4 ブーストモード
「ブースト機能?」
ノイエルデ地上、仮設基地。
滑走路脇の整備区画で、ディートリヒは操縦席で首を傾げた。
傾げた先に、オットーの肘があった。
「狭いんですが」
「わしも狭い」
「降りて調整できませんか」
「ここでないとできん」
戦闘機形態の改良型騎士機試作機。その一人乗りのコックピットへ、小柄な老人が工具と端末を持ち込み、みっちり詰まっていた。
ディートリヒの膝の上を、何本ものケーブルが横切っている。
まだ外部映像の灯っていない全天モニターは、巨大な水晶球の内側に似ていた。開いた搭乗口から日差しが入り、オットーの白髪を照らしている。
「この間の救難でも、普段の訓練でも使わんかったじゃろ」
オットーが小型端末を叩く。OSを表示するメインモニターに、調整用の数値が流れた。
「ええ。訓練は通常の機体性能でやっていますので」
「ワイバーンと戦って、倒せなかったんじゃろ! なぜ使わなかった!」
「そんなの説明受けてませんよ!」
ディートリヒは身を起こした。
ケーブルが引っ張られた。
「動くな!」
「では驚くようなことを言わないでください!」
オットーは接続を確かめ、コンソールの脇を指差した。
「この赤いボタンじゃ」
あった。
いかにも、気軽に押してはいけなさそうな赤いボタンが。
「これを押すと、ブーストモードになる!」
「……あの、爆発は?」
前回の試乗で聞いた単語を、ディートリヒは忘れていなかった。
オットーは力強く頷いた。
「その検証をしてもらいたいんじゃ! 爆発するかどうか!」
「絶対嫌です!」
即答した。
操縦席から逃げようにも、出口にはオットーが詰まっていた。
「やじゃ! やじゃ! 絶対使ってほしいんじゃ!」
「俺の機体を魔改造しないでくださいよ!」
「改良じゃ!」
「爆発するかどうか分からないんでしょう!?」
「だから確かめるんじゃろうが!」
話が一周して戻ってきた。
しかも、老人は言い争いながら作業を進めていた。
ピ。
端末が鳴る。
モニターの表示が切り替わる。
「よし! 調整完了じゃ!」
オットー・シュタインが顔を上げた。
「名付けてシュタインスペシャルじゃ!」
「元に戻してください……」
開発者の名前がついた特別な試作機になってしまった。
搭乗員の了承は、まだ取れていない。
「正式採用されれば、大幅な性能強化じゃぞ。ヴァルテンベルク軍も大喜びじゃ!」
「まず搭乗員が喜べる仕様にしていただけませんか」
「姫さんだって、専属騎士が強うなったら喜ぶぞい!」
ディートリヒの口が止まった。
実際のところは専属騎士ではない。秘書補佐というポジションである。
専属騎士。
胸にグッとくる響きだった。
オットーも止まった。
狭いコックピットで、二人が見つめ合う。
「…………」
ディートリヒは赤いボタンを見た。
次に、オットーを見た。
オットーは待っていた。
先ほどまであれほど騒いでいた老人が、今だけは静かに待っていた。
「……やりますよ! やればいいんでしょう!」
「おお! そうかそうか!」
オットーは満面の笑みでケーブルを抜き始めた。
手際がよかった。
「ただし、異常が出たらすぐ中止しますからね!」
「うむうむ!」
「聞いてます?」
「姫さんにも、よい報告ができるのう!」
「試験が終わってからにしてください!」
─────
工具が片づき、端末が外され、最後にオットーが搭乗口から這い出した。
外の整備員へ荷物を渡し、タラップを降りていく。
ディートリヒは、ようやく足を動かした。
「頼むぜ、専属騎士さま」
代わりに顔を覗かせた整備員へ、ため息で返した。
「はぁ……」
整備員が笑って離れる。
タラップが撤去された。
キャノピー閉鎖。
ロックを確認し、ディートリヒはベルトを締め直した。
「機体、起動」
指先がスイッチを順に送る。
水晶のようだった内壁へ、光が走った。
正面。
左右。
頭上から足元まで。
外部映像が繋がり、視界が開ける。
仮設の格納庫。
整備車両。
舗装の外に広がる剥き出しの土。
その向こうへ、滑走路が真っすぐ延びていた。
青いOS表示が並ぶ。
「主系統、正常。操縦系、接続」
操縦桿を握り、魔力を通す。
