2 その道のプロにお任せですわ!
エレオノーラとルオ・シャオが、にこやかに互いの腹を探っていたところへ、血相を変えた部下が駆け込んできた。
「殿下」
「なんや。今、移民街の相談してるんやけど」
「その前に、こちらを……」
差し出されたタブレット端末を見る。
ルオ・シャオの笑顔が止まった。
「え?」
請求書。
なかなかの額だった。
二度見した。
「……ねぇ。なんか、多額なんやけど。この請求書」
シャオは一般移民に紛れて、ちょっとノイエルデを見物するつもりだった。
王族だとは、すぐにばれた。
まあ、それはいい。書類も通っているし、領主とも話ができた。
その間、お付きの輸送揚陸艦には、目立たない場所で待機するよう命じていた。
それだけだったはずである。
「何があったん?」
「艦長から、直接ご説明を」
通信画面が開く。
明らかに顔色の悪い男が現れた。
『……り、臨検されまして……』
「なんで?」
『目立たないようにしてたら……』
「うん」
『戦艦に見つかりまして……』
「なんて?」
シャオは端末を少し顔に近づけた。
「パトロール来なそうな場所、選んだやろ」
『ですから、その、小惑星の陰で殿下をお待ちしとりましたら、ライセンス更新とかいう訓練中の戦艦が……』
「訓練」
運が悪すぎる。
『主砲を全門、ど正面から突きつけてきはりまして』
「全門」
『生きた心地がいたしませんで……』
艦長が一度、画面の外を見た。
『さらに基地からの救援や言うて、駆逐艦が二隻、実弾満載でワープアウトしてきはりました』
「は?」
『邪魔な岩塊を粉々にしながら』
「待って。救援て、誰の?」
『向こうの戦艦の』
『今も戦艦の主砲にロックオンされてます』
「は??」
『駆逐艦にべた付けされてます』
「もう一隻は?」
『ほかに船が隠れてへんか、警戒中です』
シャオは端末から顔を離した。
「……あかん」
目立たないように隠した船が、現在もっとも重点的に見られている。
見物に来たのに、こちらが見物されていた。
『工作用や建築用の人機は、見逃してくれはったんですけど……』
シャオの視線が、請求書へ戻った。
「……まさか」
『殿下の人機だけ、武装してまして』
沈黙。
王子の機体である。
お気に入りのカスタムされた人型汎用駆動機械。
今回はよくなかった。
『国際法やら友好条約やらに引っかかる言うて、向こうの艦長、えらい楽しそうに笑ってはりまして……』
「そこ、楽しむところやないやろ」
艦長はまた画面の外を見た。
シャオもつられて、何も映っていない画面の端を見た。
『接収だけは免れました』
「それはよかった」
『せやけど、大事にしたないんやったら分かりますよね、と』
「全然よくなかった」
請求書をスクロールする。
臨検手数料。特別通行料。デブリ撤去費用。
緊急出動した艦艇の燃料費。
「デブリ撤去って、さっき言った粉々にした岩?」
『おそらく』
「自分らで砕いたんやろ?」
『安全確保のためやと……』
シャオは天井を仰いだ。
もうやだ。
「この、その他は?」
『私も伺いました』
「うん」
『密輸船扱いで正式に拿捕手続きへ回してもいいんだぞ、と』
「説明ちゃうやん」
シャオは合計額を見る。
罰金にしては、丸が三つほど多い気がする。
「たかられとるやん!」
「せやから最初から、ちゃんと外交部を通して連絡しとけばよかったんですわぁ!」
隣に控えてた部下が、ついに言った。
ルオ・シャオは顔を背けた。
部下は目をそらさなかった。
この請求額を前にすると、主従の遠慮も少し薄くなるらしい。
「……向こうの艦長、名前は?」
『アクセル・ヴォルフと』
「ヴォルフ……なんや、聞き覚えあるな」
部下が小声で補足した。
「昔、海賊やった一族です」
「なんで海賊に臨検されてんの!?」
「現在はノイエルデ開拓軍の傘下です。ここの宇宙基地の所有者でもあります」
「……あ、あぁー……」
なるほど。
所属が保証された海賊である。
『アイパッチに、ギザ歯の怖いお兄ちゃんで』
「もろ海賊丸出しやないかい」
画面の艦長が、深くうなずいた。
見た目と請求書に、一貫性がありすぎる。
─────
「ご相談は終わりまして?」
涼やかな声に、シャオが振り向いた。
エレオノーラが待っていた。
その後ろにはセバスティアンが控えている。
シャオは、いつもの笑顔を作ろうとした。
「……あの」
「はい?」
「これなんやけど」
請求書を見せる。
エレオノーラは目を落とした。
ちょっとだけ見開かれる。
罰金としては法外な額であった。
「武装機体の持ち込み? まぁ怖い」
絶対に怖いと思っていない声音である。
ずらりと並ぶ請求と諸経費。
最後の合計額で、まばたきを一つ。
「いやあ、これはいろいろとありまして……」
シャオは笑った。
エレオノーラも笑った。
「値引きとかは……」
エレオノーラの扇が、さささと開いた。
「わたくし、軍事は素人ですので。その道のプロの方にお任せしておりますわ」
見事だった。
さっきまで、王族相手にも土地制度を曲げなかった領主が、今は慎ましい素人になっている。
「……そちらの艦長さんに?」
「ええ。直接ご相談いただくのがよろしいかと」
笑顔に隙がない。
シャオは請求書を見た。
エレオノーラを見た。
もう一度、請求書を見た。
「……さいですか……」
通信画面の艦長が、しょんぼりしている。
隣の部下も、しょんぼりしている。
シャオは小さく息を吐いた。
「ほな、そのヴォルフ艦長に繋いでもらおか……」
「ごゆっくりどうぞ」
エレオノーラは、にっこりした。
─────
「戦艦の燃料代が浮いたぜ!」
一方、その道のプロは上機嫌だった。
戦艦のブリッジで、アクセル・ヴォルフが請求明細を眺めている。
主砲はまだ、ユージンの輸送揚陸艦を向いていた。
駆逐艦も、ベタ付けで仕事をしている。
満面の笑顔。
仕事をしたうえで、この顔である。
「向こう数年分の酒代も浮きそうですよ」
副官が言った。
アクセルはギザ歯を見せた。
「あったりめーだろ! 物騒なもん、コソコソ持ち込もうとしてるほうが悪いんだからよ!」
試験官が、眉間を押さえた。
「アクセル・ヴォルフ艦長」
「はいはい。聞いてますよ、試験官殿」
「危機管理能力は認めます」
アクセルが胸を張った。
「でしょうよ」
「ただし、その強欲さだけはマニュアルで取り締まれないのが、我が査察部最大の不覚です」
「へぇへぇ、褒め言葉として受け取っときますよ」
試験官はため息を吐いた。
「……合格です。納得はしてませんが」
「あざーっす!」
返事だけはよかった。
アクセルはコンソール脇のマグカップを取った。
訓練開始前から、飲もうと思っていたコーヒーである。
すっかり冷めてしまった。
「艦長。ユージンの第六王子から通信要請です」
「おう。繋いどけ」
値切りに来るのだろう。
アクセルは合計額を、もう一度眺めた。
なかなかいい数字だった。
不敵に笑い、今度こそ天然もののコーヒーを喉へ流し込む。
非常に、うまかった。
海賊はやめて、現在は商人のはずですが一瞬で海賊に戻りました。
その道のプロですから。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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