1 王子様は移民ですの!?
「や」
玉京星朝第六王子、洛宵は片手を上げた。
(や、じゃありませんわ!!)
エレオノーラは、扇を握る指に力を込めた。
こちらは正装である。
背筋も伸ばした。公爵令嬢として、他国の王族を迎えるにふさわしい笑みも用意した。
相手の挨拶は、一文字だった。
「ようこそ、ノイエルデへお越しくださいました。ルオ・シャオ殿下」
カーテシーで礼を取る。
「いやぁ、まさかこんな下っ端王族まで知ってはるとは思いませんでしたわ」
濃紺の長髪を揺らし、シャオが笑う。
細いキツネ目の奥で、橙色の瞳がこちらを見ていた。
「存じ上げておりますとも」
百二十連した。
知っているどころではない。
前世の財布の仇である。
「どうぞ、おかけくださいませ」
シャオは気軽に椅子を引いた。
エレオノーラも腰を下ろす。
背後にはセバスティアン。シュミットは申請書類を確認している。
さて。
聞くことは多いが、まずはこれだ。
「なぜ、第六王子ともあろう方が、一般移民枠にいらっしゃいますの?」
「移住希望やから?」
「疑問形で返さないでくださいまし!」
用意した笑顔が、早くも仕事を放棄しかけた。
シャオは首を傾げる。
「移住希望の者が、移住希望者の面談に来た。何かおかしなとこあります?」
「身分ですわ」
「王子やから移住したらあかん法律でもあるん?」
エレオノーラはセバスティアンを見た。
セバスティアンは、静かに書類へ目を落とした。
「まずは申請内容の確認からいたしましょう」
─────
書類は、完璧だった。
必要事項は記入済み。
添付資料も揃っている。
日付も署名も、抜けがない。
厳格化された審査を通っただけのことはある。
ただし。
「身分欄について、補足をお願いいたします」
シュミットが一箇所を示した。
シャオは覗き込む。
「ああ、そこ」
「はい」
「嘘は書いてへんよ」
「十分な説明もございませんね」
セバスティアンが補った。
シャオはにこりとした。
「詳しく書いたら、長うなるやろ?」
(長くしてくださいまし!)
名前を書けば済むようなところで、なぜ手間を惜しむのか。
「殿下のお立場は、移住審査に関わる重要事項ですわ」
「せやから、こうして本人が説明に来てますやん」
腹が立つほど、もっともらしい。
エレオノーラが次の質問をする前に、シャオは自然な調子で続けた。
「最近、ユージンからこちらへ移りたい者が増えてましてなあ」
「……ええ」
「住むところや仕事のことも、皆いろいろ気にしてますねん」
話の主語が、いつの間にか一人から大勢へ変わっていた。
エレオノーラは、先ほどまでの面談を思い出した。
黒髪。
黒髪。
また黒髪。
ユージン系の移住希望者が続いたので、そういう日なのかと思っていた。
「まさか、先ほどの皆様……」
「うちの人らやね」
「先に言いなさいまし!!」
シャオは、たいへん穏やかに頷いた。
「今、言いました」
「順番ですわ!」
─────
(この方、絶対まともに信用してはいけないタイプですわ)
エレオノーラは扇を口元へ添えた。
原作『ホリスタ』でも、ルオ・シャオは食わせ物だった。
ユージン星朝イベントストーリー。『春宵の雑興』。
星乙女アンナが訪れたとき不可解な事件に巻き込まれる。
明らかに裏切りそうな顔で星乙女に近づいてくる。
実際、裏切ったように動く。
ほら見なさい、狐目は裏切るんですわ、と思ったところで、さらに真の悪役が見つかって話がひっくり返る。
炙り出すために星乙女を利用した。
最初から全部、ルオ・シャオの思惑どおりでした。
そういう話だった。
だが、詳しいキャラクターストーリーまでは知らない。
引けなかったからだ。
あの時泣く泣くガチャを諦める羽目になったキャラが、今は自分で移民申請書を書いて座っている。
(あの百二十連、何でしたの……)
いや、喜んでいる場合ではない。
金枠。
欲しかった男だ。
しかし、領地へ来た理由が「移住希望やから?」では困る。
「改めて伺いますわ。なぜこんな辺境へ?」
「面白そうやったから」
「帰ってくださいまし」
「いやや」
早かった。
セバスティアンが紅茶を置いた。
「お嬢様」
「分かっておりますわ」
外交である。
いまのは、少々早すぎた。