翼端まで感覚が広がった。
推進器の状態も、機体を支える車輪も、意識を向ければ伝わってくる。
この感覚は、いい。
赤いボタンさえ見なければ。
『地上管制より。滑走路への進入を許可します』
「了解。移動します」
魔導炉が魔石燃料から魔力を汲み上げる。
メインエンジンが低く唸り、機体がゆっくり動き始めた。
誘導する整備員の合図に従い、機首を滑走路へ向ける。
左右のスラスターを確認。
操縦面の応答、正常。
滑走路の端で、一度停止した。
正面には、遮るもののない青空がある。
『風向良好。滑走路クリア』
ディートリヒは操縦桿を握り直した。
『離陸を許可します』
「ディートリヒ・バウアー、出ます!」
推力を上げる。
エンジンの唸りが太くなった。
エーテルの青白い噴射光が伸び、戦闘機形態の騎士機が滑走を始める。
舗装の継ぎ目を拾う振動。
後方へ流れる誘導灯。
速度表示が、次々と数字を変えていく。
背中がシートへ押しつけられた。
ディートリヒは機首を引き起こした。
前輪が浮く。
続いて、主脚が地面を離れた。
振動が消えた。
「離陸。脚、格納」
機体下部へ車輪が収まり、表示が切り替わる。
仮設基地がみるみる小さくなった。
滑走路も格納庫も、整備員たちも、剥き出しの大地の上へ遠ざかっていく。
青白いスラスター光を引きながら、騎士機はノイエルデの空へ駆け上がった。
─────
「通常推力、異常なし。姿勢制御も良好です」
『そうじゃろ、そうじゃろ!』
通信にオットーの声が割り込んだ。
ディートリヒは指定された進路へ機首を合わせた。
出力は安定。
魔力伝達にも乱れはない。
このままで十分、よい機体なのだが。
『よーし! ブーストモード、オンじゃああああ!!』
「聞こえていますので、叫ばないでください」
ディートリヒは小さく息を吐いた。
コンソール脇の赤いボタンを見る。
『姫さんだって、専属騎士が強うなったら喜ぶぞい』
余計な言葉まで思い出した。
「……ブーストモード、オン!」
押した。
瞬間、青いOS画面が赤く染まった。
出力表示が跳ね上がる。
上がる。
まだ上がる。
「え?」
各部のスラスターが唸りを変えた。
青白かった燐光が、赤へ変わる。
ディートリヒが操縦桿を握り直した、そのときだった。
「ちょっ……!」
身体がシートへ叩きつけられた。
視界のすべてが、後ろへ飛んだ。
赤い尾を引き、騎士機が前方へ消し飛んだ。
─────
青白い光が、赤へ変わった。
次の瞬間、ディートリヒ機が観測映像の中央からすっ飛んだ。
「……まじかよ」
地上管制の整備士が呟いた。
隣で見ていた空騎士も、口を開けたまま空を指差している。
「今、エーテル光が赤くならなかったか……?」
「なった」
「なるのか?」
「知らねえよ」
魔石から魔力を引き出す際に生じるエーテル光は、青白い。
スラスターの光も青みを帯びた光のはずである。
それが常識だった。
ところが今、その常識が赤い尾を引いて遠ざかっていく。
オットーだけが計器へ食いついていた。
速度。出力。魔導炉の状態。
次々に跳ね上がる数値を追い、目を輝かせる。
「成功じゃ!!」
両手が上がった。
「ついに! 爆発せなんだ!!」
「そこが成功条件だったのかよ!?」
整備士の叫びにも、オットーは上機嫌だった。
─────
成功したらしい機体の中で、ディートリヒは歯を食いしばっていた。
「くっ……!」
座席が震える。
操縦桿が震える。
足元からも、細かな振動が突き上げてくる。
耐G姿勢を取る暇もなかった。
加速に押し潰され、視界の端が暗くなる。かろうじて意識を繋ぎ、操縦桿を握り直した。
機首を、少し戻す。
そのつもりだった。
「うわっ!」
地平線が跳ねた。
逆へ修正する。
今度は反対側へ振られた。
入力が大きすぎる。
いや、いつもなら、これで合っていた。
今日まで何度も飛んだ機体だ。操縦桿をどれだけ動かせば、どこまで傾くか。どの程度の魔力で、どんな動きをするか。
考える前に身体が覚えていた。
その全部が、今は当てにならない。
「おい……!」
ほんのわずかに触れただけで、機体が過敏に応える。
推力に機首が持っていかれる。
