23 アクセルの免許更新
「いいですか、アクセル・ヴォルフ艦長」
ブリッジに、主席試験官の声が響いていた。
「今回は三年に一度の『戦艦指揮官ライセンス』更新試験です。ヴァルテンベルク空軍への参加に伴い、審査は非常に厳格になっております」
アクセルは艦長席で頬杖をついていた。
今日は、制服を着ている。
きちんと袖を通している。
前も閉めている。
本人としては、すでに相当な努力をした。
「規律違反、マニュアルからの逸脱、操艦ミスがあれば、即座に不合格となります。分かっていますか」
「はいはい、分かってますよ、試験官殿。前進、後退、デブリの回避、主砲の斉射。マニュアルどおりにやればいいんでしょ」
コンソール脇のマグカップへ手を伸ばす。ヴァルテンベルク経由で仕入れた天然コーヒーだ。
「あー、耳が痛い」
「真面目にやりなさい!」
飲む前に怒られた。
アクセルはカップを戻し、襟元へ指を差し込んだ。
窮屈だ。
弟の『これは俺には代われないからな』という声が、まだ耳に残っている。
代われないことくらい知っている。
だから、ずっと後回しにしていたのだ。
「システムを検定モードへ移行します」
表示が切り替わる。
航行課題。
回避課題。
火器管制同期試験。
アクセルは一覧を見て、長く息を吐いた。
「ため息も記録しますよ」
「呼吸ですよ、試験官殿」
「では、その姿勢を正してください」
「へぇへぇ……」
副官が正面を向いたまま、肩を小さく揺らした。
「これより、小惑星帯での模擬航行および火器管制の同期試験を開始します。さあ、出港の指示を」
アクセルは人差し指を一本立て、コンソールを軽く叩いた。
「はい、出港。微速前進。副官、あとはマニュアルどおりに適当にやっといて」
「了解です、艦長」
副官は操艦担当へ指示を送り、それから小声で付け足した。
「……いい度胸してますね」
「海賊船の船長は、もう副業なんだよ」
「副業で戦艦乗り?」
くっくっと笑う副官。
「今、副業で聞き捨てならない単語がありませんでしたか?」
試験官のペンが止まる。
「商売の話ですよ、試験官殿」
アクセルは、愛想よく笑った。
ギザギザの歯が見えた。
試験官は何かを書き込んだ。
─────
戦艦がヴォルフ宇宙基地を離れ、小惑星帯へ進む。
前方には大小の岩塊。その間を、指定された航路が細い線となって延びていた。
「指定速度を維持。右舷側のデブリに注意」
「進路修正、了解」
ブリッジには、復唱と機器の作動音が規則正しく響いている。
何も起きない。
起きないように操艦する試験なので、それで正しい。
アクセルは正しく退屈していた。
「次の課題は、模擬目標の識別および照準同期です。対象の確認を終えるまで、火器の操作は」
「はいはい」
「はいは一度」
レーダーを眺める。
訓練用の模擬船には、予定表と対応する識別番号が出ていた。
一番、二番。その向こうにも、予定どおり。
そのさらに奥。
アクセルの指が、カップの取っ手に触れたまま止まった。
直感に近い。
何かが視界に入った。
「おい」
「はい、艦長」
「なんだ」
副官が顔を上げる。
索敵担当が、急いで表示を拡大した。
「……艦長! デブリ帯の陰に艦影一!」
「分かってる。照合しろ」
「方位十一、距離三百に未識別目標! 本日の訓練予定にない船影です!」
「なっ……」
試験官が画面を見る。慌てて端末を見る。予定にない。
「どこのどいつだ?」
アクセルは背もたれから体を起こした。
メインスクリーンに、岩塊の向こうの船体が映る。
輪郭が補正され、陰になっていた部分まで浮かび上がった。
でかい。
ただの貨物船にしては、船腹の造りが物々しい。
大型ハッチ。張り出した構造物。艦載機を出し入れするための空間。
こんなところまで入り込んで、岩の陰に収まっている。
「空母……いや」
アクセルの右目が、すっと細くなった。
「船籍照会中です」
「映像、もう一段寄せろ」
銀髪が肩から滑り落ちる。
船体の形状を見た瞬間、照会結果を待つ必要はなくなった。
帝国の艦じゃない。
「……揚陸艦だな」
さっきまで窮屈だった制服が、急に気にならなくなった。
「ひ、ひぃっ!?」
背後で試験官が声を上げた。
「訓練中止! 反転して退避を!」
「静かにしろ、試験官殿」
アクセルは振り返らなかった。
「相手の腹も分かんねぇうちに、後ろを見せる気か?」
マグカップを、コンソールの奥へ押しやる。
「砲術長。主砲全門、あの揚陸艦に向けとけ。いつでもハッチをぶち抜けるようにしておけよ」
「了解!」
「まだ撃つな。向けるだけだ」
指示が飛んだ途端、ブリッジの空気が変わった。
「〈ヴァルテンベルク〉と基地に通報! 位置と映像を送れ。駆逐も二隻呼べ!」
「通報します!」
「僚艦へ出動要請!」
副官が艦内放送を開いた。
「総員へ通達。これより訓練を中止し、実任務へ移行する。繰り返す、これは訓練ではない」
警告灯が切り替わる。
退屈していた艦長は、もういなかった。
艦長席の肘掛けを掴み、画面の向こうを見据えている。
口元だけが、楽しそうに釣り上がっている。
「主砲旋回!」
砲術長の声に続いて、困った報告が入った。
「ですが艦長、当艦は現在、検定モードです! 擬似弾頭しか撃てません!」
アクセルは、ゆっくりと試験官を見た。
試験官も、アクセルを見た。
「試験官殿」
「は、はい」
「緊急事態だ。解除を」
「し、しかし……試験中に検定モードを解除する場合は」
「中止した」
「所定の手順が」
「今やってくれ」
「記録を残さなければ」
「好きなだけ残してくれ」
試験官の手元で、端末が小刻みに揺れていた。
「お茶でも飲むか?」
「結構です!」
断る声だけは元気だった。
その間にも、画面の巨大船体はじわじわと姿を現していく。
索敵担当が声を張った。
「船籍照会、完了! 玉京星朝所属! 輸送揚陸艦として登録されています!」
「ばっきゃろう! 移民船じゃねぇ! 見りゃ分かんだろ!」
「玉京星朝!?」
試験官が、また端末から顔を上げた。
「あの腹を見ろよ。何を出すつもりか、聞いてみねぇとな」
アクセルは身を乗り出した。
所属不明ではなくなったが、ここにいる理由は相変わらず不明。
つまり、確かめる仕事がある。
にい、と口角が上がった。
「金になるもん、どっさり積んでるかぁ?」
副官が、ちらりと艦長を見た。
「艦長」
「なんだ」
「任務です」
「分かってるよ」
「今の顔は、分かってないときの顔です」
試験官が口を挟む。
「きみ、これは試験で」
「さっき中止しただろう、試験官殿」
アクセルは立ち上がった。
きっちり閉じていた襟元を、ついに緩める。
「ああ、やっと息ができる」
副官がため息をついた。
アクセルは気にせず、ブリッジを見渡した。
「野郎ども! 行くぞ!」
威勢のいい返事が上がりかけたところで、試験官のペンが宙に止まった。
「何をする気ですか!」
アクセルは、ギザギザの歯を見せて笑った。
「臨検だ!」
※臨検:船を止めて乗り込み、「誰やお前、何積んどる、何しに来た」を確認するやつです。
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