
「当然ですわ!」
「左様でございますか」
「うちわも捨てがたいですわね。名前を大きく入れて――」
そこで、エレオノーラは止まった。
「…………売れますの?」
根本的な問題だった。
前世なら説明不要だった。
だが、この国には、そもそもペンライトを振って誰かを応援する文化がない。
歌手はいる。
バンドもいる。
舞台俳優もいる。
だが、前世のような『推し』文化とは少し違う。
「星乙女……」
エレオノーラは考えた。
「…………いや、アイドルではありませんわね」
「何のお話でしょう」
「独り言ですわ」
実用品としてはどうだろう。
暗所で光る。
色を変えられる。誘導灯。非常時の目印。合図。
「……案外、使い道はありますわね」
単なる玩具ではない。
継続して売れるか。
考えることが次々と出てくる。
不思議だった。
けれど。
自分で思いついたものを。
自分で考えて。
作って。
売ってみる。
「…………」
エレオノーラは、いつの間にか笑っていた。
「楽しいですわ!」
セバスティアンが顔を上げる。
「左様でございますか」
「ええ! とっても!」
長くなりましたので本日の3話目に続きます。
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