回頭しようにも、狙った角度で止まらない。
自分の分身のようだった相棒が、赤いボタン一つで知らない機体になった。
しかも、とんでもないじゃじゃ馬だった。
フレームが軋む。
ディートリヒは操縦桿を握り込み、魔力を流した。
「言うことを……きけ!」
応答が返る。
まだ浅い。
機体の動きへ、さらに意識を伸ばす。翼へ。推進器へ。暴れ続ける姿勢制御系へ。
噛み合った。
ディートリヒの灰青の瞳に淡い輝きが宿る。
全天モニターに、細い虹色の筋が走った。
一筋、二筋。
幾重にも重なり、魔力の伝達と機体の同調を描き出す。
外へ噴き出すスラスター光は、赤いままだ。
機体が大きく傾く。
地上が横へ回った。
空が足元へ来た。
そのまま、ぐるりと一回転。
「っ、ここだ!」
ディートリヒは姿勢を押さえ込んだ。
水平。
機首が、ようやく狙った方向を向く。
すぐに推力を絞った。まだ速い。さらに落とす。
身体を押しつけていた圧力が、少しずつ緩み始めた。
「……はっ」
息が漏れた。
もう一度、深く吸う。
今度はちゃんと吸えた。
─────
慎重に機体を反転させ、仮設基地への進路を取る。
操縦桿は、ほんのわずかずつ。
魔力も、様子を見ながら。
さっきまで普通に乗っていた機体へ、初対面のような気遣いをしている。
ようやく周囲を見る余裕が戻った。
OS画面は赤かった。警告表示も赤。出力計も赤。
さらに、あちこちで警告灯が点滅している。
「……なんなんだこれは……」
どれから確認すればいいのか。
少なくとも、喜ばしい状態ではない。
ディートリヒは息を吐き、表示を順に追った。
「……とんでもない機能、つけてくれたな……」
速い。
それは分かった。
ただし、曲がるにも戻るにも、今までの感覚が通じない。操縦特性を一から覚え直さなければ、まともに使えそうになかった。
使うのか。
これを。
『……よ……し……』
通信のノイズが薄れた。
聞こえてきたのは、聞き覚えのありすぎる上機嫌な声だった。
『よーし! 今日からブーストモード訓練じゃ!』
「何ですって!?」
声が出た。
息は、すっかり戻っていた。
『安全性を確認せねば、ほかの機体にも実装できんじゃろう!』
「その前に、今の機体がどうなっていたか見てました!?」
『見とったぞ! よく立て直した!』
「待ってください。今のを、もう一回やれと?」
『一回で何が分かる!』
『毎回使って、安全性を立証するんじゃ!』
ディートリヒは口を閉じた。
毎回。
今、とても嫌な言葉が聞こえた。
その安全性確認には、毎回、操縦席にいる自分も含まれている。
「俺が乗った状態で?」
『乗らずにどう操縦するんじゃ』
「そういう意味ではなく!」
しかし、オットーはもう次の話をしていた。
『それより、人型状態は試したか!?』
「まだですよ。今、ようやく機体を落ち着かせたところで」
『なら次じゃ! 人型状態での機動試験!』
ディートリヒの視線が、帰投先を示す表示へ向いた。
今すぐ基地に帰りたい。
『それから戦闘機形態から人型状態への可変所要時間も計る! 人型状態でブレードも展開せい! あれも赤くなるはずじゃ! それから……』
オットーの興奮は収まりそうにない。
ディートリヒは、改めてコックピットを見回した。
赤いOS。
赤い出力計。
点滅する赤い警告灯。
後方の映像では、スラスターが赤い光を引いている。
ここへ、剣まで加わるらしい。
「……真っ赤じゃないですか」
『ヴァルテンベルク軍にお似合いじゃ!』
オットーは、満足げだった。
ディートリヒは額を押さえた。
「機内表示まで赤で揃えなくていいんですよ」
今日は2話更新します。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
「皆さま、ご照覧あれ! 画面の下にある【☆☆☆☆☆】評価(※星のエネルギー)と【ブックマーク】は、我が惑星を開拓するための貴重なエネルギー資源ですわ!」
「……ええ、維持費もガチャ代もシャレになりませんので、何卒ポチッとよろしくてよ!」
お嬢様への応援、皆さまからのご感想を感想欄にてお待ちしておりますわー!