シャオは紅茶をひと口飲んだ。
─────
「できれば、ユージンの者がまとまって住める街もつくれたらと思いましてなあ。どうです?」
エレオノーラは、扇を少し下げた。
「街ですの?」
「街区をひとつ、用意していただけたら」
「……あなた、お一人の移住のお話ではございませんでしたの?」
シャオは、窓の外へ目を向けた。
エレオノーラも、つられて見る。
軌道上に並ぶ船。
その船腹に、逆さの「福」が見えた。
一隻。
その奥にも一隻。
さらに向こうにも、同じ印。
エレオノーラは窓へ顔を近づけた。
「……何隻でいらっしゃいましたの?」
「さて。数えたことあらへんなあ」
「数えてから移民してくださいましーーーー!!」
シュミットの手元で、確認する資料が増えた。
シャオは椅子に座ったまま、楽しそうに眺めている。
ユージンから移住希望者が増えているのを知っている。
先ほどの面談者も知っている。
皆が何を気にしているかも知っている。
そのうえで、街を一つ欲しいと言う。
これを、ただの一応募者として扱えと?
「あなた、最初から全部知ってて面談に来ましたわね!?」
「せやから来たんやけど?」
シャオは、不思議そうに瞬きをした。
エレオノーラは目を伏せた。
─────
「では、街区をひとつ、ということで」
シャオが話を戻した。
エレオノーラは椅子へ座り直す。
「構いませんわよ」
「……えらい即答ですな」
「人手が足りませんもの」
今度はシャオが止まった。
エレオノーラは、机の上の書類を指先で揃えた。
「住民が増えるのは歓迎いたしますわ。街をつくること自体に異論はございません」
「ほう」
「ただし」
「わたくしの領地に、勝手に他国をつくられては困りますわよ?」
扇をぱちりと開く。
エレオノーラの緑色の瞳が細くなる。
シャオはすぐに笑顔へ戻った。
「いややなあ。そない怖い顔せんでも。街を一つお願いしただけですやん」
セバスティアンが、土地制度の資料を差し出した。
エレオノーラは、それをシャオの前へ置く。
「土地を差し上げるわけではございませんわ。正式な入植手続きを行い、百年間居住していただいた場合に、永久所有を認めます」
「ユージンの者も?」
「同じですわ」
「王族相手でも?」
「王族だから何ですの?」
シャオの指が、カップの取っ手で止まった。
エレオノーラは笑った。
今度の笑顔はよく働いた。
「ユージンの法や習慣も、ある程度は認めてもらえます?」
シャオは資料を眺めながら尋ねた。
「料理も服装も祭りも、お好きになさればよろしくってよ」
「それはありがたい」
「ですが、犯罪と税金については、ノイエルデの法律に従っていただきますわ」
「治外法権は?」
「ございませんわ、わたくしの領地ですもの」
「宗教は?」
シャオはカップを置いた。
「信仰もご自由に。我が国は星神教を国教としておりますので、神殿をお建てになるなら申請書をいただきますわ」
「ふむ」
エレオノーラは、シャオの前にもう一枚、資料を重ねる。
「それから、移民だけ送ってこられても困りますの」
「ほう?」
今度は、街区の整備と行政についてだった。
「街をつくるのでしたら、街を回せる方々も一緒に連れてきてくださいまし」
「回せる方々」
「行政経験者。財務担当。人材管理のできる方。住民からの申請を受け、処理できる方ですわ」
「街区をご希望なら、そちらもご用意いただけますわよね?」
「……お嬢さん、思うてたより商売上手ですなあ」
「商売ではございませんわ。人手が足りないと申し上げたとおりですわ」
シャオは、目の前に積まれた資料を見た。
最初はこちらの移住申請書だった。
今は、人員の調達について相談されている。
エレオノーラは、にっこりと微笑んだ。
シャオも、にっこりと微笑んだ。
しばらく、二人で笑い合った。
友好的な光景だった。
(こいつ、何考えてますの!?)
玉京出身、洛宵です。
宵のままだと「よい」と読んでしまうと思うのでカタカナ表記で行きます。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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